カルテNO6-2 昼寝スキル、発動条件は“本気の脱力”
坂城友恵は、異世界の街に降り立った。
──と言っても、本人はまだ眠っていた。
転移ポータルの光が収まる頃、彼女は街の公園のベンチにそっと横たわっていた。
スーツ姿のまま、毛布がふわりと掛けられている。
誰が掛けたのかはわからない。けれど、風は穏やかで、空は晴れていた。
昼下がりの街は、少しだけざわついていた。
広場では、商人と配達人が言い争いをしている。
路地裏では、迷子の子猫が鳴いている。
噴水のそばでは、落とし物を探す少女が涙ぐんでいた。
そして──ベンチの上では、友恵が静かに寝息を立てていた。
その瞬間、風が変わった。
ふわりと舞った落ち葉が、少女の足元に落ちる。
その葉の下に、小さなペンダントが見つかった。
迷子の子猫は、ふらりと歩き出し、広場のパン屋の前で立ち止まる。
店主が気づいて、そっと抱き上げる。
商人と配達人は、ふと沈黙し、互いに顔を見合わせる。
「……まあ、急ぎじゃないしな」「そうだな、今度からは事前に連絡しよう」
誰も気づいていない。
けれど、実況スタジオでは騒然としていた。
「はいはいはい〜!来ました〜!坂城友恵さん、寝てるだけで3件同時解決〜!」
女神様がテンション高く叫ぶ。
「スキル発動確認!《スリープ・ハーモニー》《落とし物リターン》《和解フィールド》、全部寝息で起動〜!」
実況コメント欄には、驚きと感動が溢れていた。
「寝顔で世界がほどけるって何」「推せる」「昼寝、最強説」
ベンチの上では、友恵がほんの少し寝返りを打った。
毛布がずれかけた瞬間、通りすがりの少年がそっと直していく。
その様子を見ていた受付妖精が、転移オフィスの窓からぽつりと呟いた。
「……昼寝って、こんなに優しいんですね」
その言葉に、女神様が満足げに頷く。
「使命:昼寝による平和。実況的にも最高です〜!」
夕暮れが近づく頃、街は少しだけ静かになっていた。
誰かが泣き止み、誰かが笑い、誰かが毛布を直した。
そして、ベンチの上では──
坂城友恵が、まだ静かに眠っていた。




