今は個人でもテレビ番組が作れるらしい
「ウ……ウソだろ。
こ………こんなことが、こ……こんなことが許されていいのか!」
少女が見せてきたスマートフォンの画面を見て、ヤマトが驚いてしまったのは無理もない。
『東京チカマチからこんにちは。ソロ探索者の一番星! 一ノ瀬莉々でーす!
リリちゃんは、今日もー?』
画面の中にいるのは、格好こそずいぶんと異なるものの、眼前でスマートフォンを横持ちにする少女自身。
というか、昨晩中華そばを届けた時の彼女だ。
その彼女が画面のこちら側――カメラに向けて何か呼びかけると、その度に、短めの文字列が映像内を横切っていく。
これでは……これではまるで……!
「――まるで、一個人がテレビ番組を制作しているみたいじゃないか!」
「そうだよー。
いや、ようやくここまで辿り着いたねー。
と、いうわけで、動画の中でも自己紹介したけど、あらためて名乗るね。
東京チカマチで活躍中! A級探索者の一ノ瀬莉々でーす!」
イエーイという感じでピースしながら、リリがあらためて名乗る。
片手でスマートフォンを横持ちにし、振り返りつつのそれだ。なかなかの器用さであった。
実物がそうしている間にも、録画? アーカイブとかいう映像の中で、リリが迷宮内を突き進んでいく。
街中でよく見かける自撮り棒とかいうやつで、自分自身を撮影しながらだ。
「あの棒を使うと、こんな風に撮影されるんだな。
というか、本当に写真や映像を撮影することができるんだな、これ」
ヤマト自身も、スマートフォンを取り出しながらつぶやく。
無論、そういう機能が存在することは、おぼろげに理解していた。
だが、実際に撮影された映像を見てみると、驚きの二文字以外に湧き出てくるものがない。
こんなに小さく、平べったい板切れの分際で、なんと多機能なことか……!
正直、クーバーのアプリを起動して地図でナビゲートしてくれるだけでも驚きなので、まだ見ぬ実力に恐れおおののきすらする。
「……しかし、浅い階層で大したモンスターもいないとはいえ、自分自身を撮影しながら、器用に戦うもんだ」
同時に驚くのは、リリの実力。
たった今、ヤマトが語った通り……。
彼女はカメラ目線でこちらに向けて語りかけつつも、もう片方の手には短剣を握って、モンスター相手に大立ち回りしていたのである。
敵は、昨夜ヤマトも倒したロックアイ。
何種類かの怪光線を眼孔から発射してくる目玉型モンスターであり、映像内でも黄色の光条――麻痺光線を、リリに向けて撃ち放っていた。
だが、それは――当たらない。
時に体をひねり、時には開脚ジャンプして……。
リリは、怪光線をギリギリのところで回避し続けているのである。
ヤマトから見ても驚異的なのは、本当に寸でのところを――わざと見極めているところ。
そうしながらも、こちら――自撮り棒にくっ付いたスマートフォンに向け、ウィンクなどキメながら語りかけ続けているのだ。
『今のは麻痺光線だけど、ほんとこれには嫌な思い出があるよねー?』
すると、それが呼び水となって、画面を横切る文字列の数が瞬発的に増加した。
いわく……。
『イキリソロ探索者、伝説の麻痺回』
『舐めてかかってパラくらう無様さw』
『モドリ線香を忘れてくる抜け具合w』
『三階層分も麻痺したまま戻る姫様w』
これらを見てみれば、ヤマトにもひらめくものがある。
この文字列は、助言とかコメントと呼ばれる類のもの……。
あるいは、電話会社が毎月利用額確定の知らせを送ってくるメッセージアプリと同列の存在だろうか。
ともかく、流れてるメッセージからは、ひと言ひと言、送った人間の息遣いが感じられるのだ。
電子的な文字であろうとも、動画に合わせて右から左へ流れていようとも、関係はない。
通信機器を挟んだ向こう側に、生の人間がいるからこそ、感じられることであった。
「この言葉を送っているのが、番組を観ている視聴者たちなのか?
……すごいな。色々な人が、絶え間なく打ち込んでいる。
そして、君はこの人たちを楽しませるために、わざとスリリングな戦い方をしているわけだ?
見れば分かる。その気になれば、ロックアイくらい瞬殺できるはずだ」
付け加えるならば、映像内のリリは徐々に徐々に……動きのキレを増しているように見受けられる。
ひょっとしたら、身体強化系の固有スキルを持っているのかもしれない。戦闘開始から一定時間ごとに迷宮加護が強化されるとか、そういった条件だろうか?
「うん、まあ、その通りではあるんだけど……。
ロックアイくらいすか。
さっきも、浅い階層で大したモンスターもいないって言ってたよね?」
「ん? ああ。
ロックアイくらいなら、小学校までには倒せるようにならないとだろ?」
「……マジすか?」
リリが見せた表情を、どのように形容したものか……。
確かなのは、ヤマトが見てきたどんな女性の反応とも異なるということである。
第一に、驚きの感情が表れていることは、間違いないだろう。
だが、驚くだけで終わらせず、思慮を巡らせているような……そういった気配が感じられるのだ。
「……オッケーオッケー。
段々、君とすれ違っている理由について、推測ができてきたよ。
けど、その答え合わせをする前に、まずは本題に入ろうか」
言いながら、リリが映像下部に存在するバーへ触れる。
どうやら、これが録画されていた映像の早送りなどを司る部分なのだろう。
あっという間に先の映像部分が映し出されて、そして……。
「ウ……ウソだろ。
こ………こんなことが、こ……こんなことが許されていいのか!」
ヤマトは、またしても驚愕することになった。
その理由とは、他でもない。
『――クーバーです。
ご注文の品を、お届けに上がりました』
『――ひゃ!? ひゃい!』
映像内では、自転車にまたがった全身モザイクのクーバー配達員が、リリを背後から驚かせていたのである。
いや、それだけならば、別にヤマトが驚く必要もないだろう。
だが、これは……。
「こ、これは……俺?
そんな……知らないうちに、テレビ出演を果たしていたなんて!」
「落ち着いて。
さっきも言ったけど、テレビに出演しているわけじゃないから」
「あ、そうだったな。
なんか、急に興奮が冷めてきた」
一瞬にして脳内でスターダムを駆け上がり、尊敬するジェイソン·ステイサムとどこかの壇上で握手するイメージまで描いていたヤマトだが、急激にクールダウンを果たした。
そうだ。これは、個人による番組だという。
多量に流れるメッセージを見る限り、熱心な視聴者は多く付いているようだが、そこまでのものでも――。
「まあ、言うて再生回数二万超えてるけど」
「にま――っ!?」
再び驚くヤマトだ。
再生回数二万というのは、言葉通りに受け取れば、この映像を観た人間が二万人いるということ。
つまり、二万人以上もの人々に、ヤマトの配達風景が晒されたということなのである。
これは……これは……。
「大人気じゃないか!
……ああ、いや、君が大人気なわけだけど」
舞い上がりつつも、一抹の理性でそれを抑え込むヤマトであった。
あくまで、人気があるのは目の前にいるリリ。
自分は例えるなら、大人気リポーターにたまたまインタビューを受けた通行人Aに過ぎない。
「んふー?
そう思う? 思っちゃう?
もしかして、君、素質あり?」
スマートフォンを横持ちにしたままリリが振り返り、ニマリとした笑みを浮かべる。
浮かべる人間によっては、ひどく即物的で、嫌らしさすら感じかねない性質の笑顔であろう。
だが、彼女がこの表情を作ると、とても魅力的で……不思議と幸せな気持ちにさせられた。
「この動画がきっかけになってねー。
今、ヤマト君はちょっとした有名人になってるんだー」
上目遣いにこんなことを言われれば、返す言葉などたった一つ。
「なんだって!
それは本当かい!?」