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奇怜

 私が見惚れた月なんて紅い月(ブラッドムーン)くらい。


今出ているのは黄色く輝く満月。


誰も彼もが思い浮かべる王道的満月。


私は初めてそれに目を奪われている。


『どうしたのよ、いつになく真剣だけれど』


『結婚式のこと、謝りたくて』


『事件のことは気にしないで、私の意思で行ったのだから』


『それだけじゃなくて、キミが結婚式を良く思っていないことを知らずに誘ってしまって、だから......』


自責の念を吐露する口に人差し指を当てる。


『私を戒める行為があなたを傷付けたのなら、謝るのは私よ』


『傷付くなんてことそんな......』


お互いかける言葉が出てこず、訪れた沈黙は私達に気まずさをもたらした。


その空気を破る愛住(あいずみ)君から滲み出る人の良さに染み渡りつつも辟易とさせられる。


『今度聞かせてくれるかな、キミが何故キミたらしめるようになったのか』


愛を忘れ、否定する考えの根幹。


それを話すには初恋の人は切っても切れない。


打ち明けるのは恐ろしくもある、だけれど......


『今すぐ聞けるなんて思わないで』


今はこれだけ、でもいつかは......


将来を頭の片隅に置きながら水を浴び行く。




社交の鎧を脱ぎ去り身体を水で洗う。


精神(こころ)と身体を整え、気持ちに整理をつけるためにやらなければならないこと。


温水が降りかかり、身体が水で纏われる。


私の過去が知りたいなんて物好きのレベルを遥かに超えているわね。


私の話なんて聞いても楽しくもなんともないのに。


哀抔(あいなど)様、よろしいでしょうか』


今度はメイドさんのおたずね。


『よろしいけれど、どうしたの?』


『お礼申し上げたいのです』


『お礼なんて私はなにも......』


『新郎様を救出してくださったではありませんか、それに新婦様殺害の犯人をお探しになられてもいましたし、そこまでしてくださったお礼がまだ出来ていなかったと反省しております』


『なにもシャワー中でなくてもいいのに』


『いえ、顔の見えない状況だからこそお伝えしたいことがあるのです』


面と向かっては言えないようなことってなによ。


『あなたは(れん)様を、ご一行様を護ったのです、そこであなたにご提案があるのですが』


嫌な予感。


『なに?その提案って』


(れん)様と籍を入れて頂きたいのです』


驚いて落としたシャワーヘッドの音がお下品にも響く。


『あなたには力がある、身に降りかかる障害を取り除ける戦闘能力と他者の障害までも取り除く精神性が、その二つを併せ持つあなたになら(れん)様を任せられると』


恋愛だとか結婚だとか、そんなのもううんざり。


『私にはやらなければならないことがあるわ、それを達成させれば愛住(あいずみ)君とは結婚どころではない、ここまで言えばわかってくれる?』


『はい、ですので復讐のこともどうかお忘れになってはいかがかと』


私のすべてを否定された気分だ。


復讐という私が存在する意味を否定され、私が否定する恋愛を、結婚の話を持ち出されている。


『冗談じゃない!私はもう誰も......!』


落ち着いていられるワケもなく激昂する、水浸しの素肌を隠しながら。


『ごめんなさい、急に大声出して』


『いえ、そうさせる領域に踏み込んだのはわたくしですので、ですがこの件のことは良くお考えになって欲しいのです、そして来るべき時にまた答えを伺わせて頂きたいのです』


まさか私に結婚の話が舞い込むなんて......




お風呂の時間はつい長くなってしまう。


考えごとをするにはちょうどいいから。


愛住(あいずみ)君と結婚。


なんで私なんだろう。


なんでもっと早く来てくれなかったんだろう。


中学生に結婚話とか持ち込まれても困るけれど、高校生だって同じよそれは。


考え事に耽った分だけお湯の温度は下がって行く。


初恋の人を失い、別の男になびいた姉の世罪理(せつり)まで行方不明となって、失意の渦中にいたあの頃を思えば......


お湯はぬるくなっているはずなのに、体温はサウナにでも入っているかのように。


メイドさんの話を呑めば私は幸せになれることだろう。


高校中で女子から人気のある愛住(あいずみ)君とくっつくのだ。


周りはきっとうらやむことだろう。


でも、私は幸せな人生を望んでなどいない。


歩めるとも思っていない。


私が恋愛に興じても、脳裏によぎって罪悪の念にさいなまれるに違いない。


初恋の人の顔が思い浮かばれてなお恋愛に興じられるほど、私は薄情でも残酷でもない。


長くなりすぎたお風呂の時間を終える。


長風呂の影響か、少しのぼせている気がする。


考えごとはお風呂のあとの着替え中にも発生する。


愛住(あいずみ)君は結婚だとか将来のことはどれほど考え、視野に入れているのだろう。


きっと十年二十年とプランを組み上げていることでしょう。


復讐を遂げたあとのことはなにも考えていない私とは違って。


広々とした居間はいつも以上に、一人でいるには大きすぎるように思えた。


一人で呆ける時間は唐突に遮られる。


妖精にも見違えるほどの美少女によって。


『ねぇそこのあなた、(れん)を知らない?』


呼び捨てだなんてどういう関係......?


『そういうあなたのお名前はなに?』


『あっこれは失礼しました、愛住怜(あいずみれい)です、愛住恋(あいずみれん)の妹にあたります』


妹とか居たんだアイツ......

この物語はフィクションです。

犯罪行為を推奨、肯定する物ではありません。

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