始動
――未登録未申請のダンジョン!
……これだけでも、リリの常識から考えればクラクラさせられる話であったが、問題は、それだけの豊穣な迷宮が今はダムの底に沈められているという話だ。
なんという……損失!
それだけの深さがあったのなら、得られる迷宮資源はどれほどのものであろうか。
先ほど話に出した新幹線が通るというのは、決して大げさではない。
その他、迷宮資源を処理するための施設や、探索者及びその支援職業が生活するための居住区画。
ひいては、そこで生活する人々を相手にした各種商業施設がこぞって建設され、どこぞの田舎村は新たな街として生まれ変わっていたに違いない。
過疎化しつつあった夕張が迷宮発見に伴って最開発されたというのは、リリが生まれる前の話ながら有名なものであるのだ。
だのに……その可能性全てが、今は水の底。
「うちの村のために、そこまで嘆いてくれてありがとうな。
でもいいんだ。
散り散りになった村のみんなも、納得していた」
何やら清々しい顔で語ってみせるヤマト少年であるが、そっちはよくてもリリ的に全然よくない。
(い、田舎村のアホどもおおおおおっ!)
おそらく、ヤマト少年の故郷だという村は、あまりのド田舎っぷりゆえ、迷宮に関する基礎的な知識の全てが欠落していた。
結果、本来必須である所定の登録手続きなども行われず、それだけの迷宮が世に知られることもないまま水没するに至ったのだ。
そして、ヤマト少年ほどの実力者が、名を知られていないのも当然。
(こいつ……未登録の探索者だ。
育った迷宮も未登録なら、探索者としての登録もしていない。
生粋のヤミ探索者ね)
――ヤミ探索者。
それは、迷宮加護を持つ兵隊として非合法組織が育て上げているモグリの探索者である。
時にヒットマンとして、時には抗争時の戦力として使うために……。
そういった人材を育成するべく、この手の組織は、届け出されていない超小規模の迷宮を囲うケースもあるとか。
ヤクザ屋さんが絡んでいないというだけで、ヤマト少年のこれは完全にそのケースだ。
「……君へ配達リクエストを出したのがわたしで、本当によかった」
超人気ダンジョン配信者であるリリだから、関係する省庁などへも相応に顔が利く。
事情を話し、ヤマト少年の正式なライセンスを発行してもらうことも、そう難しくはないだろう。
……事後承諾の形は取るが。
「とにかく、これでよーく分かった。
ヤマト君。
君は、自分の才能を信じられないくらいに安売りしようとしてる」
ビシリ、と指を突きつけながらの言葉。
だが、とうのヤマト少年はといえば、きょとんとした顔を向けてくるばかりだ。
「才能って、言われてもなあ。
俺、学がないし、何かの資格を持ってるわけでもない。
正直、食うに困らないだけの生活ができているだけで、クーバーには大感謝してるんだ」
堂々と言ってのけるヤマト少年である。
確か、クーバー配達員は年齢制限があるはずなので、十八歳以上ではあるだろう。
だが、顔立ちを見れば、成人しているかは怪しい――何しろリリはナチュラルに彼を少年と認識している――ところであるし、それで大した学歴がなく、資格もないというのでは、働き口も大いに限られると思えた。
クーバー配達員などは、そんな数少ない候補の一つであり、それで食っていけてることに満足するというのは、なるほど、一つ人生の形である。
……本当に、なんの取り柄もない凡人であったならば、の話であるが。
「ヤマト君、またそこに話が戻ってくるけど、わたしと組もう!
もう、何も言わず、迷わず、考えず、今すぐ組もう!
そして、三日……ううん、今日これからの時間があれば、それが大正解だったって分かるはず!」
「いや、それはだな……」
「君が一日に最低限稼げている金額を、保証するくらいのことはしてもいい。
もしくは、焼肉を奢るとか。
年下の女の子にお金の保証をされるとか気分悪いだろうけど、わたしも、この機会を逃したくないんだ!」
そう言って、じっと彼の瞳を見上げた。
「う……ん……」
彼は、ポリポリと坊主頭をかいて悩んでいたが……。
「……分かった。
そういうことなら、騙されたと思って付き合うよ」
ついに、そう言ってうなずいたのである。
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「なあ、どうしようか?
あれからさらに一時間待ってみたけど、いまだに配達リクエストは受け取ってもらえないってね」
「もういい加減、リスナーさんたちと話すネタもないってね。
これなら、カードゲームでも持ってきて四人で実況しながらプレイすればよかったってね」
「『迷宮内でババ抜きしてみた』……撮れ高の欠片もないってね」
とにかく、語尾に「ね」を多用しながら、探索者パーティー『4モグラーズ』の面々はそんなことを言い合っていた。
この四人でパーティーを組むようになって、はや三年。
探索者として一人前になるというよりは、組んでのダンジョン配信によって名を売ろうというのが目的のパーティーである。
そのキャリアは、探索者としてはそこそこ。配信者としては……理想には至らないまでも、というところだろうか。
いや、分かっているのだ。
今現在行っている生配信の同時接続者数は、102人。ギリギリ、三桁を上回っている程度である。
これはハッキリいって、有名なダンジョン配信者の同接数と比べたら、カスのような数であるといっていい。
実際、食い扶持は迷宮内のドロップ品で賄っており、配信業で稼げている金額など、ジュースを買えば消えてしまう。
というより、強いて自分たちで配信者を名乗るのでなければ、単なる配信が趣味の人たちでしかないのだ。
よくない。
これは……よくない。
パーティーを結成したあの日、町中華の店で飲みながら描いた青写真通りなら、今頃は港区のタワマン高層階に構えた住宅で、リスナーの女の子たちを招いてのパーリーナイト中なのである。
その理想に近付くための施策が、今回のこれだ。
すなわち……旬のネタ便乗大作戦。
昨日、大人気ダンジョン配信者一ノ瀬莉々の生配信で起こった――『迷宮深層にクーバー配達員出現事件』。
配信直後からリリーナイト――一ノ瀬莉々リスナーの俗称――を中心にバズり、様々な憶測が飛び交っている謎の配達員を、自分たちでも呼んでみようという試みなのであった。
便乗と笑わば笑え。
底辺配信者というものは、飛びつくネタを選ぶ余裕など存在しないのである。
……飛びついたところで、実を結ぶとも限らないのは、現実の厳しさだが。
「残念だけどね。
今回は諦めて、カロリーバーでも食べようかっていう話でね」
「こんなこともあろうかと、期間限定ジンギスカン味を用意してあるってね」
「動画内容、いきなり変更だってね」
さっきから会話に加わらない一人を除いて、三人で回していく。
……いや、ちょっと待て。
最後からトークの輪に加らないお前は、スマートフォン片手に何をやっているというのだ。
プロサッカー選手がパスを回すかのごとき軽妙なトーク回しは、『4モグラーズ』最大の奥義。
お前がいなければ、威力は半減だろうが!
……そう、思っていたのだが。
「……直接、その配達員からDMがきたってね」
不意に、サボっていたそいつがそんなことを言い出す。
「アプリ経由じゃないけど、確かにリクエストは引き受けたってね。
すぐに配達するってね」
のみならず、そんなことまで言い出したのである。
残りの三人で顔を見合わし……。
異口同音に、こう尋ねたってね。
「「「どういうことだってね?」」」