23話 殿下到来
グランディール伯爵領。
門前の石畳が、遠方から響く軽快な蹄のリズムを反射して震えた。
白銀の意匠を施された双頭の獅子紋章の馬車が、ゆっくりと坂を上ってくる。
そして――馬車が止まる。
伯爵家の門兵たちは一斉に膝を折り、侍女や執事たちも慌ただしく整列する。
「──殿下のご到来である!」
高らかな声が広庭に響き渡った。
馬車から降り立ったアルヴェルトはまっすぐに館を見据えた。
年齢に似合わぬ、重い決意を宿したまなざしで。
エドワード・グランディール伯爵は静かに歩み出た。胸に手を当てる。
「殿下。グランディール伯爵家へ、ようこそお越しくださいました。どうぞ、館へ。お疲れもありましょう。」
食堂。
伯爵のまなざしは、まっすぐ王子に向けられていた。
「殿下に、少しでもこの土地の空気を感じていただければ、光栄に存じます。お食事はラム肉料理。我がグランディール伯爵領でとれる自慢の一品でございます。」
「……本当に、美味しいです。王都では、こんな料理……見たことがありません。」
伯爵はわずかに頷いた。
「ええ、王都の料理とは少し違います。無駄を削ぎ、必要なものだけを、真っ直ぐに。それが、我が領の気風にございます。」
アルヴェルトは、そっとフォークを置いた。
「……婚約とは、ただの形式ではありません。グランディール家の“法”と“礼”は、王国にとって、楔のようなもの。
この家が揺らぐことは、王国そのものの秩序が揺らぐことと同じです。だからこそ、この家の令嬢――あなたの娘との婚約には、意味があります。」
エドワードの頬がわずかに赤くなる。少年らしい羞恥が、一瞬だけ差した。
「……その……クラリッサ殿は、張り詰めた空気の中にもまっすぐで、強い……国にとって必要な“光”を持っていると思うのです。」
十二歳の少年らしい、不器用な真剣さで言葉選んでいた。
クラリッサはそれを聞いて思っていた。
──いや、そんなこと絶対はないと思います!!!!
穏やかな街路を歩くたびに、
第二王子エドワードは奇妙な感覚にとらわれ始めていた。
この領は静かだ。穏やかな街並み。治安もいいのだろう。
だが、その静寂の下に。
目を見張るほど豊かな生命力が息づいていた。
羽ばたきの音が聞こえる。
「……鶏」
の数が、ものすごく多い。
市場で水を運ぶ女も、荷車を押す男も、腕は太く、背は高く、胸板は厚いように感じられる。
どの大人もまるで生きた彫像。
ライウェイ!!の声が響く。
広場に設けられた訓練場。
騎士団たちは鎧を整え、静かに列を作っていた。
王子アルヴェルトはその光景を、息を詰めて見つめる。
「……全員、あの体格……」
騎士団は、王子の視察で、色めき立っていた。
「そう構えなくていい。ありのままの姿を、見せて欲しいとの要望だ。みんな気張れよ!!」
「ライウェイ!!」
領主の屋に戻ってくると、庭園の隅にひっそりと小屋があった。
そしてそこは、無骨な木の板と荒々しい梁が、まるで異世界の存在のように存在していた。
扉の隙間から、金属の光と皮の匂いが漂っている。
「……エドワード殿……あれは……?」
「殿下、とうとう見つけてしまいましたか。あれが、あれこそが我が領の、最大級の異物であり災厄……我が娘のトレーニングルームです。」
「クラリッサ殿の……」
「はい。残念な事に。」
エドワードは意味深に頷いた。
「国や領を守るための騎士団の厳しい訓練。我が娘は、さらに自身を高めることを望んだ。だからこの“災厄”を建てねばならなかった。
領地の者は敬意と畏怖をこめてこうよぶ。
“ジム”と。」
「……ジム……!!」
「これに関しては領内で一番詳しいものがここにおります。」
淡い色のドレスを着こなし、エドワードの脇でクラリッサが、ゆるやかに膝を曲げてカテーシーを行った。
一度着替えをして再度集まる事になった。
部屋で着替えの手伝いをするマリアは、クラリッサに言った。
「い、いいんですか?クラリッサ様。あれ見せちゃって。
あんな、奇怪な鉄の塊を愛用する淑女だと思われちゃいますけど。やんごとなき方に。」
「ええマリア。さすがの私も、戦慄しているわ。」
クラリッサは大きめにため息をついた。
「王子の筋繊維って、ぶっ壊すと法律で問われるのかなって。」
「そうですよね。まさから領主の館にそんな人類の敵みたいな鉄の塊が──って、そっち!!!」
クラリッサが王子にトレーニングマシンの説明を始めた。
「殿下。トレーニングルームを使いたい。間違いはありませんね。」
「うん。頼むよ。クラリッサ。」
「実は流石に、気後れしている部分があります。やめておいた方がいいって。だって、筋肉に嘘はつけません。
王子でも、神でも、老若男女問わず、病人に対しても私は言います。
だって昨日の自分と越えるのは、筋肉に向き合った自分なので。」
──王族には公務があるのよね。
筋トレは大事だけど、公務と釣り合いが取れないと、続かないし……王族の生活スケジュールって聞いてもいいんだっけ?
流石のクラリッサも悩んでいた。
時間がないなら、その次回に適したメニューが必要。
本気にならなければ、一切筋肉は応えない。
その森羅万象、万物普遍の法則に加え、適切なメニューはあるに越したことはない。
「待て! 先ほどより聞き及ぶところによれば、殿下に対してそのような口の利き方をするとは――あまりに無礼ではないか!」
早速、王子の付き添いが騒ぎ立てていた。
(やっぱりこうなるよなー。)
「これは無礼じゃなく、事実です。筋トレとは体で対話するんです。嘘や遠慮は通用しません」
側近は拳を握りしめ、怒鳴る。
「通用しないだと!? 王子に向かって、
先ほどから聞いていれば無礼にもほどがある……!」
「筋肉は負荷を受けることで微細な損傷を生じます。
筋繊維は以前よりも強化され、より大きな力を発揮できるようになります。これを超回復と呼ぶのですが、そこでさらに破壊することで最大出力が増加するんです。痛めつけなければならないんです。遠慮や優しさは、ここでは通用しません。」
クラリッサは澱みなく続けた。
「殿下は、剣の教えや、ダンスによって基本的な体幹は扱えています。しかし、それだけでは不十分です。筋繊維の限界を自覚し、自分自身と真正面から戦う覚悟――
それがまだ足りません。」
王子はわずかに顔を赤らめる。
しかしその隣で、側近の怒りは限界を迎えていた。
「もう我慢ならん!!」
側近が大声を張り上げる。
「伯爵令嬢が、戦の理を何と心得ているのか!!
殿下に向かい、戦い方を指摘するとは何事だ!!」
どうしよう。側近が怒った。
(でも筋肉には嘘はつけないし……。)
マリアはこっそりクラリッサに告げた。
「お嬢様。この場だけは嘘をつけばいいとおもいます!!」
「ねえ。マリア。ぼこしていい?あいつ」
「絶対にやめてください。」
「わかったわ。マリア。間をとるから。」
クラリッサは憮然とした様子で、脇から、模擬剣を持ってきた。
「あなたの言い分はわかりました。私もそう思います。」
クラリッサは模擬剣を差し出しながら言った
「なので、どうぞ。」
「どういうつもりか?」
「模擬戦です。」
面をくらう護衛騎士。
「まさか12歳の少女に剣の指導すらできないんですか?さんざん戦いについて偉そうに語っていたのに。笑えますね。」
館の広間にて、模擬戦となる。
クラリッサは、剣を振ったりしつつ、その準備をしていた。
「お、お嬢様、これって、一体、どことどこの間をとってるんですか?」
「殺害と和解。」
マリアはひくついた。
うわー




