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第8話『攻略せよ!虹の湯(仮)~作戦会議は波乱の予感~』

翌日の昼休み。ポカポカと春の日差しが降り注ぐ中庭は、お弁当を広げる生徒たちで賑わっていた。そんな中、私は陽子ちゃんに半ば強引に連れ出され、中庭の隅にある、あまり人気のない桜の木の下のベンチに座らされていた。目の前には、既にどこからか調達してきたらしいジュースを飲みながら、ジト目でこちらを見ている小鳥遊 夢さんの姿も。


「じゃーん! 作戦会議、始めまーす!」

陽子ちゃんが、パン!と高らかに手を叩いた。

「さ、作戦会議…? なんの…って、もしかして昨日の…!?」

「そう!」陽子ちゃんはニッと笑う。「『虹の湯』攻略作戦会議だよ!」


画面には、キラキラと輝く、まるでリゾートホテルのような建物の写真が表示されていた。広い露天風呂、おしゃれなレストラン、そして…複数のサウナ室の写真。

「見てコレ! 超キレイじゃない? ここが湯乃川市内にあるスーパー銭湯、『虹の湯』! 鶴亀湯さんとは全然違うでしょ?」


(わ、わぁ……きれい……。ホテルみたい…っていうか、未来の建物みたい…! でも……)

期待と同時に、不安も押し寄せる。

(ぜ、絶対人多いよね、ここ……。私、大丈夫かな……?)


「ふむ…」隣から、夢さんの声が聞こえた。いつの間にか陽子ちゃんのスマホを覗き込んでいる。

「HP及び第三者機関のデータによると、施設規模、サウナ室の数、付帯設備は鶴亀湯を上回る。サウナはフィンランド式、遠赤外線、ミストの3種。水風呂は15℃設定でバイブラ付き。外気浴スペースには多数のリクライニングチェアと植栽…」

スラスラとスペックを読み上げる夢さん。


(夢モノローグ:…比較対象として申し分ない環境だ。異なる環境下での対象A及びヒカゲダケの反応データ。特にオートロウリュ機能は、重要なデータポイントとなり得る…)


「でしょでしょー!」陽子ちゃんが興奮気味に続ける。「行くならさ、今度の土曜! 午後イチくらいから行って、夜までまったりしよっか! 夜景見ながらの外気浴とか、エモくない!?」

「待った」夢さんが、陽子ちゃんの言葉を遮る。「データ上、土曜の昼過ぎも依然として混雑傾向にある。最適な観察環境及び費用対効果を考慮するならば、利用者が減少し始めると予測される土曜日の夕方17時以降の入館を強く推奨する」

「えー! でも明るいうちから入りたいじゃん! サ飯の限定ランチも…あ、もう時間過ぎちゃうか…」陽子ちゃんが少し残念そうだ。

「食事は二次的なファクターだ。我々の第一目標は最適な環境下でのデータ収集にある」夢さんは譲らない。

「うーん…まあ、たしかに夜の外気浴で星見るのも最高かもね! 分かった、じゃあ夕方から行こ!」あっさり(?)と陽子ちゃんが折れた。

「…合理的な判断だ」夢さんが小さく頷く。


私は二人の間でオロオロするばかり。「あ、あの…わ、私は…どっちでも…」内心(「夕方からか…夜までいるのかな…帰り、大丈夫かな…でも、星空の外気浴…それは、ちょっと見てみたいかも…」)


「持ち物だけどー」陽子ちゃんがパンフレット(いつの間に!?)を広げる。「タオルと着替えと飲み物ね! あ、静香もそろそろマイサウナマットとか、可愛いサウナハットとかどう? 頭、熱くなるの防げるし、おしゃれだよ!」

「ハ、ハット…!?」

(サウナハット…? 帽子…? あれを被れば、もしかして、このキノコ、隠せる…かな…? いや、サウナ室で帽子なんて、余計に目立つ!? ど、どうしよう…!?)

「…サウナハットの断熱効果及び毛髪保護効果に関する科学的エビデンスは限定的だ」夢さんが冷静に付け加える。「ただし、ヒカゲダケへの物理的遮蔽効果、及び特定の繊維素材が生育環境に与える影響については…要追加調査項目だな」

(む、夢さん!? やっぱりバレてるどころか、研究対象としてロックオンされてる!?)


こうして、私たちの虹の湯行きは、今度の土曜日の夕方から、ということに決まった。夢さんの分析力が、意外なところで勝利した形だ。


***


放課後。私たちは、職員室に用事があった陽子ちゃんについて、廊下で待っていた。すると、中からジャージ姿の山田先生が出てきた。

「お、お前らか。まだ残ってたのか?」

「先生ー! 実は今度の土曜、虹の湯行くんですよー!」

陽子ちゃんが嬉々として報告すると、山田先生の目がカッと輝いた! まるでサウナストーンにロウリュの水がかかったみたいに!

「なにぃ!? 虹の湯だと!? しかも土曜の夕方からか! なかなか良い時間帯を狙うじゃないか!」

先生は、周りを気にするように少し声を潜め(でも目は爛々と輝かせながら)、私たちに熱く語り始めた。

「あそこはな! サウナも水風呂も外気浴もレベルが高いが、何と言っても…レストランの『激辛スタミナラーメン・ニンニク増し』が最高なんだ! サウナで汗を出し切った体に、あのガツンとくる辛さとニンニクが染み渡る…! あれこそが真の『整い』への道だ!」

(げ、激辛ラーメン…!? に、ニンニク増し…!? ぜ、ぜったい無理…!)

顔が引きつる私。

「あと、湯上がりの瓶入りフルーツ牛乳も忘れるなよ! あれは人類の叡智、文化遺産だからな!」

山田先生は、一方的にサウナ飯情報を叩き込むと、「じゃあな! 健闘を祈る!」と、満足そうに、しかしどこか一緒に行きたそうなオーラを背中から漂わせながら去っていった。

(激辛ラーメンは無理だけど…フルーツ牛乳は、ちょっと飲んでみたいかも…)

私の心の中の天秤が、ほんの少しだけ、期待の方に傾いた音がした。


***


そして、土曜日の夕方。

私は、鏡の前で何度も深呼吸しながら、カバンに必要なものを詰めていた。タオル、着替え、水筒…。陽子ちゃんに教えてもらったリストを確認する。ネットで見た虹の湯のキラキラした写真と、山田先生の熱弁(主にフルーツ牛乳)が頭の中をぐるぐる回る。


(スーパー銭湯…オートロウリュ…広い外気浴…フルーツ牛乳……夜の、星空……)

(いったいどんな『整い』が待ってるんだろう…?)

(そして、私のキノコは…また何か変化するのかな…?)


(こ、怖いけど……ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、楽しみ……かも……)


玄関で靴を履き、私はもう一度、小さく深呼吸した。外はもう、夕方のオレンジ色が濃くなり始めている。

「よし……行こう」

まだ少し震える声だったけれど、確かに私は、湯けむりの向こうにあるかもしれない新しい世界へ、一歩踏み出そうとしていた。

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