4モグラーズ
同接数が三桁を超えるか否かの配信……。
底辺に位置する配信者のそれを開く人間というものは、大別すると二つに分かれる。
一つは、波長の合った者。
これには、『あえてマイノリティな配信を観るおれカッコイイ』というような趣向の持ち主も含む。
とにかく、配信内容のジャンルや配信者の声質、語り方のセンスなどが琴線に触れ、チャンネル登録などしている者たちだ。
では、もう一種類はどんな人間なのかといえば、これは簡単である。
ずばり……適当に配信を開いた者。
何しろ、世界一の規模を誇る動画配信サービスであり、視聴者の母数というものが尋常ではないから、そのような人間も決して少なくはない。
例えば、在宅ワークなど、何かの作業をするにあたって適度な音が欲しい人間……。
あるいは、なんらかの事情で時間を潰さねばならず、さりとて適当なコンテンツも思いつかないので、目についたライブ配信を適当に開いたという人間などであった。
大抵の場合、生配信というものは配信者が視聴者に語りかける形式を取るため、これは人寂しい人間の心を埋める効果もあったりする。
かくして、底辺配信者グループ『4モグラーズ』がその日行っているライブ配信は、波長の合った者たちと適当に配信を開いた者たちに視聴されており、その内、画面を注視しているのは三分の一くらいであったが……。
その貴重な貴重な三分の一に属する人間たちは、誰もが驚きに目を開くこととなった。
『――うわっ』
『――な、何っ!?』
『――どこからっ!?』
画面の中で、『4モグラーズ』の内、ここまで会話を繋いできた三人が、驚きながら振り返る。
『……本当にきたってね』
残る一人――トークへ加わらず、スマートフォンをイジっていた青年のみは、驚き半分あきれ半分というような、なんとも微妙な表情を向けていた。
『め、目が回る……!』
彼ら『4モグラーズ』が視線を向けた先……そこにいたのは、一組の男女である。
より詳しく表現するならば、少年少女か……。
うち、少女の方――マウンテンバイク後輪基部へ曲芸じみた足の乗せ方をし、両手を運転者たる少年の肩に乗せている彼女の方は、ダンジョン配信を観ていて知らぬということがそうそうないだろう超有名人だ。
青みがかった黒髪は、背の中ほどまで届きそうな長さのポニーテールとなっており……。
薄灰色の瞳はこのロングショットでも印象的で、配信者として天性の才と思わせられる。
身長は150センチほどとやや低く、小柄な体を包み込んでいるのはスポーティなジャケットとプリーツスカートで、当然、スカートの下はスパッツでガードされていた。
一番の外見的特徴は、頭に装着した配信用のギア。
軍事用に転用することも視野に入れて設計されたこれは、迷宮産のレアメタルを外部のみならず、内部の半導体などにも惜しみなく使用しており、軽量にして頑丈。
それだけでなく、一個人の配信用機材としては明らかに過大な超高性能を実現しているのだ。
彼女は、いつもこのような格好をして、配信に現れる。
他ジャンルの配信者であるならば、もっとファッションに気を遣って様々な装いで姿を現すものなのだが、何しろ、配信ジャンルがジャンルであるため、命を預けるに足る装備と、彼女へ追従できるだけの配信デバイスが必須であるからだ。
そう……配信者と探索者、二つの職業にまたがって彼女が戦場としているのは――ダンジョン。
それも、もっぱら東京チカマチであった。
彼女が、自身のチャンネルでいつも行っている挨拶は――。
「――呼ばれて飛び出てこんにちは!
ソロ探索者の一番星! 一ノ瀬莉々でーす!
リリちゃんは、今日もー?」
しん……とした静寂が、ダンジョン内を支配する。
東京チカマチ地下5層は、エジプトのピラミッド内部を思わせる石壁や内部彫刻が特徴のフロアであり……。
こうして静かになると、本物の墓所になったかのようであった。
『あー……』
『えーと……』
『……てね』
マウンテンバイクの後輪から華麗なスピンジャンプをキメつつ着地し、パチリとウィンクしながら名乗ったリリに対し、『4モグラーズ』が困った顔をしながら互いの顔を見交わす。
『カワイイー!』
一方、トークへ加わっていなかった最後の一人のみは、ノリよくリリーナイト――リリファンの俗称だ――のようなレスをキメてみせた。
それで、他三人のように硬直していた視聴者たちも、ようやく事態を飲み込む。
――一ノ瀬莉々だ!
超人気ダンジョン配信者であるリリが、突如としてこのライブ配信へと乱入を果たしたのだ。
……昨夜、自身の配信で呼び出したクーバー配達員と共に。
『リリだ!』
『本物!?』
『え、なんでモグラーズの配信に!?』
『コラボ案件!?』
『てか、チャリに乗ってるの噂の配達員じゃね?』
『本当に来たってこと!?』
『←出回ってる画像と違って、モザイクかかってないけど多分』
貴重な貴重な視聴者たちが、次々とコメントを打ち込んでいく。
まるで、人気配信者がライブ配信を行っている時のように……。
次から次へと、短い文字列が画面を横切る。
その内容に気付いたのは、やはり、先ほどリリへのレスをキメた青年であった。
『まず……。
配信機材にモザイク設定するの忘れてたってね』
言いながら、手遅れと知りつつも彼が配信用スマートフォンの前に体を滑り込ませ、生けるパーテーションと化す。
ダンジョンで配信する際は、あらかじめ顔登録しておいた自分たち以外の人間が映った際は、モザイクがかかるように設定しておくのがマナー。
情報こそが命であるというのは探索者業においても変わらぬ真理であり、実際の事例として、固有スキル発動時の様子を隠し撮りしてネットにアップした者が、超高額訴訟を起こされ 社会的な死を迎えたりもしているのだ。
だから、彼が慌ててリリ――はともかくとして、謎の配達員を隠そうとするのは当然。
まあ、ここでわざとモザイクがかからぬ設定にしておいて、噂の配達員を顔バレさせ、動画のバズりを狙うという手もありはするのだが、その発想に至らないのが彼の善良なところであり、『4モグラーズ』が底辺配信者に甘んじてきた理由であるといえるだろう。
『視聴者さん。
ちょっと映像が途切れるけど、許してってね――』
配信用に三脚か何かへ固定していたのだろうスマートフォンが持ち上げられ、設定を変えようとする青年の顔ばかりがアップとなる。
『――待った!』
だが、そんな彼によく通る声で待ったをかけたのが、リリであった。
『あらかじめモザイク設定にしてないのは、同じ配信者として頂けないポイントかな。
実際、わたしの方で行っている配信では、あなたたち『フォーモグラーズ』の姿がモザイク化されて映ってるよ』
腰に手を当てながら語りかけるリリ……。
そんな彼女の言葉で、『4モグラーズ』が再び自分たちの顔を見合わせる。
『お、おれたち、いつの間にか人気配信者の配信にお邪魔していたってね』
『というか、『フォーモグラーズ』じゃなくて『ヨンモグラーズ』だってね』
『『4』と書いて『ヨン』なのは、譲れないこだわりだってね』
『リリちゃんの配信観ている人たちは、おれたちのチャンネルにも登録してほしいってね』
底辺なれど配信者としての本能はあるのか……。
リリの言葉を拾ったモグラーズの面々が次々に解説し、ついでに自分たちの売名へと乗り出す。
『オッケー! オッケー! 『ヨンモグラーズ』の皆さん!
わたしたちに関しては、モザイク設定しなくても大丈夫!
わたしに関してはそれを仕事にしてるし、こっちの彼も、これからはそれを仕事にするから!』
リリにそう言われ……。
モグラーズの手に握られたスマートフォンが、いまだマウンテンバイクにまたがったままの配達員へと向けられた。
その、カメラに向け……。
坊主頭のクーバー配達員は、こう言ったのだ。
『……フリー配達員の『坊主バイク』です。
牛丼をお届けにあがりました』