同級生の山田太郎と山田花子に関する噂
夏のホラー2024参加作品になります。
どうかよろしくお願いします。
「ねえ、聞いたことがある?山田太郎と山田花子の双子の今とか。私達の同級生の今についての噂」
「まあ、聞いたことが無いとは言わないけれど」
60歳間近の私は、かつての同級生、友達の言葉に対して、無愛想に返事をせざるを得なかった。
私の故郷にして今も住んでいる町は、とある大都市のベッドタウンといえる町である。
だから、令和の今では完全に落ち着いたといえる状況にあるが。
昭和の頃にはよくあったことだが、いわゆるニュータウンが民間主導で建設されることになった結果、令和の今になってみれば、急激にトンデモナイ規模に拡大したといえる小中学校に、私やその同級生、及び先輩、後輩達は通う羽目になった。
(尚、今でも町の人口は3万人近くいて、更にとある大企業の工場があって、その下請けの中小企業があること等から、平成の大合併でも合併せずに独立した町のままだ。
そういった事情で、町の財政が黒字であることから、周辺の市町村から合併を大いに誘われたが、私達の町の住民の圧倒的多数が合併したら、周辺の市町村の財政赤字の支払いに追われるのが目に見えているとして、周辺の市町村との合併については絶対に拒否し抜いたのだ)
ニュータウン建設の結果、私の住んでいた町の唯一の小学校、中学校は、私が産まれた頃には同級生が200人もいない小学校と言えたのに、私が小学校に入学する頃には、同級生が結果的に400人余りに膨れ上がることになり、私が小学校入学から中学校卒業まで、ずっと全学年が10クラスから11クラスもある状況を呈することになって、その小中学校に私や同級生達は通う羽目になった。
そこまでの大規模校になれば、普通ならば分割等の話になるのだろうが。
問題はニュータウン在住者が過半数と言え、更には大都市への通勤の関係から、そのニュータウンが何とも微妙な場所、具体的には町の中で最大の国鉄(今で言えばJR)の駅に歩いて行ける場所にあり、そこが以前からの町の中心部に近すぎたことだった。
だから、小中学校を分割するにしても、どう分割するかで、町の教育委員会(及びその背後にいる町の有力者の面々)内部は、大揉めに揉めることになり、そんなことから小中学校を分割する為の会議を開いても、打開策は甲論乙駁ということになって、さっぱり進まないことになり。
結果的に、その後の子どもの数の減少も相まって、私が60歳近くになる今まで、ずっと私達の母校になる小中学校は分割されないままに存続する事態となった。
(尚、私達がそれなりに大きくなってから聞いた噂では、民間主導で建設されたニュータウンに、古くからの町の住民(というか町議会議員等の有力者)が、感情的に反発を覚えており、そうしたことからも、ニュータウンの住民の為になる小中学校分割が進まない事態が起きたようだ)
更に余談をすれば、その会議では、それこそ新学校建設建設の為の用地買収等の利権も絡む事態となり、その為に10年以上も続くことになって、それに対処する為にプレハブで校舎建設等の応急措置が講じられることになり、更にそんな金を使うことで何とかなっているのだから、新学校建設の為に税金をつぎ込む必要はないだろう、という主張まで飛び交う事態になった結果、今に至るとか。
ともかく、そんなことから、私というか、私の同級生達は小中学校の間、そんなマンモス校にずっと通い続ける羽目に結果的になったのだ。
更に言えば、私や幼馴染のようなニュータウン建設以前の街に住む面々と、ニュータウンに住む面々との間には、何というか微妙な空気が漂い続けることになった。
何しろ、ここまで大きな小中学校となると、それこそ毎年のクラス替えことに、かつてのクラスメートの約9割がいなくなることになる。
だから、クラスメートよりも地域でのつながり等が、それなり以上に活きる事態が私達には起きた。
何しろ1年掛けてクラスメートと仲良くなっても、又、一からやり直しといってよい学年生活を続けていては、クラスメートとはそれなりに付き合う一方で、地域とかのつながりを重視することになり、そういったことから、ニュータウン建設以前の街に住む面々と、ニュータウンに住む面々とは、微妙に疎隔したままで小中学校時代を過ごすことになったのだ。
そんなこんなの小中学校生活を送った後、私やその同級生達は、結果的にバラバラになって、高校へ進学して、更に大学へ進学し、又、就職し、という人生を送ることになったのだが。
これだけの大規模校となると、却って妙な噂(?)が色々と流れるのもおかしくなかった。
そんなことは無いだろう、とその多くが流される事態が起きたが、そうは言っても、それなりに真実味がある噂が流れ、恐らく本当なのだろう、とその内の幾つかは思われる事態が起きた。
「ねえ、私達の同級生で、サッカー部のエースだった佐藤君の今の噂を聞いたことがある」
「確かサッカーの強豪高校に推薦で入ったのよね」
「そう、そこで女子マネージャーと大恋愛して、妊娠させて、一緒に退学して結婚したとか。その後、まともな家庭を築いて、今でも一緒らしいけど、佐藤君がそんなことをするとは意外だったよね」
「うーん、佐藤君が、そこまでのことをするとは、本当に私にとっても意外だったわ」
友達の話の前振りに、私はそう流して返したが。
私は真実を知っている。
佐藤君が高校にスポーツ推薦で入ったのは本当だが、そこで他の同級生とのレギュラー競争に敗北した末に、大怪我をしたこともあって、サッカー部を退部したのだ。
そして、一般の帰宅部生徒の一人となり、同級生と交際するようになり、高校卒業後に就職、結婚することに佐藤君はなったのに。
いつの間にか、そんな噂が真実として、私の同級生を中心に流れる事態が起きている。
本当なら、真実を知っている以上、私はそれを積極的に否定して、噂を消すべきなのだろうが。
こういったことは、都合のいい話、噂が蔓延するのが良くあることで、それを否定する噂を流せば流す程、却って嘘の噂が流れるようになるのが、よくあることだ。
だから、私はこういった噂を流して済ますのが、いつの間にか、当たり前になっていたのだが。
「山田太郎と山田花子の噂だけど」
「ああ、はい、はい」
「真面目に聞いているの」
「聞いているわよ」
「本当に」
私と友達は、更にやり取りをして。
「ねえ、本当にあの二人って、男女の双子だったのかな。それこそ、ずっと仲良過ぎたでしょ」
「確かに仲の良い双子だったけど、だからといって、恋人どころか、実は義理の兄妹で、卒業後に結婚して暮らしているとか、幾ら噂にしても話が盛られ過ぎよ。後、二人と仲良くなろうとすると、行方不明になったとか。何で、そんなホラー譚にまで話が膨らむのよ」
友達の言葉に、私は現実主義者として冷たく返した。
「でもさ、不思議なことがあるのよね」
「何が不思議なの」
「そもそも山田太郎と山田花子って、何処に住んでいたのか。私の知り合いは皆、知らないのよね」
「えっ」
友達の言葉に、私は絶句して考え込んだ。
言われてみれば、考えたことが無かったし、私自身も二人の住まいを知らない。
更に言えば、何処の地区の出身なのか、私も気にしていなかったし、誰も気にしていなかった気が。
奇妙と言えば奇妙だが、私のような従前からこの町に住んでいた面々の多くが、山田太郎と花子の双子は、ニュータウンに移り住んできた、とずっと考えていて、中学校卒業までそれで流していた。
ところが、ニュータウンに住んでいた同級生の面々の多くが、山田太郎と花子の双子は、従前から町に住んでいた、そういった地区の出身だとして、中学校卒業まで流していたようなのだ。
何しろ、毎年のクラス替えの度に、約9割の同級生がいなくなるのだ。
同じクラスになった面々と、それなりの付き合いはするが、近所の同級生との仲の方が、ずっと大事と言うのが、自分達の同級生の間では暗黙の了解となって、ずっとそうだった。
だが、山田太郎と花子の双子は、いつも双子でつるんでいて、それ以外の同級生らと行動することを避け続けていた、ような気が私はする。
更に言えば、(上記のような事情から)同じクラスの仲間でも、近所の仲間で無ければ、浅い付き合いのままで終わるのが、自分達の間では当たり前だった。
だから、特に山田太郎と花子の双子は、却って周囲と浅い付き合いのままで済んだだけなのかもしれないが、私の中の何かが、何処かおかしい、という警告を発した。
「そういえば、山田太郎と花子の双子は、今でも此処にいるのかしら。時折、見かけるけど」
「さあ、時々、二人でいるのを私も見かけるから、此処にいるとは思うけど」
「貴方も見ているのなら、間違いないわね」
それこそ中肉中背、平凡な容姿でどうにも目立たない二人だが、そうは言っても、9年間も同じ小中学校の同級生だったのだ、二人して見間違えるとは思えない。
「本当に気になるわね」
私は友達にそう言って、他にもよもやま話(その多くが無責任な噂話)をしながら、こっそり、この町の住民課の臨時職員の権限を活用して、彼らの住所等を調べることを決めた。
(どうせ今年で3年目で、転職しないといけないのだ。
それに退職金もない身だ。
これくらいのことをしてバレたからといって、厳重注意されるだけだろう。
私はそう考えて、行動することに決めたのだ)
業務の合間に、それとなく二人のことを調べることにして、まずは住民票を確認する。
電算化されているので、すぐに検索がヒットする。
「あれ?」
私は疑問の声を(内心で)挙げた。
確かに二人は今でもニュータウンの一角に住んでいるのだが、夫婦関係になっている。
そんなバカな、あの二人は双子の筈だ。
でも、生年月日が半年程、違うということは、双子ではない。
どうにもおかしなことになっている。
私は次に戸籍を見たいと考えたが、本籍地が他県なので、私では見ることが出来ない。
更に不味いことに、確かあの本籍地は、数十年前に大地震が起きたような覚えがある。
被災したために、古い戸籍の多くが無くなっている、と職場で聞いたような覚えがある。
ここまでか、私は自力での秘密調査を断念した。
だが、それならそれで、他にも調べたくなった。
私は臨時職員同士の繋がりを活かして、それとなく山田太郎と花子の双子の噂を流して、二人のことを調べたくなるように仕向けた。
すると。
「山田夫妻だけど、どうも変なのよね」
「何が」
「きちんと国民保険料も支払っているし、国民年金も払っているけど、収入源がはっきりしないの」
「自営業ということだけど」
「何の自営なのか、どうもはっきりしないのよ。二人協働で自営業をしているというのだけど」
「へえ」
年金や健康保険料の徴収をしている課の私の知り合いが、こっそり教えてくれた。
「少なくとも税金を納めていないのは確かみたい」
「えっ、自営業なのに収めていないの」
「法人を造っていて、その法人が赤字だから、法人税は収めていない。従業員も夫婦二人だけ。消費税は免税事業者なのよね。所得税も法人を活用した様々な節税策を駆使して、免除されているのよ」
「へえ」
収税課の私の知り合いが、そのようにこっそり教えてくれた。
私は法務局に赴いて、山田夫妻の会社の法人登記簿を取ってみた。
「うーん。何でも屋としか、言いようがない」
私は呟くしか無かった。
収税課の知り合いが教えてくれた法人だが、取締役として山田太郎と山田花子が記載されている。
更に法人所在地は、私が調べた山田夫妻の住民票の住所と一致している。
だが。その一方で、法人、会社の目的は、何とも曖昧で、何でも屋をやっているようだ。
更に気になった私は、山田夫妻の住民票上の住所に行ってみることにしたが。
「あれ?」
私は首を傾げることになった。
地図上では確かにこの場所になるのだが、更地ではないか。
今や双子でも、夫婦でも、どちらでもよいが、何で山田太郎と花子の家が無いのだ。
「本当にこの場所なのかな」
私がそう呟きながら、その土地の中に入った瞬間、私はこの世から消失した。
「全く何で僕達のことを調べて、この場所に入ろうとしたのかな」
私が気が付くと、目の前には山田太郎と花子の二人がいて、太郎が私を責めるように言った。
だが、二人の姿がおかしい。
二人共に、小学校に入学したころのような容姿だ。
更に言えば、何でそんな容姿なのに、私には、その二人だと分かるのだろう。
そして、周囲を見渡せば、薄明のような明かりに包まれており、そのために自分の足元がはっきり見えないのだが、それなりの硬いモノがあるような一方、何となく宙に浮いているような気さえ私はする。
「ここに来た以上、君はここで死ぬしかないよ」
「えっ」
更なる太郎の言葉に、私は絶句した。
だが、その言葉は真実のようで、花子も無言で肯いている。
「少しでも分かるように、君たちの世界の言葉で言うね。ここは異世界をつなぐゲートなんだ。更に言えば、ここを出入りできるのは、僕と妻の花子だけだ。君たちの世界の人間には魔力が乏しい以上、ここからは出られない」
「そんなバカな」
太郎の言葉に、私は懸命に反論した。
「本当よ。私と彼は夫婦で、共に魔術師なの。そして、異世界とつながるゲートを造る研究を協働していたのだけど、魔術式を組むのに失敗したようで、この薄明の世界に二人して来たの。何とか元の世界に帰ろうと努力したのだけど、更に失敗して、貴方達の世界とつながった訳。そして、こんな姿に私達はなっていた」
花子が淡々と語った。
「何とか君達の世界で必要な物資を調達して、故郷に帰ろうとしているのだけど、未だに帰れないんだ。幸いなことに、僕達夫婦は君達の世界でも魔法が使えたからね。魔法を使って、外見を誤魔化して、記憶操作等を行って、密やかに生活しているのだけど、君のような人間が、ここに偶に迷い込むんだ。そうなると死んでもらうしかない。ここから君は帰れないからね。僕達にしてみれば、無駄飯喰いを生かしておくわけにはいかないのさ」
太郎は覚悟を固めたように言った。
「そういうこと。だから、貴方は死んでね」
「えっ」
花子は微笑みながら、そう言って、私は殺された。
恐らくは、この薄明の世界には、私のような人間の遺体が幾つも転がっているのだろう。
それが私の最期の想いになった。
さて、場面が変わって。
「町役場に勤めていた同級生が、急に行方不明になるなんて。本当に何があったのかな」
そう私と噂話に興じていた同級生は独り言を言った。
「まさか、彼女が山田太郎と花子に関わったために、噂通りに行方不明になったのかな?そんなことある訳ないよね。所詮は噂話だから、そんなのアリエナイことだし。何か他の理由からの行方不明だよね」
同級生はそう言って、自分で自分を納得させてしまって、その出来事を自分の中では終わらせてしまった。
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