レンタルアイドル始めました。
また今日も、SNSにお知らせが流れてきた。
「◯◯は体調不良のためお休みいたします」
「契約違反により◯◯は本日付けで解雇となります」
地下アイドル界隈では、これはもはや日常の風景だ。
そのたびに、推しを失ったオタクたちがSNSで嘆き、怒り、虚無を呟く。
そこで僕は考えた。
「ならば、アイドルをレンタルすればいいのでは?」
レンタルアイドル事業の仕組みは単純だ。
急遽ステージに穴が空いたら、ウチの在籍アイドルを派遣する。
MCも、歌も、煽りも、物販も、ぜんぶ即対応可能。
ダンスや歌は近辺のグループの人気曲を中心に事前に予習しており、あとは移動中に覚えていく。
最初は冷ややかな目で見られた。
「代役でファンが納得するはずがない」と。
しかし、実際にイベントで急遽出演したステージはいつも通りの盛り上がりで、オタク達はむしろ満足していた。
彼女たちはとにかく“レプリカとしてのアイドル”に徹しており、オタクに違和感を覚えさせない技術にかけては超一流だった。
だが、レンタルアイドル達の中に自我が生まれてきた。
それは当然だったのかもしれない。
イベントが盛り上がり、オタク達に賞賛されることで、彼女たちの自己肯定感は高まり、徐々に「もっと褒めてほしい」という感情が芽生えていったのだ。
さらに問題は、オタクの方にもあった。
「今日のレンタルちゃん、普段のグループよりむしろ推せる!」
「本物よりプロ意識高い!」
気づけば、レンタルアイドルに“ガチ恋”する人が続出した。
彼女たちは、毎日違う現場に呼ばれ、毎日違う名前を与えられた。
ある日は「しずく」、ある日は「ひな」、またある日は「ななこ」。
それでもオタクは、そんなレンタルアイドルを追いかけはじめたのだ。
ある日、レンタルアイドルのひとりが僕に言った。
「ねえ。私って、誰なの?」
自我が生まれたことで、レンタルアイドルとしての矛盾が彼女たちの心を少しずつ侵食し、バランスを崩し始めていた。
そして、オタク達も暴走していった。
「レンタルアイドルは今日どこに出演するんだ」
「彼女を出せ」
「お前らじゃ満足できない」
その熱狂はやがて本物のアイドル達にも影を落とした。
モチベーションの低下による脱退。
本物のアイドルが次々と消えていく中で、レンタルだけが残っていた。
だが、オタクは満足していた。
運営も潤っていた。
でも、そこにいたのは——名前を失った彼女たちだった。
今日もまたSNSに流れる。
「本日の出演はレンタルメンバーです」
「本日も笑顔でステージに立ちます」
ステージ上で輝く彼女は、確かに“アイドル”だった。
だけど、その名前を呼ぶたびに、僕の胸の奥に、かすかな罪悪感が広がっていった。
でも、同時に思う。
最初からアイドルは偶像なんだから、レプリカでも良いのかもしれない。
そう思う自分自身こそが、一番怖かった。