限界集落はダムの底に
「そういえば、そもそもはそういう話だったな。
俺が金を……。
君は、接続数というのが稼げる話だと。
接続数というのは、この◯◯人が視聴中、というところに表示されている人数という解釈でいいのか?」
「お、理解が早くていいねー。
そうそう、今現在、同時に端末で接続して視聴している人の数だから、略して同時接続者数とか、同接ね」
リリのスマートフォンに流されている映像を指差しながらの言葉に、彼女はにこりと笑って答える。
その笑顔というのが、なんとも魅力的……。
単純に、相手へ好感を与えて、話も小気味良く進めていくためのビジネス的な代物だと理解できているのだが、クラクラしてしまいそうなまばゆさであった。
が、ひとまず異性としての魅力とかそういうのは置いておいて、脳のモードを社会人としてのそれに切り替える。
今は、金がどうこうという話をしている時だ。
そして、自分のごとき平凡な配達員にそんな話を持ってくるというのは、どうにもうさん臭いというか、詐欺の匂いが感じられるのであった。
こういういい方はどうかと思うが、誘ってきているのが美少女という辺りに、より一層の怪しさを感じられる。
「それが、分からないな。
金を儲けられるから話に乗れっていうのは、分かる。
だが、その接続数というのを稼いで、君にどんな得がある?」
「ヤマト君が反応しそうなところだと、やっぱりお金かな?
接続数っていうのは、視聴率みたいなものだから、乱暴な言い方をするとその分だけわたしの収入につながるよ」
「む、なるほど」
多少の警戒心を抱きながらの質問が淀みなく返され、やや毒気を抜かれたような気分になった。
しかも、その説明は分かりやすい。
本物の放送局がCMの広告費で稼いでいるように、視聴者の数を増やせば増やすだけ、回り回って金が入ってくるということだろう。
名が売れているというのは、それだけでパワーなのだ。
「と、いっても、わたしの場合は接続数そのものが目的かな。
とにかく、一人でも多くの人にわたしという人間を知ってもらいたい的な。
理想は、全世界のあらゆる人間が一ノ瀬莉々を知ること」
「全世界!?」
なんという……大きな野望か。
しかも、照れやためらいを、今の言葉から一切感じられないのだ。
「すごいな……いや、ありきたりな言葉で申し訳がないが。
それを目指して、きちんと踏み出せるっていうのは、本当に立派なことだと思う」
「……っ!?」
ヤマトの言葉を聞いて、彼女が見せたのはやや意外な反応。
所信を表明する時はなんの気恥ずかしさも見せなかったというのに、今度は少し驚いたような……。
それでいて、ややむず痒そうな表情を見せたのだ。
「や……ありがと。
そう真っ直ぐに褒められたのは初めてだから、ちょっと驚いちゃった」
「そうか? 普通のことだと思うが。
ただ、それはそれとして、二つ疑問だ。
一つは、どうして協力すると、俺の収入がアップするのか?
二つ目は、俺が協力すると、どうして君の接続数が稼げるかだ」
すると、今度彼女が見せたのも意外そうに驚いた顔。
ただ、今回のそれは、ややあきれの色が濃い。
端的にいって、お前は何を言っているのだと、言外に問いかけているのだ。
「いや、いや、いや。
さっきの記事とか見たでしょ?
みんな、ヤマト君がしたことに驚いてる。
君のしたことは、誰でもできることじゃないんだよ」
「それはまあ、スキル使ってるしな。
『配達一閃』っていうんだけど」
「『配達一閃』……と。
スキルを持ってるってことは、どこかの迷宮に潜っていたの?」
――タタタタタタタタタタッ!
なんという……超高速の文字入力。
何事か――メモ書きか?――をスマートフォンに打ち込みながら、リリが質問を重ねてくる。
余談だが、迷宮加護のブーストを加味しても、この片手文字打ちは真似できる気がしない。
ヤマトがスマートフォンで文字を打ち込む時はキーボード表示にしてあり、しかも、その速度は遅かった。
クーバーのアプリに必要な情報を入力する際も、ずいぶんと苦労させられたものだ。
さておき、リリの質問に対して、である。
「ああ、故郷の迷宮に、ガキの頃からずっと潜ってた。
うちの村で暮らしてた人たちは、みんなそうさ。
だから、みんないくつになっても元気元気。
迷宮健康法ってやつだな」
「初めて聞いた、そんなの……」
「そうか?
乾布摩擦くらいポピュラーな健康法だと思うが?」
「まず、乾布摩擦がポピュラーじゃないからね」
「そうなのか!?」
ガーン! という音が聞こえそうなほどの衝撃であった。
確かに、都会では外に出て乾布摩擦する人を見かけない。
だが、それは公序良俗というものに配慮した結果であり、室内でこなしているのだろうと思っていたのである。
「うーんと……それじゃあね……」
そんなヤマトのことはさておき、何やらリリが考え込む。
それから、チラリ……と、こちらの顔を見上げるような視線で問いかけてきた。
「ズバリ……故郷にある迷宮だと、どのくらいまで潜ってた?」
「地下50層が最高だな」
「――ごじゅっ!?」
くわり……と、美少女らしからぬ目の見開き方をするリリだ。
こんな顔をされては、ヤマトとしても思うところはある。
すなわち……。
(少し浅かっただろうか?)
祖父たちはもっと深い階層まで潜っていたが、ヤマトは修行不足かつ、固有スキルが戦闘に不向きだったため、そこが限界だったのだ。
今少し、挑戦する期間が取れていれば……。
あるいは、もっと深い階層まで潜ることもできていたかもしれない。
今となっては、せんない想像であるが……。
ともかく、ヤマトごとき若造ではそれが精一杯だったし、こういうことで見栄を張ってみても仕方がないだろう。
上には上がいる、とは、祖父たちがよく言っていたこと。
都会の迷宮に潜っている人たちはもっと深いところで戦っているだろうし、目の前にいるリリも、昨日は散歩していただけで、その気になればヤマトを鼻で笑えるくらいの深層まで潜れるのかもしれない。
そうだとしてもいじけたり、あるいは、見栄から変な嘘をつかないようにしよう。
「……オーケイ。
あのデタラメなパワーは、そのレベルまで鍛えられることで身に付いたんだね。
それにしても、そんな迷宮の存在なんて、聞いたことないよ?
いい? 平均的な迷宮の最下層は地下10層。
それ以上の深さを持つ迷宮なんて、限られてるんだよ。
例えば、このチカマチとかね」
「え、そうなのか?」
意外な事実である。
ヤマトが地下10層にまで到達したのは、小学校に入るか入らないかくらいの時分……。
あの程度が最下層のダンジョンなど、感覚的には、猫の額がごときものであった。
「そう。
だから、50層以上の深さがある迷宮なんて、そこへ通うために新幹線通されるレベルの重要さだから、わたしが知らないのはおかしいんだよ」
「新幹せ……。
へぇー……。
じゃあ、もしかしてあの迷宮で村興ししてたら、今頃ダムに沈まなくて済んでたのかもなあ」
「ダム……? 村興ししてたら……?
あの……もしかして……もしかしてなんだけど……」
肩も声も震わせたリリが、恐る恐るという風にこちらを見上げてくる。
それは、これから口に出す言葉を否定してほしいと、心から願っている態度であった。
「迷宮の存在をちゃんと国へ届け出ずにいた結果、村ごとその迷宮がダムに沈んじゃったりしてる?」
「ああ。
悲しいが、水不足解消のためには仕方があるまい」
「仕方あるわあああああい!」
天――あるのはチカマチの天井だが――を仰いだ彼女が、絶叫する。
あんな田舎村のためにここまで嘆いてくれるなんて……イイ子だ!