お笑いではなかった
上目遣いの角度で見上げながらもじもじとし、やや奥手めいたところがあるのをアピール。
完璧にコントロールされた頬の染まりっぷりは、ワンチャンどころかスリーチャンくらい自分に気があるのではないかと錯覚させること、間違いなし。
学校帰りの制服姿というのもまた、高ポイント。
これなるは、リアル女子高生にこそ着用することを許された伝説の神器……。
普通に着るだけで、魅力は当社比30パーセントアップ!
それを今回は、下手に着崩したりせずベーシックな着こなしでまとめてきた。
アイスならバニラ。ケーキならショート。
やはり、最も無難に高打点を狙えるのは、王道ノーマルなのである。
これなるは、リリが今回用意してきた必勝形……。
相手の性格が分からないので、態度から格好まで、全てをベターかつ高打点で統一したのだ。
唯一惜しまれるのは、変装用に装着している眼鏡であるが、何しろリリは顔がイイ。
眼鏡をデバフにせず、ブースターとして活用することなど造作もないことであった。
かくして、媚びに媚びて媚び抜いた状態で行ったお願い……。
それに対する彼――ヤマト少年の返答は、このようなものだったのである。
「済まない。
お笑いの道に進む気はないんだ。
M1は、誰か他の人と目指してほしい」
「え?
お笑い? なんのこと?」
ちょっと素になって返してしまうリリだ。
一体、いつリリがお笑いの話をしたというのか?
「恥ずかしがる必要はない」
だが、リリの質問など耳に入らぬとでも言うかのように、ヤマト少年は腕組みしながらうなずくばかりであった。
「全て分かっている。
君は新人のお笑い芸人か、あるいはお笑い芸人の卵。
生活費に困窮しているため、クーバー配達員として稼ぎたいが、ノウハウがなくて困っている。
そこで、俺のように専業の配達員をして稼いでいる人間から、やり方を教わりたい。
つまりは、そういうことだね?」
なんという――真っ直ぐな眼差し。
それでいて、彼の瞳は驚くほど澄み切っているのだ。
超人気ダンジョン配信者のリリであるから、いまだティーンエイジャーであるにも関わらず、実に多種多様な階層の人々と付き合いを持っている。
いずれの場合も共通しているのは、なんらかの打算を態度に宿しているということ。
一切の損得勘定もなく、ただ相手のことを心から思いやっての言葉……。
これは、久しくリリが触れていないものであった。
そんなものを向けられては、リリが返せる言葉などたった一つしかない。
そう――。
「――全然違うけど?」
「え、そうなの?」
「そうだよ」
「そっか。
じゃあ、あらためてニュートラルに話を聞くね」
分かってもらえたようだ。
思い込みは強いが、なかなかに柔軟な思考をした人物のようである。
まあ、思考が柔軟過ぎるからこそ、お笑い芸人云々などという意味不明な言葉が飛び出した可能性もあるが。
「えっと……」
出鼻をくじかれたせいで、自分が何を言おうとしていたのかちょっと考え込んでしまう。
少なくとも、ここで彼と変なコントを繰り広げるためでないことだけは、明らかだ。
そう……自分の用事は。
「……稼ぎたいっていうのは、合っているかも」
「やはりM1を?」
「違う。
君はお金を、わたしは同時接続数その他諸々を稼ぐの」
「接続……?」
怪訝そうな顔をするヤマト少年である。
「君は、何かと接続しているのか?
そうは見えないが」
彼はそう言いながら、自分の周囲をクルクルと回り始めた。
その姿は、さながら散歩先ではしゃぐ犬……。
犬との違いは、自分を接続している何か……ケーブルか何かか? がないか、真剣に探しているということだろう。
「汎用人型決戦兵器じゃないんだから、ケーブルで繋がったりはしてないよ」
とうとう下から覗き込もうとしてきたので、スカートを抑えながら否定する。
「何? では、何とどう接続しているというんだ?」
「え、マジ?
ひょっとして、配信とか全然何も分からないの?」
その可能性に思い至って、心底から驚く。
いってしまえばこれは、未知との遭遇。
リリにとって、動画配信にまつわるあらゆるコンテンツは、物心ついた時からあって当たり前だったものであり、酸素も同然。
その関連用語を向けられて理解できない人間というのは、いわば、酸素を吸わずに生きていられるエイリアンなのだ。
だからこれは、万が一にもそんなことはないだろうと思いつつの、確認。
リリほどの美少女を前にして舞い上がり、ウケないジョークを言って滑り倒す男子は山程存在する。
きっと、彼もそういった類の人間なのだろうと思ったのだが……。
「配信というのは知っている。
テレビ番組の後に、見逃しはこちらでと宣伝しているやつだろう?
よく分からないし難しそうなので、利用したことはないが」
オーケー。酸素を必要としないエイリアンのようだ。
配信と聞いて、テレビ局が用意しているネット配信を思い浮かべる辺り、筋金入りの匂いがした。
「あー、いや……。
わたしが言ってるのは、もっとミニマムなメディアの話。
個人が配信サービスを使って、ネットで生放送を中継するっていう。
本当に、分からないの?」
「ハッハッハッハッハ!」
突然、表情一つ変えずに笑い出すヤマト少年。
ハッキリいって……コワイ!
理由あって接触しているのでなければ、回れ右して距離を取るレベルだ。
だが、これは――驚くべきことに――ジョークと受け取ったリリの言葉に、ノリよく笑ってみせていたのである。
「面白い冗談だ。
放送局もなしに、個人が番組放送なんてできるわけないだろう?」
「なん……だと……?」
グニャアリ、と……。
視界が歪んだ錯覚すら感じるリリだ。
そんなあんた、飛行機を見て鉄の塊が飛ぶわけないだろうとのたまうような。
しかも、ヤマト少年はどこまでもクソ真面目そうな鉄面皮のキープ中であり、ふざけている気配は一ミリも感じられないのであった。
「あー、どうしようかな……?
とりあえず、あなたはヤマト君でいいんだよね?
あ、了解取らずに君付けしちゃったけど、大丈夫?
ヤマトさんって呼んだ方がいいかな?」
「いや、君でいいよ。
ふふ……新鮮な響きだ。
故郷じゃ、周りにはジジババしかいなかったからな。
呼び捨て以外で呼ばれるの、初めてかもしれない」
「クニって、田舎のこと?」
「ああ、出身地だ。
他に何がある?」
「いや、ちょっと古めかしいというか、古風な言い回しだと思って……」
ちょっと言葉を選びつつ、リリの中ではある可能性が浮上する。
すなわち……ヤマト少年ド田舎出身説!
限界集落に近い過疎環境で育ち、周囲にネット知識のある人間などが皆無!
結果、令和の世に生きながら、配信という言葉の意味を掴みきれない原始人が誕生したのではなかろうか?
その割にクーバーのアプリは使いこなせているようだが、それも、迷宮内でリクエストが届いたりしているので本来の仕様かは怪しいところだ。
「えーと、それじゃあ、そうだね……。
実際に見てもらった方が、説明しやすいかな」
ともかく、百聞は一見にしかずと故人も言った。
賢明なる先人にならい、リリもスマートフォンを取り出す。
起動するのは、もちろん、世界で最もユーザーの多い動画アプリ。
そして、開くのは昨晩リリ自身が行った生放送のアーカイブだ。
「これは、生の配信じゃなくてアーカイブ……。
まあ、録画みたいなもんなんだけど」
「どれどれ」
スマートフォンを横持ちにすると、腕組みしたヤマト少年が背後から覗き込む。
「――こ、これは!?」
それから、くわと目を見開いたのだ。