13話 バーベル2
別の日、午前の陽光が傾き始めたころ、クラリッサは侍女マリアを連れて鍛冶屋へ向かった。
森へ続く細道は、伯爵家の紋章を刻んだ馬車でも通れる程度に整備されているが、それでも街中とは違って、風の匂いが濃い。
煤に染まった木造の小屋にたどり着く。
煙突からは細く白い煙が昇り、鉄を打つ音がカァン……カァン……と一定のリズムで響いてくる。
マリアがそっと身を寄せた。
「……お嬢様こちらです。足元に気をつけてくださいませ。」
「ありがとう、マリア。手を引いて支えてもらえる?」
マリアの手に引かれるようにクラリッサは馬車から降りる。
その様はまるで、かつての病弱な令嬢を思い出したかのようだった。
「お嬢様。あの……急にしおらしくなってどうなされたんですか?」
「歩けないのよ。筋トレやりすぎて。ほら、見て、すごく筋肉が震えてる。でも、もっと追い込まないと……!!ふふ……!!」
スカートを持ち上げると、クラリッサの足がプルプルと震えていた。
「うわあ。えぐ」
「えへへ」
「いや、褒めてないです。それにしてもお嬢様って真面目ですよね。鍛冶屋さんに、わざわざバーベルの改善点やお礼をしにいくなんて。」
「いえ?」
「え、違うんですか?鍛冶屋さんへ行って、バーベルの事を話す感じですよね?」
「違うわよ。それは手紙で済ませてるし。次はダンベル作ってもらおうと思って。ほら新しい設計図。」
クラリッサは設計書の入ったカバンを見せた。
「え……!?!?まだ頼むんですか!!??」
マリアの戸惑いを軽く受け流し、クラリッサは一歩、暖かな光の中へ足を踏み入れた。
炉の熱気が頬を撫で、金属と火の匂いが胸に広がる。
奥で槌を振るっていた大柄の男が、少女たちに気づいてがたりと音を立てて槌を止めた。
「……依頼品を、取りに来られたので?」
「前に話していた新しい設計書を持ってきたの。自分の手で渡したくって。」
「以前おっしゃっていた、ダンベルってやつですね。」
「ええ……!!それと賛辞を。あなたの作り上げたバーベルは素晴らしい。どうしても自分で伝えたかったの。」
「伯爵家の美しい令嬢が、自分の仕事にまっすぐ興味を向けてくるとは驚きです。」
「一般的な淑女ではないかもね。」
「でしょうな。言っても誰も信じない。」
クラリッサが微笑むと、鍛冶屋の目がかすかに揺れた。
まるで悪だくみをする二人の友人のように、彼らには強い絆が生まれているようだった。
マリアはその光景をじっと見つめ、うっすらと目を細めた。
──え、なにこれ?
(私って、完全に置いてけぼりを食らわされている?)
鍛冶屋を後にし、静かに馬車で帰路についていた。
「無事終わりましたね。次は何か考えられているんですか?」
「次はないわ。完成した。」
「……完成?今まさに開発用の設計図を渡されていていたような。」
「設備がね。たんぱく質の生産も軌道にのりそうだし、魔力やレベルと言った、筋肉にとって影響が出そうな知識は集めた。足りない知識は、検証しながら埋めてくしかない。魔力と基礎代謝の関係とかね。」
「……」
「あとはひたすら、追い込むの。
ああ。早く筋肉痛が回復しないかしら。ううん。この痛みをもっと長く楽しみたいし……早くタンパク質を摂取しないと……」
筋肉疲労から腕をプルプルと振るわせ、そして恍惚として話すクラリッサの姿に、マリアはひくついた。
静かな時間が続いた。
マリアにとっては、毎日が驚きの連続だったが。
フリーラックの完成や改良を目指した、鍛冶屋とのやりとり。
タンパク質供給のさらなる安定化。
鶏の畜産に加え、ウズラ、鯉、羊の畜産導入によるタンパク質の新たな供給ルート構築。
クラリッサ自身の魔術訓練やレベル上げ考察。
領地の騎士団に、トレーニングマシンを援助し、筋トレ文化を学ばせた。
気づけば、5年が経っていた。




