99話 膠着する戦線
魔物の中に、異常種の混在率が上がっている。
異常種。
レベルでいえば討伐推奨はレベル35以上。
攻撃を受けた盾兵三人が、鉄と革の擦れる音とともに後退し、隊列が軋んだ。
ほんの一歩分の空白に、そこへ次の個体が滑り込む。
陣形は計算のうえで成り立つが、四足の獣型が跳躍し、盾列を飛び越え、後列へ。
橋の中腹を越えたくらいか。
グランディール兵1000人の進行が、緩やかになり始めていた。
高位個体の混在率が上がりはじめている。
グランディール兵は、魔物の異常種を連携して問題なく処理できるとはいえ、集団戦では鎧袖一色とはいかない。
集団戦で重要なのは“面”の制圧。
だが異常種は食い破る「点」を作る。
砂浜に仮説された作戦司令部。
白砂の上に杭を打ち、幾重にも張られた厚布の天幕。
中央には低めの作戦卓。
陣形と戦況における報告を、クラリッサはアランより受ける。
理想と現実は、断絶する。
その隙間を少しでも埋めるためには、人は命を懸けて前へ進むしかない。
陣形が完璧なら、なおよい。
陣形は、多層陣形と楔構造を採用し、戦形は4層からなる。
突破を担当する先鋒。
横から流れ込む敵を押し戻す両翼帯。
弓兵・魔術師・回復担当の中央後衛帯。
事故の芽を即時に摘む、機動予備隊。
被害を極力抑えつつ、100mの幅の道を5キロを走破するための、1000人の殲滅前進陣形。
アランから報告を受け、クラリッサは頷いた。
第二王子アルヴェルトの側近騎士アラン。
──同時に魔王戦線の将軍格。
つまり英雄と等しい。
「よろしい。
研ぎ澄まされている。」
「進捗は順調です。
魔王戦線では、連日クラリッサ様に扱かれましたからな。
私達は、自分より強い相手への対処は骨身に染みている。
そして、そうでなければ、魔王戦線は生き残れなかった。」
「心強いわ。」
「クラリッサ様が、突然アルシェリオン王国に帰ると言い出した時は驚きましたが、まさか魔王戦線並の脅威が、アルシェリオン王国で起きるとは。」
橋の先、水の竜巻はなお唸る。
戦いはここあると、示すように。
「面白いでしょ?」
「いやはや、どれだけ先をみているか。
やはりあなたは、凄まじい。」
「アラン。
そしてみんなのこと、頼りにしてるから。」
クラリッサは、司令部にはいたが、戦闘にも参加していた。
その手段とは投石。
仮設の司令部の脇に積みあげた、投石用の石の山。
そこから手頃な石の一つを、クラリッサはむんずとつかむ。
「ふふっ。
進捗が緩やかになる程度の事、私が想定していないとでも思っているのかしら。
全く、舐められたものね。」
そしてクラリッサは投石した。
控え目に言って、投げ込んだ石の速度が速すぎて見えない。
そしてそれは、数キロ先の異常種の頭を的確に貫いた。
──ビュン。
──グシャッ!!
(距離にして2キロ。
余裕ね。
異常種をスナイプすりゃ、橋の占拠は一気に進む。
やらない理由がない。)
「うっし。また命中!」
ガッツポーズ。
エイムには、理由があった。
レベルによる器用さステータスの恩恵は大きい。
そして検証したところ、それだけだとエイムには足りなかった。
よってクラリッサの耳には、イヤリングが揺れている。
《集中のイヤリング》
器用さと命中率向上効果。
《精密の手袋》
《制御のブレスレット》
──etc
他にも各種エンチャントを装備して、エイムを補助している。
最後に筋力。
それは背筋と肩関節筋肉群をいじめ抜いた成果。
距離は数キロ。
投げてみれば誰でもわかるが、頑張ればなんとかなる距離だ。
あまりに余裕すぎる。
──ビュン。グシャッ!!
──ビュン。グシャッ!!
周りにいる人が、ひくつきながら見る。
本人だけがご満悦。
そして投石を受けても、動き出す個体が出現し始める。
──投石は、銃弾よりも重く、砲弾よりも正確で、すでに威力は対物兵器に等しい。
(にも関わらず、もう一撃で殺せなくなってきてる。
沖へ進むにつれ、推奨レベルが上がっているんだ。
……想定より早い。
水の竜巻の付近では、さらに耐久力は跳ね上がると見ていい。)
「すさまじいですな……相変らず……」
「アランも鍛えればいけるけどね。
昼夜問わず、体をぶち壊しまくれば。」
アランは思った。
無理です。
「とはいえ、そろそろ動くわね。」
レヴィヤタンだ。
その時だった。
青い光が駆け抜けた。
それは晴天の霹靂。
それは、蒼天の裂け目から放たれた稲光にも似る。
軌跡は、稲光とは似ても似つかぬ直線であり、触れるもの全てを崩壊へと誘う怒涛の破壊の奔流。
巨大な橋を薙ぎ払うビームが、世界を切り裂くように一直線に伸びて、橋を真正面から穿つ。
あまりに長い射程を持つ。規模が大きすぎる光の線は、橋を進む兵士達をあざ笑うように、無慈悲な死を内抱している。
圏内に入った。
3キロ。
レヴィヤタンは3キロ以内の物体全てに、ビームを放つ。
「――さて、一つ目の山場ね。」
クラリッサの呟き。
ビームは、セレスティアの結界によってそらされ、空へと消えていく。
ビームの威力は凄まじい。
光が走った後、一瞬の静寂をえて空気が殴られる音と共に衝撃波。
音速を超えた物体が空を裂くとき、圧縮された空気が壁となり、遅れて世界を叩き割る衝撃となる。
それは空を掴み、
握り潰し、
空気そのものを折り曲げるように音は爆音。
鼓膜を洗う。
進む兵たちの視界は光に裂かれる。
続いて海面が割れ、橋の石は砕け、岩片は空中で舞う。
──だが、橋の崩落の兆しは見られない。
結界が、橋を包み込んでいる。
透明な蒼の膜が岩を縛り、飛散を抑え、振動は一瞬にして吸収される。
ビームが歪むように空へ。
屈折されたビームは、遠方で雲を蒸発させた。
海面の潮が炎のように揺れる。
そして、空から降下するように巨大な影。
水の竜巻への道を守るように、巨体が橋の行く手に立ち塞がる。
壁のように。
鱗は蒼黒で一枚一枚が大人程の大きさ。
体躯が地層とするなら、瞳は深海。
その姿は圧倒的で、どこか神々しく、そしてその巨体は神代の魔物の名にふさわしい。
超越種。
──ライウェイ。
誰かが言った。
猛るように。




