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不気味な配達員

『滅多に聞けない姫様の悲鳴ktkr』


『かわいい声頂きましたー!』


『これは保存不可避!』


 配信画面に流れるリリーナイトたちのコメントは、実に気軽なものであったが……。

 配信者である前にA級探索者であるリリにとって、この状況はただ事ではない。


 何しろ、気付くことすらなく背後を取られたのだ。

 これは、実戦において命を失ったに等しい。

 何より驚くべきなのは、リリが最大限の警戒をしている中で、これが行われたということ……。


 そう、リリはこうして配信し、リリーナイトたちとやり取りしている間も、常に周囲の状況へ気を配っている。

 視覚的な情報はもとより、漂ってくる臭いの異変も、ほんの少しの足音も、あるいは肌を撫でる空気の流れも、決して見逃すことはない。

 これは、リリのみならず、一流の……本格の探索者であるならば、必ず養っている感覚。

 常在戦場を体現しているからこそ、迷宮という魔空間で生き残ることができるのであった。


 その、はずなのに……。


(わたしの背後を、簡単に取った!?)


 撮影用カメラに向け中腰でしゃがみ込んだ姿勢のまま、素早く背後を振り返る。

 そうしながらも両手が軽く開かれているのは、いかなる状況にも対応できるようにだ。

 できれば個人結界から愛用のダガーを引き抜きたいところであったが、結界展開によって生じるごくごくわずかな間をリリは嫌った。


 つまりこれは、最速最小動作で背後を警戒したということ。

 言い換えるならば、戦闘態勢へ移行したということだ。

 余人ならば、あまりの速さに目が追いつかず……。

 気が付いたら、リリが背後を向いていたという風に見えたことだろう。


『姫様が超スピードで動いた』


『モンスター相手でもここまで警戒しない件』


『この配達員……只者じゃねえ』


『だな、瞬間移動みてーに現れたぞ』


『つか、モザイクで顔見えねえ』


『←プライバシー保護は常識』


 こうなってしまった以上、リリに読み上げる余裕などあるはずもないが、コメント欄には変わらずリリーナイトたちの雑談めいたコメントが流れる。

 その内容を見れば分かる通り、リリーナイトたちは、リリ本人よりも早く彼女の背後へ立った者を見咎めていたが……。

 ダンジョン配信用の機材には標準装備されているAIモザイク機能が働き、顔のみならず、全身がモザイク化された状態で配信されてしまっていた。


 これには、プライバシーの保護以上に、各探索者が有する固有スキルなどの情報隠蔽目的が大きい。

 人知れぬ秘境などというものが、この21世紀地球でそうそうあるはずもなく、探索者たちが稼ぎ場とするのは、他の探索者も大勢集う有名迷宮という場合がほとんどである。

 必然、迷宮内で他の探索者と出くわす可能性も高いのだが、その際、固有スキルやここまで磨き上げてきた戦法などがバレるのを恐れる探索者は数多い。

 特に、固有スキルへ戦闘力を依存している探索者の場合、能力の性質と弱点が広く知られることは致命的。


 ――気をつけよう、ダンジョン内は、法律なし。


 とは、誰が言った言葉か、あるいはジョークか。

 確かなのは、これが純然たる事実を羅列したに過ぎないということだ。

 人が礼儀正しく振る舞うのは、そこに法律があるから。

 司法の手が及ばぬ、しかも、暴力というものに満ちた魔空間で、凶行に及んだ者の例は数多い。

 探索者最大の敵は探索者であると語るプロも、決して少数派ではなかった。

 そういうわけで、自衛までをも視野に入れるならば、固有スキルという唯一絶対のアドバンテージと成り得る要素は徹底的に秘匿するのが通常であり、ダンジョン配信者向けの機材もそこは気を使われているのである。


 と、いうわけで、背後に立った人物の詳細をうかがえるのは、肉眼で相対しているリリのみ……。

 そんな彼女が第一に抱いた印象派といえば、これは……。


(クーバー……配達員?)


 このことであった。

 いや、クーバーのアプリを使って配達リクエストを送り、配達パートナーがやってきたのだから、これはある意味、至極当然のことであろう。

 だが、ここは迷宮の深層であり、アプリの反応を見る限り、この配達者はなんらかの超常的な力によって姿を現している。

 いや、言葉を濁さずとも、探索者が固有スキル――転移系か?――によって出現したと見るのが妥当であった。

 にも関わらず、この少年はあまりに変哲がないクーバー配達員であり、そのことがかえって、リリの意表をついたのである。


 いや、変哲がない、というのは少し違うか。

 非の打ち所がない、とか、模範的な、とか付け足した方が、表現としてふさわしい。


 着用しているのは肌にピッチリと張り付くサイクリングウェアで、細く筋肉質な体つきが浮き彫りとなっていた。

 黒髪はどうやら短髪……ことによれば、スポーツ刈りや丸坊主にしているようで、ハッキリ断言できないのは、ヘルメットを完璧に着用しているからだ。

 しかも、まさかここまでそれで乗り込んできたということもあるまいが、彼は漆黒のマウンテンバイクにまたがっており……。

 その運転姿勢の、なんと真っ直ぐなことか。


 ピンと屹立したその背は、床面と直角を維持しており、必然、背負った配達バッグの角度も直角となっている。

 それはつまり、内部の中華そばが地面との並行状態を維持しているということ。

 あり得ない仮定であるが、道中常にこの姿勢を維持していたのならば、オートバイに装着する出前機みたいな少年であるというしかない。


(い……一体、なんなの!?)


 それにしても、この少年……眼力というものが、すさまじかった。

 猛禽類か、あるいは狩猟動物か。

 恐るべき鋭さと圧でもって、リリのことを見据えてくる。


『すんげえ真っ直ぐな姿勢』


『こないだおれの寿司をグチャグチャにした配達員も見習ってほしい』


『クーバーで寿司とか勇者すぎて笑う』


『てか、モザイクで分かりにくいけど姫様にめっちゃガンつけててウケる』


 リリーナイトたちが、姫様たるリリに届いてないコメントをする中……。


(何を狙っているっていうの……?)


 この深層部に生息するモンスター以上の迫力に、リリは自然と息を呑んでいた。


「あの……」


 そんなリリに、少年がゆっくりと口を開く。

 果たして、何を告げようというのか……。


「お届け先、こちらで間違いないでしょうか?」


 ……ごくごく当然の質問だった。


『ふっつーの質問www』


『この状況で他に誰が届け先なのかw』


『まあ、クーバーですっつって反応なければ当然ではあるw』


 ダンジョン配信リスナーというのは、箸が転がってもおかしい生き物。

 反応するチャンスを見い出したリリーナイトたちが、次々とコメントを打ち込んでいく。

 ……まあ、相変わらずリリ本人にこれは届いていないのだが。


「えっと……」


 答えるべき内容は分かっているのだが、それをそのまま答えてよいものか、どうか。

 逡巡(しゅんじゅん)するリリを前にした配達員が、いぶかしげな顔のまま、そっと手を動かす。

 果たして、何をしようというのか……?

 戦闘者としての本能が、リリの全身を強張らせた。

 ……が。


「……あの、アプリを見た限りだと、やはりこちらが配達先で間違いないようなのですが?」


 少年は、マウンテンバイクのホルダーにセットされたスマートフォンを操作しただけであった。

 その画面に表示されているのは、おそらく、配達先に至るまでのマップか……。

 と、そこまで考えて、ふとあることに気付く。


「――ちょっと!?

 もしかしてそのスマホ、迷宮内の地図を表示してるの!?

 こう、わたしに至るまでの道筋を……」


 リリが驚いたのは、無理もない。

 まず第一に、当たり前であるが、クーバーのアプリが迷宮深層の構造に対応しているはずはないからだ。

 そして第二に、もしここに至るまでの地図が表示されている場合、道中に存在するランダム生成階層の内部構造すらも表示していた可能性があった。

 そのような荒唐無稽な可能性をも考慮するのは、やはり、リリが熟練の探索者だからである。


 あり得ないことは、あり得ない。

 リリの脳は、すでに眼前で起きている現象に二つの可能性を導き出していた。

 一つ目は、瞬間移動系の固有スキル。

 二つ目は、超スピードを生み出す強化系スキル。

 いずれも、この少年が迷宮加護(ステータス)を持つ探索者であると仮定しており……。


 前者ならば、恐ろしく縛りが緩い。

 例えば、リリが毎回送り出しを頼んでいる転移スキル持ちは、事前に作っておいたポイント以外に転移することができず、しかも、同時に三か所までしか転移ポイントを維持することができない。

 それと比較した場合、注文した場所まで直接瞬間移動できる能力というのは、利便性において並外れていた。


 後者の場合は、強化幅が尋常ではない上に、異常な利便性を誇るマッピング能力まで付随している。

 出発地点がチカマチ第一階層であったことは、確認済み。

 そこから律儀に迷宮内を駆けてきたのだとしたら、音速をどれだけ超えるスピードだったというのだろうか?

 それだけでも驚異的である上に、最短経路を通ってきた場合、道中に存在するランダム生成階層すら迷わず突破しているのだ。


 リスナーのコメントが、そのまま自身の迷宮加護(ステータス)を強化する……。

 『アドベンチャー・チャット』というチート級の固有スキルを保持するリリだからこそできるドチート級な仮定であった。

 果たして、少年の回答は……。


「ん? そりゃ、表示されてますけど……。

 というか、お届け先はこちらで合ってますか?」


 困惑しながら語られた言葉は、リリの想定が合っていることを示している。

 少なくとも、この少年が保有するスマートフォンは、迷宮内部の構造を表示するというあり得ない機能が発現しているのだ。

 これはまごうことなく――撮れ高確保の機会!


「うん、合ってる! 合ってる!

 間違いなく、ここが届け先だよ! ほら、これこれ!

 この画面を見れば分かるよね!?」


 強力無比……あるいは、利便性においてこの上ないチートスキル持ちが、いかなる理由かは分からないがクーバー配達員として迷宮内で目の前に現れた。

 この状況を受けて、ただちにそのリアクションを引き出しにかかるのは、さすが、屈指の人気を誇るダンジョン配信者であるといえよう。


『HDKYの中華そばキター!』


『そんなものより、スマホに迷宮の地図が表示されてるとかwww』


『んなスキル聞いたことねー!』


『てか、スキルで合ってるのか?』


『←スキル持ってない常人が迷宮深層まで来られるわけねえだろ』


 配信のコメント欄も、相変わらずリリ本人には届いていないものの、大賑わいだ。

 だが、真の賑わい……。

 祭りと称するべきそれは、その後にこそきた。


「ああ、確かに。

 それでは、ご注文の品を……」


 言いながらマウンテンバイクを降り、通常のクーバー配達員と同様に背負っているバッグを床へ下ろそうとした少年……。

 彼の姿が、かき消えたのである。


 ――パカァン!


 代わりに、リリが配信を行っている部屋の入り口から響いてきたのは、陶器が割れた時のような破裂音……。


「――え!? 何!?」


 歴戦の探索者であるリリが、突然の事態に目を剥く。

 だが、至近距離で撃たれた拳銃弾すら掴み取れる彼女の動体視力は、ただちに事態を飲み込んでいた。


「――ロックアイ!?

 いつの間に……」


 眼球を核として岩石が集合し、空中にふよふよと浮かぶ無機物系モンスター――ロックアイ。

 核である眼球から様々な効果の付与された怪光線を放てるそいつが、いつの間にか部屋へと侵入してきていたのだ。

 リリが即座に侵入へ気付けなかったのは、このモンスターが隠密性に優れている……というのもあるが、それ以上に、謎の配達員へ気を取られていたから。

 何より、リリ以上の早さで侵入に気付き、対処した存在がいたからである。

 その存在とは、今さら説明するまでもない……。


 ――クーバー配達員だ。


 背に配達バッグを背負ったままの彼が、瞬間移動じみた速さで、室内に侵入してきたロックアイになんらかの攻撃を浴びせたのであった。

 得物を手にしていないことから、これは素手で行われたのか?

 もし、そうだとしたならば、とてつもない威力という他にない。


 音から判断して、ただの一撃……。

 その一撃で、ロックアイは粉々となってその骸を床に晒しているのである。

 しかも、粉々に砕かれた岩石の欠片も散っていることから、リリがそうするように核となる目玉だけをスムーズに潰したのではなく、鎧の役目を担う岩石ごと力任せに潰したのだとうかがえる。

 ロックアイがまとう岩石の強度を思えば、戦車砲もかくやという威力だったに違いない。

 だが、何よりすさまじいのは、その――スピード。


「――失礼。

 ちょっと邪魔が入りそうだったので」


 時間にして、コンマ一秒に満ちるかどうか……。

 配信によりこの光景を見ているリリーナイトたちでも、人によっては見落としてしまうほどのわずかな間であっただろう。

 だが、確かに姿を消していた配達員の少年が、再び姿を現す。

 その、姿を消してから再び現れるまでの動きが、リリにはまったく……。


(見えなかった……!)


 胸に抱いたのは、シンプルな恐怖心。

 戦闘者として、動きを捉えることすらできない相手が目の前にいるというのは、明快な脅威であった。


「では、あらためてご注文の品をお出ししますね」


 そして、その脅威はこれだけの実力を見せつけておきながら、何事もなかったかのように配達バッグを床へ下ろしたのである。



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