カルテNO5-4 征服はまだ途中、でも誰かの記憶に残ればいい
街の朝は、静かだった。
図書館の扉が開き、魔導ランプが灯る。
黒羽南は、制服姿のまま、いつもの席に座っていた。
机の上は完璧に整い、椅子の角度は理想的。
《支配領域:半径3m》は、今日も異常なほど美しく機能していた。
司書「おはようございます。今日も……征服、ですか?」
ミナミ「ええ。世界は、私のものになる予定です」
司書は、少しだけ笑った。
「……その予定、なんだか好きです」
広場では、昨日の演説の話題がまだ残っていた。
「あの子、なんかすごかったよね。光とか音とか」
「でも内容は図書館の延長だったよ?」
「それがいいんだよ。なんか、誠実で」
猫「にゃー(好感度、上昇中)」
そのとき──空に、申請書がひとつ舞い上がった。
『転移記録:黒羽南
使命:なし
野望:世界征服(予定)
実績:図書館の利用時間、15分延長
評価:静かに記憶に残る存在』
女神様実況(雲ソファより)「ミナミさん、使命なしでも物語完了〜!世界征服はまだだけど、図書館はちょっとだけ支配済み〜!」
スクリーンには、ミナミが図書館を歩く姿が映っていた。
制服の裾が揺れ、猫がついてくる。
その背中には、征服計画書と、少しだけ柔らかくなった表情。
『旅の記録:征服予定枠。
魔法:地味。演出:派手。
世界救済:なし。
市民評価:なんか好き。』
女神様は、カルテにそっと星マークと猫のシールを追加した。
「この子、ほんとに静かで最高だった〜!次の転移者、準備はいい〜?」
受付では、雲のカウンターが「ぷにっ」と鳴る。
受付妖精:「次の方〜!使命あり/なし/とりあえず図書館に行きたい、どれにします〜?」
新しい転移者が、虹色ポータルの前に立っていた。
その背中を、女神様が見守る。
「ミナミさんの旅、ちゃんと誰かに届いた。だから次の子も、きっと大丈夫〜!」
スクリーンの端には、ミナミの姿が小さく映っている。
「……世界征服は、まだ途中です。でも、誰かの記憶に残ったなら──それは、支配の第一歩です」
風が、静かに吹いた。
猫が、彼女の足元で丸くなった。




