120話 学会前夜
グランディール領のメイド服は、胸元のフリルと腰のエプロンも合わせて、白と黒の端正な意匠ですべてが丁寧に整えられている。
シトリーはそれを着用している。
シトリーの金の瞳は鋭い。
外観も美しかった。
細い首筋。
褐色の肌。
整いすぎた顔立ち。
人形のような均整。
だが美しさの奥に、捕食者としての本能がまるで隠していない。
殺る気だ。
そして腕を組んで、シトリーはそれを言った。
「今回の魔術学会にも、魔族はくる。
だが、セドリック様と将来的に結婚するために、こいつらを全員を私がぶち殺す。」
シトリーのその目に、迷いはない。
紫の髪は、光の加減で深い夜色にも妖しく艶めく藤色にも見える。
殺る事に躊躇いはないのだろう。
「相変わらず好戦的ね。シトリー。
そういうの実は好きよ。
私。」
「クラリッサ、グランディール。
力をかせ。
セドリック様の心を射止めるためには、貴様の力を借りることもやぶさかではない。
業腹だがな。」
「ふっ。」
全てわかっている。
戦友のような空気が流れていた。
マリアは、思わず手を上げる。
「いやおかしいです!!
絶対におかしいですから!!
というか、シトリー様のおっしゃっている事が、わたしには一切理解できないんですけど!?!?
というか、お嬢様に全く協力をお願いする態度じゃないんですけど!?!?」
「いいじゃない。協力するって言ってるんだから。
それにマリアも言ってたわ。
心を見なさいって。
以前。水精霊と会った時に。
忘れちゃった?」
「なんで水精霊の心は全く理解できなくて、こんな好戦的な人の心は理解できるんですか!?!?
私は、いまだに全くもって信用できないんですけど!?!?」
「侍女マリア。
その節はすまなかった。
一族の命がかかっていたのだ。
セドリック様は、私を救ってくださった。
あの方の家のものなら信用できる。
どうか謝罪を受け取ってほしい。」
シトリーは、片膝をついていた。
まるで騎士のポーズ。
頭を下げている。
魔族が謝罪をすることはない。
弱みにつながるからだ。
マリアは思った。
強さが社会的な基準につながる魔族が謝罪をする重みは知っていた。
全て受け止めて、その上で、シトリーはマリアに謝罪をしている。
──うわあ、これ、セドリック様に完全に心酔している……
(そしてすごく礼儀正しい……)
マリアは、恐る恐る頷く。
そしてシトリーは立ち上がる。
「だがクラリッサ、グランディール。
貴様だけはだめだ。
貴様だけは許さない。いずれ殺す。この協力も一時的な物だと思え。」
「いや,別に馴れ合う気もないけど。」
何かを思いついたように、悪い顔をしてクラリッサは言った。
「ね。
シトリーおねえさま。」
「殺すぞ。」
机には簡単な地図が描かれていた。
空中庭園アルヴェイン。そしてその麓の街。それを囲むエルフの森。
それを貫く矢印。
竜のマーク。
「魔族四天王、竜王ねえ……」
「そうだ。
空中から一気にエルフ領を攻め落とす。
そういう算段なのだろうな。」
「地上はエルフの魔術防御と迷いの森があるからね。
空中から攻めるのは合理的で効率的。
成功すればね。
魔王すら避けたハイエルフの結界を、四天王程度がなんとかできるとも思えないけど。
それくらいハイエルフが想定してないとは思えないかなー。」
「直接は無理だろう。
だから中から結界を突き崩す算段なのだろうな。
招待された魔族は知った顔だ。
結界術に詳しい。
奴が結界の要所を抑えれば、出来ない話ではないはずだ。」
「厳しいと思うけどなー。
奥の手があるのかなー。
狙いはいいけど、ちょっと杜撰ね。」
「それで構わないのだろう。
エルフ領にも精霊が休眠している。
水精霊のようにな。
暴走すれば、世界は終わりだ。
暴走させられなくても精霊を抑えれば一気に侵攻は進む。
ようは精霊さえ確保できればいい。」
クラリッサは頭を抑えた。
「どうした?」
「いえ、なんでもない。」
──バレてんじゃん、魔族に。
(精霊がちょいちょい暴走すんの。
完全にバレてんじゃん!?!?)
戦略に利用されている。
「襲撃側の魔族側とはコンタクトは取れんの?
話し合いで止められない?」
「接触自体は可能だが、話し合いでは厳しいな。
魔族の闘争への欲求は、常軌を逸する。
セドリック様がいなければ、私もお前への殺意は収めていない。
殺したいよ。
今すぐに。貴様を。」
「あら。物騒ね。シトリーおねーさま。」
「殺すぞ。
魔族を捨てた事。捨てられた事に後悔はない。
一族を拾ってもらえたしな。
どのみち魔王軍には、すでに居場所はなかった。」
「魔族四天王シトリーを、コテコテな感じで追放することで第二次世界戦争の勃発は回避されたからね。
まあ、腹は決まってるならいいわ。」
クラリッサは思案する。
「じゃあこれでいきましょう。」
その視線が一瞬だけ、マリアの制服に落ちた。
「な、なあなんで私がこんな格好を」
「さすがサキュバス。似合ってるわ。」
「いや、似合ってるとかではなく、私は戦闘能力や魔術でセドリック様に認められたいんだ。」
「私もお聞きしていいですか?お嬢様。
なぜシトリー様に私の制服を?」
マリアは、制服を脱いでいつものメイド服を着用していた。
その制服は、シトリーが着ている。
「私の替え玉。
シトリーに、私の論文を世界魔術大会で発表して貰えば、その間は私が自由に動けるから。」
「それはいい。
結界を内側から崩し、精霊を確保するとするなら、つまり内部に入り込んだやつが鍵なのは間違いない。
だが私の年齢と外見を考えろ。」
「出場者枠は甘いのよ。
チェックも緩いし、発表者は基本的に保護対象。
一番自由に動けるポジション
だけど確かにイメクラよねえ……
だけど兄上、そういうの好きだから。」
「よし。完全に任せろ。」
学生服を着て、シトリーは力強く頷いた。
マリアは、シトリーに聞こえないようにぼそりと言った。
「お嬢様、そうだったんですね。
セドリック様ってこういうの好きだったんですね……
ちょっと幻滅したかもです。」
「なわけないでしょ。
人前で誰かを好きとか言うから利用されるのよ。」
「……」
「でもまあ、真剣な子は好きだと思うよ。
じゃなきゃ、どこぞの貴族令嬢が、頭おかしいくらい筋トレしてるのを、本気で止めてたと思うし」
その時、何か小さな音がした。
ぴし。
──今、何か鳴った?
ぴし、ぴし。
「……」
クラリッサとマリアの視線が、ゆっくりとシトリーの胸元に集まる。
いろいろ限界だった。
さすがサキュバス。
「おいクラリッサ。」
「何?シトリー。
なんか問題あった?
何もないと思うなあ。」
「どうでもいいが、胸がきつい。
なんとかならんか?」
「マリア。ディスられてるわよ?」
「ほっといてください!!!!!」
学会が始まる。




