26話 教会の既得権益
話し合いは続いていたが、マリアは完全に退室のタイミングをうしなっていた。
彼女はもはや置物のように皿を抱えた姿勢のまま、完全静止していた。
2人は真剣な顔で議論を続けていた。
「……クラリッサ殿。それは厳しい提案だ。
レベル上げの制度は、既得権益中の既得権益。レベル上げの制度を、平民まで拡大することは、たとえ父――国王の言葉であっても、通るとは思えない」
「根本から変えるわけじゃないですよ。ちょっと拡大したいだけです!!」
「“ちょっと”で済まないから困るのだ。クラリッサ殿……それは、つまり……教会の影響力を……」
クラリッサが力強くうなずく。
「削ることになります!」
「異端審問にかけられかねない。やめておいた方がいい。」
クラリッサはむすっとした。
「教会の既得権益が大きすぎるせいですか。使えないですね。ちょっと保守的すぎるのでは。少し考えれば、利益なんて簡単に出せるのに……!!」
マリアは無言でティーカップを片付けていた。
退室したさのあまり、心の中でひっくり返っていた。
(そ、その辺にしましょう……!!!何この人たち、本気でやばすぎる……!こわい。教会の話こわい……!)
しかも話題はどんどん神学寄りに寄っていく。
マリアは内心で泣き叫んでいた。
「教会へのコネが欲しいのです。伯爵である父上に相談しましだが、ちょっと財力も権力も足りません。
ようは経験値を制御し、貴族としてのロイヤリティを守れればいいのでしょう?平民に対してレベル制度を解放したとしても、貴族にはノウハウがある。イニチアシブは守れると思います。」
アルヴェルトは眉をひそめた。
「……理屈の上では、そうだ。だがクラリッサ殿……教会は“理屈”では動かない。
“理屈”で動く組織なら、とっくに改革は進んでいる」
「それでも提案自体は、通してもらわねばなりません。国の武力を底上げするには、これが最も早い」
殿下は机を叩きたくなる衝動を抑えた。
「……なぜ?」
「魔王がいるので。」
殿下は言葉を失った。
あまりに直線的すぎる回答に思考が追いつかない。
「魔王を可及的速やかに排除したいんです。魔王が攻めてきたら、大会どころじゃなくなりますから。」
「……大会?」
「はい。」
「クラリッサ殿……あなたは……国防の話を“大会の延長線で語ってはいないか?」
クラリッサは花のように微笑んだ。
「魔王はクソです。故に滅ぼします。仲良くできないなら、いりません。」
迷いも悪意もなかった。
ただの純粋な事実確認として答えていた。
殿下は天井を仰ぐしかなかった。
ザレイディーファーストキスの世界には魔王がいる。
しかも、攻略対象の1人。
魔王は、逆ハーレム要員の1人だ。
その際のクラリッサは、魔王に生贄に捧げられ、破滅して、ひどい目にあう。
虫とエッチさせられたりする描写があった。
虫じゃ燃えねえだろ。
誰だよ。女子のゲームにそんなコアなルート作ったやつは。
死ねよ。
「長くなりましたが、全てのタスクをこなす障害は、殿下が王になれば全て解決します。
ところでアルヴェルト殿下は王になるお気持ちは、ありますか?」
クラリッサの声音は静かだった。
しかしその問いは、あまりに政治的で、あまりに“核心”を刺していた。
アルヴェルトはわずかに息を呑む。
「……私は、王族ではあるが——」
「違います。殿下は第二王子です。だからこそ聞いているんです。
第一王子であるあなたのお兄様を、蹴落とす気はありますか?」
それは空気が震えるほどの禁句だった。
「……知っていると思う。兄上は完璧だ。学識も武勇も統治の才も、すべてが卓越している。
誰もが兄を王として望む。そして……私自身も、兄上こそがこの国の“正しい王”だと思っている。ゆえに私は——王位を望まぬ。望むなど、烏滸がましい。」
「殿下。質問を変えます。お兄様は……筋肉への理解はありますか?」
「……難しいと思う。兄上は無駄を嫌う。筋肉を、ただの消費と見なすだろう。」
「なら、やるべき事は決まりました。アルヴェルト殿下。私はあなたを王にします。」
応接室の空気が凍りついた。
殿下の呼吸は一瞬止まり、薄い金の睫毛が震えた。
「……それは、今日1番の世迷いごとのように思える……クラリッサ殿。であれば……どうする?王の座は、言葉だけでは奪えない。言葉だけで奪えるほど、軽いものではない。」
アルヴェルトの声は震えていた。
「半年後、国をあげた武術大会があります。そこに枠を用意してください。
そこで優勝します。アルヴェルト殿下に、武力基盤があることで、政治的に無視できない立場であることを示します。」
「インパクトとしては少し弱い。」
「インパクトはありますよ。だって——出場するのは……マリアです。」
「え?」
クラリッサ以外の全員が固まった。
応接室の時計の針さえ止まったようだった。
沈黙を破ったのは、当の本人だった。
「え゛っ!? ええええええええ!?!?わ、私!? わたしですか!??
えっ、待って下さいクラリッサ様、なんで、ど、どうして!?」
「全く力を持っていなかったはずの第二王子の“人材”が優勝する。
そこに、殿下が後援として名を連ねる。
これは、政治的な大事件です。“第二王子派”は、一夜にして形成されます。派閥は実績と勝利に集まるものですから。」
殿下は息を呑んだ。
そして、真正面から殿下を見据えて、クラリッサの言葉は続く。
「だから、枠をください。
殿下の武力基盤を——マリアがつくります。」
マリアは泣きそうだった。
「クラリッサ様……流石に無理ですよ!!それに、クラリッサお嬢様の方がお強いです!!!」
「マリア。法律で決まってるの。私は出れないの。出場したくてもできないのよ。」
王子は頷いた。
「貴族の令嬢には出場権が認められていない。」
「平民の女子は構わないの。なぜなら誰も平民には言及しなかったから。
考えてもみて。家の威信をかけた武術大会に、なぜわざわざレベルの低い平民を出すの?出場者の家の格を威信を貶めるだけだでしょ?」
「じゃあ、私が出ちゃダメじゃないですか!!!」
アルヴェルト殿下は腕を組んだまま、マリアを見る。
「……筋肉の造形美を競うなら、少なくとも必要な既得権益の壁を崩さねばならない。そしてそのためには、象徴が必要だ。象徴とは“結果”だ。」
クラリッサは、よくできましたとばかりににっこり微笑んだ。
しかし、その笑顔はマリアが知っている“逃げられない方の笑顔”だった。
「マリア。大丈夫よ。私たちってずっと一緒だから。」
「お嬢様!!私はお嬢様のその言葉に、何度誑かされてきたことか!?!?」
「ははっ。」
「うわあああああん!! !」
「殿下が王になるための“武力と正当性”を積み上げ、その上で教会の既得権益を切り崩し、レベル制度を平民に拡大します!
その過程で平民のマッチョをスカウトしつつ、大会開催の邪魔になりうる魔王を討伐する。これが王への最短ルートです!!」
クラリッサは宣言するように言った。
「あと、勝つだけじゃ意味がない。この半年間で、マリアを美の化身へと仕立ててみせる。こんな事もあろうかと、石鹸を開発したの。王子のツテで、売り出します。」




