私を喰ったら喰い破ってやる
『わたくしの部屋の飾り付けは執事に任せましょう、今後は兄さんとわたくしに執事、メイドさんと符夜雨さんの五人で暮らすのですね』
五人暮らしか。
大家族ってほどではないけれど、私には随分多人数に思えた。
身近な人が、私の成長に伴って姿を消していったから。
『しかしですね兄さん、このドアのプレートはいかがなものかと』
弾けるような淡く白い雲をバックに太陽にも匹敵せんばかりに熱く照らす黄色い星の群像。
それらに彩られた《れいのへや》の字列は、事あるごとに決闘を仕掛ける人間が住む部屋にかけられる物とは到底思えない能天気さが化現していた。
『バカっぽい伶にはお似合いだと思うのだけれど』
『そういえば決着がまだでしたわね』
『ちょっとちょっと!入居早々ケンカしないで!』
そうね、久しぶりに妹と過ごすことになる愛住君に心労なんてかけるべくもないでしょう。
『命拾いしたわねあなた』
『それはわたくしのセリフです』
『これから大丈夫なのかな......』
でも良く考えたら気にすることもなかったかしら、私みたいな女を拾った愛住君が悪いのよ。
『伶様、家具の配置のほど、完了致しました』
『ご足労かけましたね、ではさっそく確認しましょう』
開かれた扉から広がっていたのは淡いピンク色。
ベッドに椅子に机、はてにウサギのぬいぐるみまですべてがピンク色、つーかこれ私の部屋と一致してんじゃないのよ。
『おや、わたくしのぬいぐるみから涙の匂いがしますね、いったいどなたの仕業でしょう』
私と伶がお互いを眼の中に収める。
よもや愛住君達が家具の使いまわしなんてするわけもないとは思うけど、心当たりがある以上は......イヤ、気圧されてはいけない。
自分の眼に意思を込める。
私ばっかり疑ってりゃ良いってモンじゃねーわよ、と。
伶もすかさずメンチを切る。
この中で一番素性の知れていないあなたを真っ先に疑うのは至極当然のことです、と。
眼と眼による、酷く見えにくい闘いは、伶の付き人たる執事さんに止めに入られる。
『これは伶様が幼少の頃に濡らした物です』
心の底から笑みを、ついついこぼしてしまった、何年振りでしょう。
『これはお笑いね、でも安心したわ、決闘狂いのあなたにも可愛らしい幼少時代があるなんて』
『キミだってぬいぐるみを抱き締めてたじゃない?』
『ちょっと!それ言わないで頂戴よ!』
『これはお恥ずかしいことですね、高校生にもなってそんなことを、ご実家にでもお帰りになって母上のおっぱいでもしゃぶっていれば良いのではないでしょうか』
妹と再び暮らすのだから和やかなムードが流れるはずだけれど仕方ないでしょ、本人がケンカしたがってんだから。
眼と眼の威嚇のぶつかり合い、当然遮る者が一人。
『いつまでもそんな調子なら僕にも考えがあるからね?』
『あらあら望むところよ』
『いかなる状況に追いやられようと、わたくし屈しません!』
『ならもう口聞いてあげない』
あら残念、伶ったら白目剥くかと思ったのに、でもその驚き顔は傑作ね、口をあんぐりと開けちゃって眼も焦点合っていないし。
『哀抔さんちょっとこっちきて』
愛住君の手が私の手に包まれる。
『妹を放置してまでなにをするつもりなのよ』
『キミに見せたい物があるんだ』
そう言って連れてくるのが私の部屋ってどういうことよ......
『なにか変な仕掛けとか施していないでしょうね』
『まだまだ信用してくれないんだね』
微笑みながら発せられたその言葉と同時に開かれた景色は、先ほどまで見ていた、私にはとても似合わないピンクではなく、血液にも見違えるほどの暗くも鮮烈なる紅が部屋全体を彩っていた。
『これ......どうしたの?』
『前までの家具じゃ不満だったんでしょ?』
『別にここまでしてくれることないのに......』
愛住君の手が私の頬に触れ、目線を同調させる。
『そう思うのなら対価として、この部屋の感想を聞かせて?』
慈愛の精神の中に隠されたサディスティックな情緒を向けられれば、素直に従う他に選択出来る道は無かった。
『綺麗でとてつもなく精神が安らぐわ、あなたと触れている時と同じようにね』
『どうしたの?急に恥ずかしいこと言って』
『アンタが言うかアンタが』
私のクサシ言葉に緩んだ愛住君の小悪魔的微笑は、私にかつて無い安らぎを感じさせる。
嗜虐的な感情を向けられて、何故私は安らいでいるのか。
認めたくない、こんなのまるで私がマゾみたいじゃない。
こんなの認めたら私の中でなにかが壊れる、壊してはいけないモノが......
『ねぇ、いつまで私に触れているの......?』
『キミが僕と眼を合わせてくれるまで、かな?』
合わせるワケないじゃないのよ、私を私たらしめていないと、苦痛に苛まれた意味が無くなるんだから。
『いつまでも強情張ってないで、こっちを見て?』
私は愛住君に救われたのだとばかり思っていた、だけど甘かった。
眩しく澄みつつも蠱惑的な妖しさを持つ彼の眼差しがいつもを見つめてる。
いつ取って喰われるか、気が気でいられない。
『なにをしているのですか兄さん』
『伶!?いつからいたの!?』
彼の捕食染みた戯れは、彼の妹によって遮られた。
『私の部屋なんだから勝手に入ってこないで頂戴よ』
愛住君との時間を、彼の妹に見られたのは恥ずかしいなんてモンじゃなかったけれど、そんな情緒を見せたらそこを突かれる恐れがある、ここはあくまで気丈に返すわ。
『お電話ですよ符夜雨さん』
わざわざ愛住君の家の電話にかけて私と話なんて、何者かしら。
伶に電話のある場所に案内してもらい、恐る恐る応答の一言を発する。
『お電話代わりました、失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか』
『あなたの秘密を握っています』
心臓を掴まれた気分に追いやられる、あまりに唐突に。
この物語はフィクションです。
犯罪行為を推奨、肯定する物ではありません。




