なれそめ天国
暗い世界に身を堕としていれば、いつ命の危機に陥ってもなんら不思議ではない。
あまりに唐突に、朝陽が昇り夜を晴らすのと同じように、当然に、喉元へチェックがかけられる。
顔も名前も不明、なおかつボイスチェンジャー越しの無機質な声によって。
今まさに、深い深い宵闇に、存在の抹消を謀られている。
『アンタ誰よ』
咄嗟に絞り出した一言にも取り合っては貰えず、即座に通話を切られ、通話切れの音が虚しく私の身体に伝わる。
『あれ?電話切れちゃった?』
『間違いかイタズラってとこかしら』
そうだと思いたいけれど、残念ながら私には心当たりしかなかった。
秘密か......
あんな電話越しのただの一言に振り回されたくはないけれど、私の身を脅かすというのなら、対処に動かざるをえない。
新しく用意されたベッドに寝転がって眠りに入る。
血のように紅いベッドは私に安らぎをもたらした。
決して穏やかではない、黒ずんだ紅に包まれて、私にはもう、こういう色彩にしか魅了さりえない。
眼が覚めて起き上がる。
まとわりつく眠気を吹き飛ばして居間に向かう。
今まで愛住君と二人で朝食をとっていたのが、今日から伶を含めて三人で食卓を囲う。
『案外寝起きはだらしないのですね、符夜雨さん』
新しい日を迎えてすぐでも伶の私に対する態度は変わらない。
『アンタが言うんだそれ』
『二人共ケンカしてないで早く食べちゃって!』
私達のケンカを愛住君が仲裁するなんて事象が恒例になりかけている。
それを尻目に新たな障壁に阻まれる。
ヒミツ、握られちゃったか。
復讐を成し遂げた後ならどうだって良いけれど、まだその目処は立てられていない。
どうにか電話相手の正体を突き止めなければ......
およそ爽やかとは言えない曇り空、絶妙に掴み所の無い兄妹とご一緒での登校の最中、窮地の脱出方法を模索せずにはいられない。
『ねぇ哀抔さん、お願いがあるんですけど』
お昼休みにダル絡みされるのも恒例になってきた。
今回の相手は光威さん。
話し半分に菓子パンの封を切る。
『ちょっと聞いてるんですか!?』
『生徒会に相談に来たわけでは無いところを見るに、愛住君の話では無いのでしょうからして、まぁ鬼気迫る状況でもなさそうだから』
『もっと真面目に聞いてください!』
『わかったわよ、早く喋りなさいよ』
仰々しく重大な事情ありげに深呼吸を挟んでからの答えの提示がなされる。
『愛住さんの妹ちゃんとの仲を取り持って頂きたいのですけれど......』
あまりに下心を丸出しにした回答に、ただただ呆れるのみだった。
『思いっきり恋愛関係あるわね......』
『なっなにを言ってるんですか!?べっ別に妹ちゃんを足掛かりに愛住さんと接点を持とうだなんて考えていませんよ!?』
全部言っちゃってんじゃないのよ......
ホント呆れるわ、こんなお願いに付き合っちゃう私に。
『おや符夜雨さんどうしたのです?』
『ほら後は自分でやんなさい』
光威さんの身体を小突いて、伶との繋がりの接続を促す。
『あっあの、わっわたしと愛について語り合いましょうか!?』
『発情してんじゃねーわよ!!』
『符夜雨さん、なんですかこの人は』
あーもうメンドクサイわね......
『あーこの子愛住君に惚れてるのよ、だから彼と仲良くなるためにあなたを利用しようって算段ね』
『ちょっと哀抔さん!?人聞き悪いですわよ!?』
『黙らっしゃい、こういうのは正直が肝心なの』
『あなたと親睦を深めるかどうかは結局のところ兄さんが決めることですが、そうですね、わたくしに試されて見ますか?』
『試すってなにをさせられるの?』
『それはですね......』
知人の命の危機を察知し、光威さんの前に介在し伶を迎え撃つ。
冷徹に構えられた伶の手刀が、私の腕にぶつかって静止する。
『これはあなた様が持ち出したお話のはずですが?』
『誰も彼女を襲えなんて言ってないわ、というかまだ治してないのねその癖』
『これがわたくしの在り方ですから、しかし驚きですね、あなた様が他者を庇う真似をしたことですが、そのお方、襲われても一切動きませんでしたので』
振り返って光威さんの様子を伺う。
確かに二人を引き合わせた時と位置が変わっていない。
『これが冷静さ由来の物か、それとも能天気さから来たものかはわたくしの存ずるところではありませんが、どちらにせよ問題は無いでしょう』
型どられた手刀は、手と手を合わせる形へと変貌し、その場に座り込む光威さんに差し伸べられる。
『よろしくお願い致します、ええと......』
眼元に涙を貯めながら、光威さんが一言。
『えっと!!光威耶魅でぇッッす!!よろしくおねが......というかありがとうございまぁすッ!!』
まるで愛住君と付き合えたかのような喜びようね......
放課後の生徒会のお仕事も、今日はいつも以上にやる気が出てこない。
光威さんに付き合わされて、疲弊しているからだ。
たまにはサボってしまおうかな。
『あっ!フヨちゃんちょっと来て欲しいっス!』
次は上谷君か、なんなのよ今日という日は。
『今度はなによ、私疲れてるのだから面倒事はゴメンよ?』
『それが大神さんが......』
大神君との共同依頼前日のことを思い出す。
血を垂れ流す彼を見ていた経験から、一刻も早く駆けつけなくてはと、その想いが加速する。
『どこにいるの!?』
『こっちっス!』
上谷君に連れられた場所は生徒会室。
よもやここで事件発生なんてことないでしょうね。
『では入るっスよ』
扉が開かれた先には、鼻から血を垂れ流した大神君が気絶していた。
この物語はフィクションです。
犯罪行為を推奨、肯定する物ではありません。




