見られてる。
いつもと同じ帰り道。
ただ、今日は何となく違和感…。
(何かの気配を感じる気がする。)
そう思って立ち止まり、結は後ろを振り返った。
まだまだ辺りは明るくジットリと暑さを感じるがもう17時を過ぎている。
夏休みに入ってからは朝から晩までギッチリ練習の予定が入っているが、今日は家の用事があるので部活を途中で抜けて帰ってきていた。
「ふぅ。…気のせいか。」
緊張した顔をしていたが何も無い事を確認してほっとしたようで、結は楽譜の入ったトートバッグを肩にかけ直した。
結は吹奏楽部だ。一週間後に町内のお祭りで演奏する予定があるので練習にも力が入っていた。
前に向き直り再び歩き出す。
親戚が遊びに来るので少し早く帰ってきて手伝って欲しいと母から頼まれていた結はいつもより少し早いリズムで歩く。
まだ明るいのにあまり人気がない。
(いつもなら散歩をしてるワンちゃんとすれ違うのに。…あ。今日はいつもと時間が違うか。)
そんな事を考えながら歩いているとまた違和感。
通り過ぎる家の塀の間から誰かが見ている気がした。
立ち止まって確認しようかと思ったが、あまり時間もないので気にせず家路を急ぐ事にする。
足音がする訳では無い。
ただ、何かに見られている気配がするだけ。
(自意識過剰なのかな…?誰も私の事なんか見てるはずないのに。)
そんな事を思いながらもずっとその何かが付いてくる事だけは感じている。
(…気のせい気のせい。)
段々と歩く速度が上がっていく。
(…うぅ。早く家に帰りたい。…なんか変な感じ。気持ち悪い。)
あと少し行けば家への最後の曲がり角だ。
もう、すぐにでも駆け出してしまいそうな程に歩く速度は自然と早まっていた。
(あの角を曲がれば…)
角を曲がる直前に電柱の前を通る。
通り過ぎようとした瞬間。
…結の足がビタッと止まった。
『見てるよ………ずぅーっとね。』
ハァ…ハァ…と荒い呼吸の音とともに耳元で突然声がした結はその場に固定されたように動けなくなる。
(え……何?誰の声?男だ。低い男の人の声。誰なのか見たいけど怖くて見られない。どうしよう…誰も周りにいない。怖い…怖い…怖い…)
金縛りにあったように動けなくなった結は目だけを自らの左側へ向けて、それが何者なのか見ようとした。
そこには……何もいなかった。
「えっ!?な、なんで!!」
その驚きの声に合わせて体が動くようになる。
慌てて辺りを見回すが何もいなかった。そして今まで感じていた違和感も消えていた。
「何だったんだろ…?どっかで聞いた事あったかな?誰か知ってる人の声な気がするけど。」
考えてみたが記憶にモヤがかかったように上手く思い出せない。
ふと腕時計を見る。
「大変だ!早く帰らないと。」
結は慌ててその場から駆け出した。
電柱の影から見ている人物には気づかなかったようだった。
男はジットリとした目で駆けていく結を見つめていた。
『いつも見てるよ。ずぅーーっとずぅーーーっとね。』
ニタリと笑った顔に汗が流れた。