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第4話『美術準備室の怪しい検証と、招かれざる太陽』

放課後のチャイムは、私にとって終業の合図ではなく、恐怖の始まりのゴングだった。クラスメイトたちが賑やかに帰り支度を進める中、私だけが鉛のように重い体で席に縫い付けられていた。


『…今日の放課後、美術準備室に来てください。例の生態系について、いくつか検証したい事項があります。拒否権はありません』


小鳥遊 夢さんの、あの抑揚のない声とジト目が、脳内でリフレインする。生態系…検証…拒否権なし…。断片的な単語が、私の貧弱な想像力を最悪の方向へと掻き立てる。


(ど、どうしよう…やっぱり逃げるべき? でも、拒否権ないって…行かなかったら、明日もっと怖い顔で何か言われるかも…うぅ…それに、生態系って、やっぱり頭のこれのことだよね? どうして小鳥遊さんが…? もしかして、何か治す方法とか…? いや、でもあの雰囲気は絶対違う! 絶対ヤバいやつだ!)


混乱する私の思考を遮るように、太陽が差し込んだ。

「静香ー! 帰ろー! 今日こそサウナ! スッキリするって!」

陽子ちゃんが、キラキラした笑顔で私の肩を叩く。その明るさが、今は少しだけ痛い。


「あ、ご、ごめん陽子ちゃん! 今日、ちょっと…用事が…その、び、美術の…先生に、ちょっと用事を頼まれてて…(しどろもどろな嘘)」

罪悪感で胸が潰れそうになりながら、私は俯いた。


「えー、そっかー。先生? しょうがないねー」陽子ちゃんは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。「じゃあ、また明日ね! 無理しないでよー!」

あっさりと、でもほんの少しだけ心配そうな色を残して、陽子ちゃんは友達と教室を出て行った。


(はぁ…陽子ちゃんごめん…)

心の中で謝りながら、私は重い、鉛を引きずるような足取りで席を立った。行くしかない。観念するしかなかった。どうなっても知らない…。


***


放課後の特別棟は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。西日が差し込む廊下は長く、自分の足音だけがやけに大きく響く。美術室の隣にある、古びた「美術準備室」のプレートがかけられたドアの前で、私は立ち尽くした。ここだけ空気が違う気がする。ひんやりとして、絵の具と油と、少しだけカビっぽいような、独特の匂い。


(こ、怖い…怖い怖い怖い…やっぱり帰ろうかな…いや、でも…)

心臓が早鐘を打ち、手汗がじっとりと滲む。ドアノブに手を伸ばしかけては引っ込め、を何度か繰り返す。


(でも、もしかしたら…本当に、何か分かるかもしれない…この、頭のキノコ(仮)のこと…)

恐怖の底に、ほんのわずかに生まれた好奇心。私は、それに突き動かされるように、震える指でドアを小さく、コンコン、とノックした。


……しーん。

(あれ? いない…?)

淡い期待が胸をよぎったが、もう一度、少しだけ強くノックする。コン、コン。


「……どうぞ」


ドアの向こうから、感情の読めない、平坦な声が聞こえた。

ひぃっ! やっぱりいる…!

私はゴクリと唾を飲み込み、意を決して、震える手でゆっくりとドアノブを回した。


ギィィ……。


古びた蝶番が悲鳴のような音を立てて、ドアが開く。

目に飛び込んできた光景に、私は息をのんだ。


薄暗い部屋の中は、画材や石膏像(首だけのやつとか、手だけのやつとか!)が無造作に積み重ねられ、まるで秘密の実験室のようだった。部屋の中央には、ポツンとパイプ椅子が一つ。その前には作業台が置かれ、スケッチブックや鉛筆の他に、どう見ても学校の備品とは思えないピンセットやスポイト、分度器のようなものまで並んでいる。

そして、窓際に立っていたのは――よれた白衣(!)を羽織った、小鳥遊 夢さんだった。


丸メガネの奥のジト目が、私を捉える。

「…来ましたか、対象A。時間通りですね。評価します」

夢さんは抑揚のない声で言うと、パイプ椅子を指さした。

「では、そこの椅子へどうぞ」


「ひっ…! な、な、何ですかここ…!? し、白衣って…! ま、まさか…解剖…!?」

恐怖で声が裏返る。後ずさろうとするが、足がすくんで動かない。


「解剖? 非効率的ですね」夢さんは表情一つ変えずに続ける。「目的はデータ収集であり、対象の破壊ではありません。今回は非破壊での検査を実施します」

そう言って、彼女はスケッチブックを開いた。

「まずは、現状のヒカゲダケ(仮称)のフォルム、色彩、質感などを精密にスケッチしますので、動かないでください。その後、いくつかの外部刺激…光(ポケットからペンライトを取り出す)、音(スマホを取り出し謎のアプリを起動する)、微弱な振動(机の上の音叉を指さす)に対する反応を観察・記録します」


淡々とした説明が、逆に私の恐怖を増幅させる。こ、この人、本気で何かするつもりだ…!


「…そして」夢さんは、棚から緑色の怪しい液体が入ったスポイト付き小瓶を取り出した。「可能であれば、最終段階として、私がこの天然成分由来の素材から特別に抽出・調合した**『ヒカゲダケ活性化促進溶液(仮)』**を、対象に極少量滴下し、その変容プロセスも観察したいと考えているのですが…ご協力いただけますね?」

ジト目が、有無を言わせぬ圧力で私を見据える。小瓶の中の緑色の液体が、不気味にゆらめいたように見えた。


「い、いやああああああ! 絶対なんかヤバいやつですーーーっ!! か、帰ります! 今すぐ帰りますぅぅぅ!!!」

私はついに限界に達し、半泣きで絶叫すると、转身してドアに向かって駆け出した!


「…待ちなさい、対象A」

しかし、夢さんは驚くほどの俊敏さで私の前に回り込み、ドアの前に立ちはだかった。その小さな体から放たれるプレッシャーに、私は完全に動きを止められる。

「検証はまだ始まったばかりです。抵抗は無意味です」

ジト目が、冷たく光る。


あぁ、もうダメだ…! 私、ここでキノコに怪しい薬をかけられてしまうんだ…! 緑色のキノコ人間とかにされちゃうんだ…!

私が涙目で絶望しかけた、まさにその時だった!


ガラッ!!


美術準備室のドアが、ものすごい勢いで開け放たれた!


「あれー? 静香やっぱりここにいたー! さっき用事って言ってたの、もしかして夢ちゃんと約束だったのー? 何して…って、ええええ!? な、何これ!? 白衣!? ピンセット!? 怪しい液体!? 静香、何されそうになってんのーーっ!?」


そこに立っていたのは、目をまん丸にして状況を(たぶん半分くらいしか)理解していない、我らが太陽神(代理)、キラキラ笑顔の天道陽子ちゃんだった!

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