報酬アップへのいざない
「まずは、これを見て」
佐川大和というこの少年に対しては、何事も、まずは見せてみることが大事。
短い時間でそのことを痛感しつつあるリリは、アーカイブ動画を閉じると、あらかじめブックマークしておいたいくつかのネットニュースやつぶやきなどを、次々とスマートフォン上に表示してみせた。
「これは……どれも、同じことを伝えているな。
『ダンジョン深層にクーバー配達員現る!』
『探索者を雇ったクーバー側のプロモーション?』
『あっけにとられる人気ダンジョン配信者!』
『そもそも、システム上可能なのかをクーバー運営に凸ってみた!』
……合わせて掲載されている写真は、さっきの録画から切り抜いたものか?」
次々と表示してみせたが、問題なく内容を捉えられているのは、さすがの動体視力。
ニュースやつぶやきの内容を読み取ったヤマト少年が、あごに手をやる。
彼が言っている通り、それぞれのニュースやつぶやきには、高確率で先ほどのアーカイブから切り取られた画像が添付されていた。
もちろん、ヤマト少年が登場して以降の場面だ。
いずれも録画機器の補正によりモザイクを施されているが、全身をサイクリングスーツに包んでいることや極端な短髪であることなど、基本的な特徴はこれだけでも判別できる。
となると、どうなるか?
続くヤマト少年の言葉が、その答えだ。
「『謎のクーバー配達員について情報求む』……これは、ニュースというか情報提供の呼びかけか。
こっちは、さっきのアーカイブとかいうのと似たような感じか?
『【元探索者?】探索者ガチ勢が話題のクーバー配達員について考察する【現探索者?】』
最後のこれは、ちょっと違う感じがするな。同じように、ネットの番組ではあるようだが……。
『【超二番煎じ】迷宮でクーバーの配達リクエスト出してみた』」
「お察しの通り、最初のは情報提供呼びかけのニュース記事で、二つ目が動画のアーカイブ。
最後のは、今現在絶賛放送中の生配信だね。
配信って、分かりづらいかな。生放送」
「ほう? これが」
いたく感心した様子を見せるヤマト少年である。
その様子が面白かったので、もう少しこの生放送について、深堀りしてみることにした。
「せっかくだから、ちょっと観てみる?」
「いいのか?」
「どってことないよ」
言いながら、サムネイルをタッチ。
すると、知らない探索者たち――見るからに貧弱な装備だ――が、画面に向けて数人で何やらお経を唱えていたのである。
『……はい、というわけでね、お経とか唱えてみたんですけどね』
『残念ながら、いまだ配達リクエスト受理されずってね』
『もう我々、かれこれ二時間近くも何も食べないで待機しているっていうね』
「ねーねー言い過ぎだね、この人たち。
同時接続数は114……それでも、一応三桁はいくんだ?」
気分的には、宇宙船から降り立って農夫の戦闘能力を推し量った戦闘民族か。
人気ダンジョン配信者として、素早く動画内容について批評する。
『思うにね。これは、階層が関係しているんじゃないかなってね』
『リリ嬢が配達リクエストを出したのは地下19層……。
対して、我々が今いるここは、地下5層でしかないっていうね』
とにかく、語尾に「ね」を付けるのが大好きなおじさんたちの言う通り……。
しゃがみ込み、カメラを覗き込む彼らの背後に存在するのは、黄土色の石材を組み合わせて構成された壁面……。
それだけなら19層にも通じるところがあるが、大きな相違点として、壁面のそこかしこに、正体不明の象形文字じみた模様が刻み込まれている。
そして、この階層で主に出現するのはミイラと呼ばれるアンデッド型のモンスターであり、ただでさえ太くたくましい四肢から繰り出される格闘攻撃や、体中に巻き付いた包帯を触手のように放ってくる攻撃はなかなかの驚異だ。
両者の特徴を合わせた結果、誰が呼んだかピラミッド階層。
エジプト文明のファラオたちとこのチカマチ迷宮とで接点などは一ミリもなかろうが、なんとなく雰囲気的に、ピラミッド内部で埋葬されたミイラたちが蘇ってきたら……みたいなノリを漂わせる階層なのであった。
「これは、確かに……。
地下5層から、配達リクエストが出ているな。
モノは牛丼か」
さておき、自分のスマートフォンを取り出したヤマト少年が、眉根を寄せながらつぶやく。
「あ、本当にリクエスト届いてるんだ?
運営に凸った人の話だと、そもそも受け付けるはずがないって回答だったんだけど」
「よく分からないが、しっかり届いているぞ」
「ちょっと見ていい?」
言いながら、返事を聞く前に覗き込む。
なるほど、彼のスマートフォンは、この付近から発せられている配達リクエストに加え、迷宮内からのリクエストも拾っているようだった。
その証拠に、俗にゲートとも呼ばれる迷宮入り口部分に、いくつもの配達リクエストマークがスタックされているのである。
「画面を戻していたけど、こうすると、内部の地図に切り替わる」
ヤマト少年が、そう言いながらスタックしていたリクエストマークを軽く弾く。
すると、真上からチカマチ第一階層を見下ろすかのようだった平面地図が、チカマチという迷宮そのものを3D表示した立体地図に置き換わった。
それを横から映し出すと、地下迷宮の地図というよりは、巨大な尖塔のそれを見せられているかのよう……。
そして、スタックしていた配達リクエストマーク……ハンバーガーだのラーメンだの牛丼だのをサムネイルにしたそれが、いくつかの階層で表示されているのだ。
「これ、迷宮内の地図……。
嘘でしょ……ランダム生成されてる階層も、詳細にマッピングされてる」
「ネットの地図って、本当に便利だよな。
おかげで今まで、道に迷ったことはないんだ」
んなわけあるか! と、ツッコミたくなる気持ちを、必死で抑える。
間違いなくこれは、ヤマト少年の固有スキルが働いた結果。
これだけでも……値千金!
探索者として、引く手あまたであることだろう。
リリの知る限りでも、エコーロケーションと同様の原理で索敵するスキルを持つ探索者が、迷宮加護以上の待遇で一流探索者のパーティーに加えられている事例があるのだ。
しかも、おそらくこのマッピング能力は、副次的な力に過ぎない。
ヤマト少年が持つ固有スキルの本領は……。
「それでこれ、仮に……仮にだよ?
配達リクエストを引き受けるとして、届けることはできるの?」
「5層だろ? 何も問題はない。
出来たてアツアツのまま、届けてみせるさ」
恐る恐る、上目遣いとなりながらの質問に対し、ヤマト少年はなんてこともないように答えた。
「それはこう、例えば瞬間移動するような感じで?」
「昨日、君にも中華そばを届けただろう?
この自転車を漕いで届けるのさ。
ただし、大急ぎで」
言いながら彼は、傍らのマウンテンバイクをポンと叩いてみせる。
今のは、一応の確認。
去り際の様子を見ると超スピード付与の強化系固有スキル持ちであると踏んでいたが、一応は、瞬間移動などの可能性も捨てていなかったのだ。
「それより、君と話をしていて、ずいぶんと仕事を放りっぱなしにしてしまった。
聞けば、この人たちもずいぶんと配達を待ってしまっているようで、気の毒だ。
俺は一度仕事をしてくるから、君の話はその後でもいいか?」
そう言いながら、ギュッとヘルメットを被り直すヤマト少年であった。
だが、リリとしてもはいそうですかというわけには、いかない。
状況から見て、彼が他の迷宮内配達リクエストを受けたりする前に接触できたのは、僥倖中の僥倖。
むざむざと、チャンスを捨てるわけにはいかないのだ。
また、ヤマト少年自身の利益を考えても、ここで行かせるわけにはいかないのである
「今は行ったらダメ。
わたしと組んだら、報酬が一気に百倍……。
ううん、三百倍にまでアップするよ」
ピタリ、と……。
ヤマト少年が、動きを止めたのであった。