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ボクの愛しのアルゼレア

 休日の午前。凱旋パレードが行われている。世界杯のスポーツ大会から帰還した選手たちが、バスの上から手を振っていた。

 スポーツ誌を軽く読み飛ばしてしまう僕にとっては大きなイベントではなく、テレビや紙で見る顔と実物では誰も一致することが出来ない。しかし世間は浮かれ放題のようだった。

「若者は時間の流れが違うのかねぇ」

 午後休の店のひさしの中で老人がひとりで言っている。そばに僕が立ち尽くしていたから僕に向けて言ったのかもしれない。老人は多分店の人じゃ無いんだと思うけど勝手に椅子を運んで座っていた。

「世の中の動きなんてこんなものさ。どんどん新しいものに塗り替えっていくねぇ」

「……」

 やっぱり僕に話しかけているんじゃないだろうか。

 ちらりと老人を見ると、夏場に合わないニットの帽子を深く被っており、凱旋パレードのバスでも僕の顔でも無く足元ばかり見て話しているようだった。僕は一応「たしかに」とだけ返しておいて人だかりを抜けて行った。

 戦争になるんじゃないか。

 戦争になったらどうなってしまうんだろうか。

 知らない新世界にドギマギしていた時間が過ぎると、いつもの変わらない日常を迎えるだけだ。ほんの一部は胸の中に何か刻まれたかもしれないけど、ほとんどは安心しきった笑顔で他人に手を振れるんだな。

 僕の早足が風を引き連れて紙吹雪をまとわり付かせていた。だけどいつの間にかカラフルなものはどこかに置き去りに。僕は中央図書館に到着する。

 アルゼレアには会えないだろうけど、とにかくこの年老いた思考だけは払拭しておこうと、僕は広場の中で深呼吸をした。


「申し訳ございません。アルゼレアさんは長期休暇中なんです」

 本の貸し出しカウンターにて接客スキルの高い婦人が丁寧に答える。

「そうですか。従業員さんも出払っているみたいですね」

 僕が目を向けるのはガラス越しに中が見れる従業員用の作業部屋。いつもは愛想の少ない女の人が一瞬も笑わないで話を聞いてくれていたんだけど、その人も今日は欠席中みたい。

「伝言がありましたらお伝えしましょうか?」

「いや、いいです。また来ます」

 僕が軽く頭を下げると、婦人はもっと深くお辞儀をした。

 図書館で時間を潰して待ってみるか。それとも後日改めた方が良いのか。カウンターを離れて悩んでいると、チョンと誰かに肩を突かれた。

「やあ。フォルクス君」

 振り返ると清潔感のある顔が見える。だけど僕があんまり好かない相手で若干げんなりもする。

「こんにちは、イビ王子……」

 人の気も知らない彼は、挨拶が出来て偉いなどと僕を適当に褒めてきた。

「アルゼレアに会いに来た? 彼女なら長期休暇中だよ?」

「……知ってます。ちょっと本を探しに来ただけなので」

 王子様は暇そうだ。僕が医療関係の本棚をうろつくのを一生付きまとっている。全く興味もないくせして本をたまに抜き取って、ペラペラめくっては戻していた。一体何がしたいんだ。

「フォルクス君は医者をしているんだって? アルゼレアが話してくれたよ。すごいじゃない。今度ボクの健康もチェックして欲しいな」

 軽く言われるから腹が立つ。

「……内科じゃなく精神医です。今見ただけで王子には診察の必要が無いと分かりますよ」

「そうなの? でもボク、結構悩み病だよ?」

 そんな精神病は存在しない。

「カウンセリングルームを頼ってください」

「なんか君、ボクに冷たくないかい?」

 ようやく気付いてくれた? と、心の中で得意げになったとしても、彼のことを離せる結果にはならなかった。医療専門書コーナーでひたすら時間を使っていたけど、逆に王子は知らない単語を投げかけてきた。大して関心もないくせに。


 最初は「勉強熱心だね」なんて歳下から言われ続けていたけど、どこかで王子は飽きたみたい。本の表紙だけ眺めて口数が少なくなった。

 しかし王子は呟いた。「アルゼレア。ひとりで大丈夫かな……」と。こちらにとっては、何のこと? になる。

「なーんか彼女、最近ツンケンしてるし、見ていて危なっかしいよね。もう少しボクに頼ってくれて良いのにさ。ひとりでエシュに行くって聞かないし」

「ええっ!?」

 あまりに大きな声で他の利用客も振り返った。なによりイビ王子が一番驚いていた。

「……あ、あれ? アルゼレアから聞いてない?」

 聞いていないけど……なんだか負けたくないから「ああ、あの事かぁ」と必死の抵抗をする。イビ王子は「だよね」と気にしないで続きを言った。

「オソードが無くなったのだってさ、アルゼレアのせいじゃないのにどうして彼女が走り回らないといけないんだろう。いくらロウェルディ大臣のお気に入りだからって、ボクたちのアルゼレアが取られてしまうのはちょっと嫉妬しちゃうよね」

 イビ王子が最後にプクッと頬を膨らませている。

「……」

 何だって? エシュにひとりで行く? オソードのことがまだ続いているって? ロウェルディ大臣のお気に入り!? そもそも僕はアルゼレアがこの頃ツンケンしていることすら知らないのに!?

 頭の中の会議は大いに荒れている。

「ああ、ボクの愛しのアルゼレア。手紙の返事もあれから全然返って来ない……」

「て、手紙!?」

 いやいや、こっちだってアルゼレアとは手紙のやり取りくらいしているよ。ここずっと返事が返って来ていないけどさ。

「一昨日から文通が止まったままなんだ……」

「お、一昨日……」

 僕のはそれよりずっと前。

 ショックを隠しているところに、嘆き顔を見せるイビ王子。彼がすらっと細い指でジャケットからある物を取り出すと僕に渡した。一枚の紙だと思ったら、それは写真だった。

 イビ王子は得意げに両眉を上げ、恋敵であると差を見せつけたかのようだった。なにせ写真に写っていたのはアルゼレア。どういう時に撮られたのか分からないけど、こっちを向いて少し驚いたような顔をしている。

「あっ、ごめんごめん。これじゃなかった。こっちだ」

 驚き顔でも可愛らしいアルゼレアの写真は没収された。彼女ひとりが写った写真の詳細は明かさないで、もう二枚の写真を渡してくる。

「なにこれ……」

「衝撃的だろう?」

 これもアルゼレアが映った写真だ。しかしロウェルディ大臣も一緒だった。オフィスから出てくるところのよう。それが愛人関係みたいに映っているのは、単純な思い込みであってほしい。

「パパラッチから買ったんだ。彼女は有名人だから結構な値がしたよ」

 久しぶりに見たアルゼレアの容姿。なのにそれですら、すんなり取り上げられてしまい、イビ王子のジャケットに仕舞われる。

「手紙も読んでみたい?」

「うっ……結構です」

「明日エシュに発つ予定だけど。君も一緒に行くかい?」

「それは……」

 それは確かに行きたいけど。アルゼレアのことは応援しているし。彼女の迷惑になることはしたくないし。僕だってやることがあるわけだし……。

「結構です」

「そうか。じゃあね〜」

 王子は余裕の表情で去っていった。完全勝利とも言うべきものだったと思う。いやいや、何を考えているんだ。付き合っているのは僕なんだから、負けるというのがそもそも有り得ないんだけど。

 それにしてもアルゼレアはエシュに渡ったのかな。セルジオに出張中だとは知っていたけど、それなら僕にも一言伝えてほしかったかも。

 ……けどまあ、アルゼレアにはきっとアルゼレアの考えがあるんだよ。


(((次話は明日17時に投稿します


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