14話 5年後
学問と礼法の家だったグランディールの領地は、大分様変わりしていた。
街には変わらず、青・白・灰を基調とした建物が並ぶ。
装飾された家は少ないが、代わりに、窓枠や街灯、手すりといった細部が凝っており、細工の美しさで住民の美意識が読み取れた。
その領内の街並みに、大きな違和感が生まれていた。
通りの向こうから、鶏舎の羽音と、ウズラの短い鳴き声。
さらに川沿いへ歩けば、鯉の養殖池から水音。
その隣では、羊たちがのんびり草を食べる。
それら全てがたんぱく源として領民に摂取され、なんなら他の領地へ出荷されていた。
妙にガタイがよい、服の縫い目が張っている人間が増えていた。
パン職人の腕は以前の倍の太さになり、
こね台が一ヶ月で二つ壊れたという。
前年度比で農産と畜産の総生産量が7割マシとなり、生産力が爆増していた。
そして騎士団。
剣士たちがいつものように型稽古を始めたかと思うと、突然、誰かが叫んだ。
「――ライウェイッ!!」
そして伯爵家領主の庭の一角。
そこにあったはずの小屋は、なんということでしょう。つぎはぎとはいえ頑丈な梁で支えられた広めの空間に変貌している。
フリーラック。
ダンベルラック
ベンチ。
フレキシブルベンチ。
アームカールマシンなど
とはいえ、街の外れに立つ教会だけは、まるで時が止まったように静かだった。
白い聖堂の入れば、外の喧騒が嘘のように遠く、聖堂の奥では清らかな光が、ゆっくりと渦を巻いている。
マリアのレベルが上がる。
「お嬢様、私、やりました!お嬢様に何度も森にお連れしていただいた成果が出ました!!」
「おめでとう。マリア。いつも泣いてたものね。ゴブリン殺すとき。」
「はい!ありがとうございます!!……ところで、お嬢様はレベルを上げないですか?」
「レベル上げ廃人したかったけど、気づいたのよ。下手にレベルを上げると、筋トレが大変になる。」
マリアは首をかしげた。
その時だった。
「——え?」
マリアの声は叫びではなく、息が止まるような驚き。
振り向く暇もなく、天井の一部が、巨大な石塊となって二人に落ちてきた。
教会の屋根が老朽化で崩れてしまったのだ。
「ふんぬ!!」
それをクラリッサは片手で支え、そして力の限り押し返す。
「どおりゃあああああ!!」
石と木材の塊が、轟音を上げて脇へずれた。
粉塵が舞い、光がきらめく中で、クラリッサの瞳は鋭く輝いていた。
マリアは呆然と、震える手を胸に当てる。
「……お、お嬢様……!」
「ふう。危なかったわね。父上に提言しないと。教会の屋根が崩落したわ。」
瓦礫のサイズはかなり大きかった。
それを手で支えるのは、マリアには無理だった。
危なかったの一言でクラリッサは済ませていたが、人類には無理なのでは。
マリアは意を決して聞いてみた。
「お嬢様。レベルいくつなんですか?」
「5。あなたの半分。」
「え?……は?」
「一回レベル上げたっきり。浄化を受けてないから。」
「え?レベル5って、子供のレベル……」
帰路に着く馬車が、石畳を転がる揺れに合わせて、クラリッサは窓の外を見つめながら話し始めた。
「レベル上げの必要経験値の説明をするわね。レベルがあがるごとに、必要経験値量がたくさんになる。それが年齢が進むごとにレベルが上がりづらくなる理由。ただ、それは別にいいのよ。アカウントデータと負荷ログ量と区切りの話だから、納得できる。でもそうじゃないのよ。」
「は、はあ……時々クラリッサ様は、よくわからない話をされますよね。」
「問題があったのよ……恐るべき問題が。レベルが上がっても筋肥大しないのよ!!!!」
「はい?」
「というか、そもそも、いくら鍛えても、全然筋肉つかないんだけど、ねえ!!マリア!!どういうこと!?!?」
「ええええ!?お嬢様、力すごいじゃないですか!!!さっきも命を助けて頂きましたし。」
「いくらパワーが付いても、筋肥大しないなら、同じなのよ!!!!欲しいのは、見せ筋なのに!!!」
「ええ!?すごい腕とかスマートじゃないですか!!……いや、力強くて!!」
「うわーん!!」
「泣いた!!」
「扱える重量からすると、もうマッチョになっててもおかしくないのに!!!!きーー!!!筋肉のくせに!!!筋肉のくせに!!!」
クラリッサは顔を手で覆って嘆いた。
騎士団領の訓練スペース。
整然と刈り込まれた芝生の中に、木製の訓練用の柱や、重い袋が吊るされた訓練道具が配置されている。
その一画にある控えめながらも堅牢な建物は、普段は物置や副舎として使われていたが、今やクラリッサが借り受け、マシンの調整と、試験運用を行うラボとなっている。
教会から戻ったクラリッサは、時間を置かずマシンを利用して鍛える騎士の指導に入る。
「いい?筋トレで大事なのは、自分にあった重量で、適切に鍛えること。人の関節は簡単に壊れる。」
「ライウェイ!!」
「ライウェイ!!」
「ライウェイ!!」
「鍛える部位は一日、一部位。人体を6のパーツに分けて、一週間の中に必ず休息日を設ける。それをつづけるだけ。何もいらないの。それだけを続けなさい。」
「ライウェイ!!」
「ライウェイ!!」
「ライウェイ!!」
「戦闘や訓練の準備として、筋力強化も正式な業務として評価される優遇制度を父上に提言しました。
これは国を守る役目だと理解しなさい。──具体的には、筋トレの時間が、業務時間に加味されます。」
「ライウェイ!!」
「ライウェイ!!」
「ライウェイ!!」
「また、タンパク質が計算に応じて支給されます!!裕福ではない者も、平等に筋肉を鍛えられるように。そして、裕福な者も、さらに鍛錬できる余裕を持たせる事ができるように。」
ライウェイ!!!
「お嬢様。いつも疑問に思うんですけど、これってなんなんですか?非常に汗臭いです。」
「ジムと、トレーナー。」
次にクラリッサは森へ来ていた。大型魔物が出たという報告をうけたからだ
騎士団の伝令が、クラリッサに駆け寄る。
「報告します。近隣の集落が大型魔物に襲われています!小規模な猟師の村や、森番の詰め所に被害があります!!
家屋の倒壊、倉庫の破壊、そして住民の避難が遅れているため、一部に負傷者も出ています!!」
伝令の声には焦りが滲んでいた。
「よくもたせてくれたわ。あとは任せて。」
「お、お嬢様……ツッコミを入れたいです!私は、非常にツッコミを入れたいです!!」
「後にして。」
クラリッサは上着をマリアに渡した。
そこにあるのはただの肉体ではなく、計算され、鍛え抜かれた力そのものだった。
というか、いくら筋トレしても筋肥大せず、筋肉の密度ばかりがいたずらに高まる。
風が体をなで、筋肉の緊張が光と影を浮かび上がらせていた。
すでに肉体は仕上がっていた。
戦闘の予感を感じて、クラリッサの筋肉が軽くバンプする。




