苦々しいお楽しみ
頬を伝う涙を拭う、殺気を胸に一人の男に狙いを定める、諸悪の根源たる二条苦に。
『おいおいどうしたんだよそんな怖い顔しちゃってぇ、世罪理を殺して遂に頭イカれたのかぁ?』
お仲間を殺された割りには随分と飄々としている、でなければ他人の結婚式を破壊しないだろう、私が相手取るのはそういう男だ。
『頭イカれてんのはアンタの方でしょ、世罪理を殺されてなにも感じないの?』
『ハッ! 感じるかよ! そもそもあの女に興味なんぞねぇんだよ!』
自分にも問うような言葉はアイツには通じない、会話の出来る相手ではない、だけれど問いたださないと気が済まない、問いたださないと浮かばれない!
『だったら何故さらったのよ! それも結婚式に最中に!』
『ああ? 式を壊すのに理由がいるのか? 世界はオレを中心に回ってんだよ、オレのやることはすべて正しいんだよ、なんせオレこそがこの世界の主人公なんだからなぁ!』
その言葉には秩序が無い、その言葉には他者への配慮が無い、そこにあるのはただ自分以外のありとあらゆる存在を奴隷として扱い使い潰す暴君的思想のみである。
私から初恋の人を、姉を、恋の幻想を奪い去ったすべての元凶、その悪魔的な正体を発露され、怒りがこみ上げるのと同時に笑みも零れる。
それは怒り有り余っての物ではない、ただ自分が殺そうと思っていた相手が正真正銘の悪党であることへの喜びの感情による物に他ならない。
躊躇などしてやる必要はない、私がアイツを殺すことが絶対的に正しい行いであるのだと確信した、その確信を持って凶器を向ける。
『おーおー冷たい眼ぇしてやがんなぁ』
『アンタのおかげでね』
抱えていた光威さんを放り投げたアイツは、変わらず明るい陽気な雰囲気を振り撒いているが、冷徹な雰囲気も同時に発現させている。
『この前狙撃されたってのに懲りないモンだねぇ、その頭の悪さに免じて狙撃手は下がらせよう、オレが一人で相手してやるよ!』
眼にも止まらぬ速さで私に近づき、首に鈍器にも見えた物を寄せかかる、間一髪で避けたそれは火花を散らし、激しい音を鳴らす。
『護身武器であるスタンガンを使うのが気がかりのようだな、それはだな......、痺れて動けなくなった所をなぶり痛め付ける為だよ!』
『ッ! こんの下衆野郎がッ!』
とっさに放った蹴りは軽々と防がれる、しかしそれはチェックをかける際の囮に過ぎない、死に至らしめる弾丸を撃ち込む為の。
耳をつんざく破裂音、さりとて二条の身体を貫くにはまだ足りないようだ。
『ウギャアァァァァァァァァ!!!』
腕に弾丸を撃ち込まれ、血を垂れ流しきったない叫びを上げて横たわる二条、このまま殺してやる。
その瞬間、手に痛みが走り血が溢れだす。
『ギャハハハハ!! まんまと引っ掛かったなぁ!! オレがバックに誰も置かないとでも思ったかぁ!! オラ次は足だ!!』
手に続き足にも狙撃され立つ力を消される、尋常ではない苦痛に苛まれる、その場に横たわるのを余儀なくされる、それに反比例するように二条が立ち上がり私に詰め寄り頭を掴みかかる。
『グヒャヒャヒャヒャ!! 良い面してやがんなぁ!! 自分が持つ資産や時間、可能性を全部捨てて復讐に費やしたって眼ぇしてやがるぜぇ、そんなバカを叩き潰すのは最高の快楽だぜ!!』
地面へ思いっきり顔を何度も叩きつけられる、尋常ではない痛み、しかしそれと付随して甦る記憶が、その感覚を凌駕する。
初恋の人との何気の無い、それでいて掛け替えの無い日常が走馬灯のように思い浮かぶ、すでに人殺しとなった私にはあまりに重たくのしかかる、二条に与えられる痛みよりもさらに強く、身体から抜ける血液も交わって私を内側から食い破りにかかる。
『べっへへへ!! オラどうしたさっきまでの威勢はぁ!! そんなモンかよぉ!!』
ひたすらに二条に蹂躙され、身も心も、その深根までもズタボロと化す。
『そろそろ良いか、オイ! 構えろ! 殺っちまえ!』
特に物音がしたわけではない、それでも殺害を宣告されれば内に広がる恐怖が精神を侵食する。
『ギャハハハハハ!! サヨォォナラァァァ!!』
眼を閉じて二人の人を想う。
愛住君、そして......
放たれる思われた凶音、だが発せられたのは銃声ではない。
『オイどうした!? 何故撃たない!!』
『バックの狙撃手ならわたくしが動けなくしました、しばらくは眼を覚まさないでしょう』
伶が、愛住君の妹が姿を現す。
『なによ、それ言う為に割って入ったの?』
『二条のなぶりを見過ごすわけにもいきませんから』
『助っ人がきたからなんだってんだ! こっちには人質が......』
いつの間にか光威さんの姿が見えなくなっていた。
『誘拐されたお二人のご友人は我々が確保しました』
執事さんとメイドさんまで駆けつけにやってきてくれた、しかし一つ気になることがある。
『執事さんはともかくメイドさんは何故ここに?』
『それはですね......』
現れたその人物に私は困惑と罪悪の念に襲われる。
粛々と姿を現す愛住君に。
この物語はフィクションです。
犯罪行為を推奨、肯定する物ではありません。




