配達一閃
「というわけでー。
今日の迷宮ご飯は、クーバーで頼んだ中華そばになりましたー」
『うまそー』
『腹減ってきた』
『姫様がラーメンすすってくれると聞いて』
『麺すすりASMR会場はここですか?』
設置したカメラに向かってポンと手を合わせたリリの言葉に、リリーナイトたちが次々とコメントを投じていく。
余談だが、リリの背後には、鋭利なクリスタルの結晶を人型に組み合わせた無機物系魔物――の首なし死体が転がっている。
リリーナイトたちとの雑談中、クリスタルソルジャーが襲ってきたので返り討ちにしたのだ。
クリスタルソルジャーの得物であり、厚さ二メートルあるコンクリートを豆腐のように貫通すると言われている水晶槍はネギのごとくバラバラに切り刻まれており、実力差というものをうかがい知れた。
「まあ、そうは言っても……」
倒した相手の死体――無機物系なので残骸という方が近い――に見向きもしないのは、リリがこれまで、幾度となく同種のモンスターを屠ってきたから。
倒されたモンスターが存在変換することで生じる品々――ドロップ品は探索者にとって主な収入源であり、それをもたらすことこそ社会が同職に求めている使命であるが、お決まりのドロップ品が出現することに対していちいちリアクションを取っていられるほど、A級探索者は暇じゃないのである。
「問題は、クーバーがここまで届けられるかどうかなんだけどねー。
というか、わたしたち悪ノリしすぎw」
俗に言う『草が生えた』ような笑い声を器用に発してみせながら、リリがこつんと自分の頭を小突く。
『アンケートなんか使うから』
『これ系でアンケは、悪ノリしろのサイン』
『まず間違いなくクジラ案件化』
『クジラになったところで、引き受けられるやつがいねえw』
『つーか、シングルだからMAX3,000円のマグロ案件じゃね?』
『ますます割に合わねえw』
『ここにラーメン届けられるような奴なら、もっと稼ぐ手段一杯あるだろw』
『結果的に、姫様がイタズラ注文しただけみたいになってて草』
『さすがに店の側も真に受けて作り出したりはしねえだろ』
『迷宮内から注文入れられるクーバー側のシステムにも問題がある』
その反応を受けて、配信画面に流れるのはリリーナイトたちのコメント。
彼らのコメントを見れば分かる通り、リリが先ほど先ほどクーバーアプリで行った配達リクエストは、ナイトたちとのアンケートで決まったものであった。
アンケート内容は、ずばり……何を食べるか。
体を扱う全ての職業がそうであるように、探索者にとっても食事は極めて重要。
ろくにカロリーも摂らず動き回った結果、ハンガーノックを引き起こしてしまってはお話にならないからだ。
とはいえ、いかに個人結界を保有する探索者といえど、迷宮に潜った状態での選択肢は限られる。
とりわけ不可能に近いのが――温かな食事。
「まあ、諦めて今日も今日とてカプヌを食べるとしますか」
ごく自然に半泣き顔を作れてしまう演技力は、さすがトップクラスのダンジョン配信者といったところ……。
リリーナイトたちの同情を引くには十分な可憐さを保ちつつもチョウチンのような涙を垂らし、リリが何もない空間を探った。
いや、何もないように見えて、そこには確かに何かがある。
その証拠に、石を投じられた水面のように空間が歪み、リリの腕を飲み込んでいるではないか。
――個人結界。
全ての探索者に共通の収容能力だ。
内部容積は探索者の実力によって様々であり、結界保有者はその中へ自由に物を入れ、任意の収容物を瞬時に取り出すことが可能。
かの藤子・F・不二雄が個人結界に着想を得て、同種の能力を国民的SFキャラクターへ付与したのはあまりに有名な話である。
今回、リリが個人結界から取り出したのは、固形燃料と小型のケトル。
遅れて取り出したのは、二リットルのミネラルウォーターと……日本で最も売れているカップ麺のしょう油味とプラフォークだ。
キャンプ用品でお湯を沸かし、カップ麺を食す。
迷宮内において、探索者が温かな食事を得られるほぼ唯一の手段であった。
もちろん、これを実行するにあたっては、火の気を感じ現れたモンスターなど一蹴できるほどの実力が不可欠である。
「個人結界が、内部に保管したものの時間を止めます! とかそういう能力を持っていれば、テイクアウトの買い溜めして迷宮に潜るんだけどねー」
ペットボトルの水をケトルへ注ぐリリが、共通スキルについて愚痴った。
『これだけ色んな品を内部に取り込めてる時点で、チートにも程がある』
『内部の時間が止められたら、流通壊れちゃう』
『←部分的にはとっくの昔から壊れてる件』
『知られてないだけで、そういう固有スキル持ちはいそうだけどね』
「あっはは!
まあ、こうやって、迷宮内でも災害時でも温かくて美味しいラーメンを食べられるようにしてくれてる日清食品さんに感謝ってことで――」
リリーナイトたちに答えながら、いよいよケトルを火にかけようとするリリ。
その手が止まったのは、スマートフォン――配信用とは別の端末だ――に通知が入ったからであった。
「ウソ……」
そのスマートフォンを手にしたリリが、珍しく動揺した表情になる。
これは、戦車を一撃で叩き潰せるレベルのモンスターにも成し得ない快挙だ。
だが、それもむべなるかな……。
「配達リクエスト、受けた人がいる……」
リリが見せたスマートフォンの画面は、配達員の名前こそ指で伏せられているものの、間違いなく配達リクエストが受け入れられた旨を告げるものであり……。
『不可能を可能にする男キター!』
『←男とは限らない件』
『どうやって来る気だよwww』
『操作ミスの可能性に一票』
『盛 り 上 が っ て き た !』
これに、リリーナイトたちは大盛り上がりとなるのであった。
--
――地下19層!
これはそのまま、死地と言い換えることも可能な階層である。
いかにこの東京チカマチが半観光地化している迷宮であるとはいえ、それはこの第一階層における話……。
第二階層以降は、迷宮加護を所持していない人間の立ち入りが原則禁止されていた。
そして、これは例え話であるが、もしもステータスを持たぬ非探索者が足を踏み入れた場合、第二階層では刃渡り50センチ以上の頑丈な刃物や、同等の殺傷力を誇るなんらかの鈍器が必須と言われており……。
以降、階層を経る度に拳銃や自動小銃など、現代テクノロジーの火器がなければ、凡人は生存不可能であるとされている。
しかも、それら銃火器でしのぐことが可能なのは地下5層までであり、以降の階層においては、ステータスなき者の力など通用しないとされているのだ。
迷宮深層で活躍する探索者の数が、国家の軍事力を図る指標とも言われるゆえんであった。
実際に、日本円で100億以上もする戦闘機を十数機備えていた軍事基地に、たった一人の深層探索者が潜入し、破壊の限りを尽くしたという事例も存在するのである。
翻すなら、地下19層という場所に巣食うモンスターたちは、一国の軍隊に匹敵する戦闘力を有するということであった。
その上、迷宮というものは極めて奥深く、性悪な魔空間。
ギンコたちが今いる第一階層のように姿形を変えない階層もあるが、19層へ至るまでの中途では、定期的に内部構造を変える文字通りの迷宮といえる階層も複数存在している。
ただ迷路のように入り組んでいるだけならば、よい。
人類がチカマチと名付けたこの迷宮は、ズケズケと内部に踏み込んだ侵入者を殺害すべく、恐るべきトラップの数々をもそういった階層に配置するのだ。
――落とし穴!
――毒ガス!
――トラばさみ!
――アローシューター!
――ワープゾーン!
――地雷!
――そして……ローリングストーン!
大半が一撃必殺の威力を誇るそれであり、しかも、そういったデストラップが内部構造を組み替えるたびにランダム配置されるのだから、たまらない。
実際、有名探索者の中には、こういった各種のトラップこそ、迷宮探索における最大の障害であると断言する者も数多いのだから、厄介さがうかがえるだろう。
「ちょっと、ちょっと、正気かい?
モンスターの強力さは語るまでもないし、道中には厄介なトラップがてんこ盛り。
何より、今から潜ったんじゃ距離がありすぎる上に幾重もの迷路を突破しなきゃならない。
ま、そもそも論として、あんたが迷宮加護を持ってるならの話だけどさ」
すっかりやる気となり、ヘルメットの具合など確かめているヤマト少年に、ギンコは肩をすくめながらそう告げた。
「有名なダンジョン配信者は、いきなり深層に潜ったところから配信を始めたりしてるけどさ。
知っての通り、あれだって、転移系の固有スキル持ちに高い金を払って送り届けてもらってるんだよ?
もしくは、似たようなマジックアイテムを扱うか。
ほら、ダンジョンから出る時に使うモドリ線香があるだろう?
それと近い効果の品を使うのさ。
どの道、一般人に使える手段じゃないよ」
「そうですね。
ですので当然、普通に駆け下ります。
迅速かつ、丁寧に。
では、そろそろ料理を受け取りますので――失礼」
クーバーのアプリに呼び出された――本当に料理を作る店側も店側だ!――少年が、愛用のマウンテンバイクと共にスタスタと立ち去ろうとする。
「……んー」
この様子を見て、ギンコはどうしたものかと迷ったが……。
「……ああもう!
今日は店じまいだ!」
叫ぶと同時に、自らの露店へ手をかざした。
そのまま、撫でるように手を振っていくと、商品である自作のミスリルアクセサリが次々と消失していく。
個人結界の中へと収納したのだ。
そうしてから、ヤマト少年の方へ再び視線を送ったが……。
「――いない!?」
すぐに、異変へ気付く。
マウンテンバイクを押しながら、配達リクエストの店――よく見かける中華食堂チェーンだ――へ向かおうとしていたヤマト少年の姿が、こつぜんと消えていたのである。
不可解なのは、人が一人消えているというのに、誰も何も反応しないということ。
ギンコのような個人露天商向けスペースとなっているこの広場は、ピークタイムを過ぎてやや人気が減っているものの、皆無というわけではない。
だというのに、一瞬で人間の姿が消えたことについて、誰も気付いていないのだ。
ぞわり……と、探索者時代に味わったのと同じ、背筋が泡立つような感覚が走った。
「――いた!」
が、それもすぐに消え失せる。
広場を睥睨するような二階建ての中華食堂チェーンから、ビニール袋を手にしたヤマト少年が出てきたからであった。
「ちょっと! ビックリしたよ!
案外、足が速いんだね!」
「そうですかね?
まあ、今は急ぎで商品を受け取ろうとしましたから」
近寄ったギンコに顔を向けることはなく、ヤマト少年が丁寧に配達バッグへ注文の品を収めていく。
自分の元へ配達に来る際もそうだが、彼の場合、他の配達員と比較してもバッグへの詰め方そのものが美しい。
どのように収めれば、最良の温度を保ちつつ、かつ、崩れが防げるのか……。
それが、確固たるロジックとして己の内で確立されているのだろう。
「――よし」
自作の仕切りなども使ってバッグ内に料理を収納し終えた少年が、短くつぶやく。
見たところ、今回配達すべきはラーメンのようであり、つまりは……汁物料理。
クーバーで配達される汁物は専用の容器によって密封されており、そうそう中身がこぼれる心配はない。
だが、しょせんは使い捨てのプラ容器……あまりに傾きがひどすぎたり、あるいは、過度な振動を与えられてしまった場合、たやすく中身が噴き出してしまうのだから、細心の注意が必要なリクエストだと思えた。
少なくとも、迷宮の中へ運び込むような品ではない。
あそこは、個人結界に必要な物資を収納した上で、走ったり跳んだりとせわしなく動き続けなければ生き延びられない空間なのだ。
……まあ、何度でも繰り返すが、そもそも、迷宮加護を持たぬ人間が立ち入れる場所ではないのだが。
「よし、とか言っちゃってるけど、本当に行くつもりなの?
君、個人結界を使ってるところ見たことないし、迷宮加護ないでしょ?」
ギンコがこう言ったのは、探索者でも超底辺に位置する者がクーバー配達員を行うケースもままあるからだ。
何しろ、探索者というのは命がけの商売であり、誰にでも務まるという性質のものではない。
迷宮探索だけでは食っていけず、個人結界を活かして副業するという者も一定数存在するのであった。
余談だが、探索者自体がアナーキーな職種ということもあり、麻薬など非合法な品の運び人となる探索者は後を絶たない。
もし、迷宮というものがこの世に存在せず、迷宮加護や個人結界などそれに付随する超常の力がなければ、治安は大幅に良くなっており、現代日本の街中から銃砲店は姿を消していると想像する大物SF作家もいるほどである。
閑話休題。
ともかく、ギンコが今まで見てきた限り、ヤマト少年に個人結界は備わっていなかったが……。
「ああ……」
なんだ、そんなことか。
……と、言わんばかりの軽さでヤマト少年が相槌を打つ。
それから、こう言ったのだ。
「あれ使うと、調子が出ないというか、かえって配達が遅くなっちゃうもので」
「……は?」
聞き返すギンコには構わず……。
配達バッグを背負ったヤマト少年が、マウンテンバイクへとまたがった。
通常、自転車乗りというものは、前傾姿勢で運転するが……。
ヤマト少年の場合、サドルから頭頂部に至るまでのラインが直線であり――直角。
正しい角度で椅子に座ったならどうなるか……というのを、体現したかのようなそれである。
もちろん、これが正しいのは不動の椅子へ座った場合であって、乗り物へまたがっている時ではない。
では、なぜこうしているのかといえば……バッグへ収めた配達物の並行状態を維持し、内部の料理が片側へ寄ったり、最悪、隙間からこぼれてしまったりするのを防ぐために違いなかった。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ヤマト少年の言葉は、まるでその気になれば、いつでも個人結界を使えるかのような――。
「――配達一閃」
短く……。
注意して聞かなければ分からないほどの小さな声で、ヤマト少年がつぶやく。
ギンコがそれを聞き逃さなかったのは、かつて中堅レベルの探索者として活動していた実績があったからである。
同時にヤマト少年から立ち昇るのは――不可視の迫力。
あるいは、圧力やオーラと言い換えてもよいかもしれない。
一つ確かなのは、これが迷宮加護を解放した探索者に特有の現象であるということ。
すなわち、ヤマト少年は……。
「君……」
ギンコの言葉が、届くことはなかった。
まるで、さっきまでそこにいたのが嘘であるかのように……。
ヤマト少年は、目の前からこつ然と姿を消していたのである。
ただ、何かが恐るべき勢いで駆け去ったかのような風圧のみが、ギンコの髪を撫でていた。
とはいえ、それも眼前で起こった現象と結び付けたから、そう感じられただけの話であり……。
この静かさと気配の残滓すらない密やかさを考えれば、何も知らぬ人間にはただの風と思えるだろう。
その証拠に、広場へたむろする他の人々は、一切ここで起きた現象に気づいていなかったのである。
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「まあ、さすがにさー。
そろそろ、キャンセルとかが入ると思うんだけど……」
連絡用の端末を手にしたまま、リリがリスナーたちに向かって語りかけた。
その画面は、相変わらず配達パートナーの名を指で巧妙に隠しており、プライバシーへの配慮がなされている。
彼女ほどの人気者が行う配信に、名前だけでも登場した場合の影響を鑑みれば、これが当然の判断であった。
「……まだキャンセルされないというか、配達が開始されたみたいなんだけど」
リリが言った通り……。
アプリにリアルタイムで送られてくる情報は、配達パートナーがチカマチ第一階層の中華料理チェーンから出発した旨を伝えている。
『今時見ないほどの気骨』
『雨が降っただけで店じまいするクーバー配達員は見習ってほしい』
『このまま、迷宮入り口の検問で追い返されるに一票』
リリの言葉に、リリーナイトたちが思い思いのコメントを流す。
そう、コメントが流れるだけだ。
ソロ探索であり、周囲に他の探索者も存在しないこの状況で、文字以外のリアクションを返す存在は他にいない。
……だが。
『――PPPP!』
アプリが告げるのは、配達パートナーの到着。
「――クーバーです。
ご注文の品を、お届けに上がりました」
「――ひゃ!? ひゃい!」
同時に、かつ、まったくの不意打ちで背後からかけられた言葉に、リリは裏返った声で返したのである。