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純愛を見つけた男の末路2

 小さな扉を抜けて、その先でまた扉が開けられると「どうぞ」とアルゼレアが言う。何か応接間的な部屋でもあるのかなと思ったら、そこにあったのは実に女の子らしい色や模様で満たされた場所。

「ええっと、入っていいの?」

「どうぞ」

 じゃあ……おじゃまします。部屋に入った途端、アルゼレアの服と同じ控えめの爽やかな香りが感じられた。言わずもがな彼女の部屋だったわけだ。

 小さなキッチンを通り過ぎ、やたらカップがたくさんあることに気付く。案外友達と呼べる人ができて、部屋で楽しくティータイムを過ごしたりすることもあるのかなと想像した。

 テーブルの上に本がたくさん重ねてあった。どれも歴史書や法律の本で、いつも勉強しているんだと分かる。

 しかし。小さな部屋に全ての機能がまとまった部屋。ベッドも同じ空間にあるんだ。シンプルなシングルベッドと、二段ベッドがね。つまるところ枕は全部で三つあるということになった。掛け布団も趣味が微妙に違ったものが三つだね。

「フォルクスさんが生活の話をたくさん聞いてきたので、部屋を見せた方がより分かるかって思って」

「ちょっと待ってアルゼレア。これ君だけの部屋じゃなくない?」

 ポカンとするアルゼレアだったけど「あぁ」と言ってベッドの方を見る。案の定、女の子三人で生活している部屋なんだそう。ちなみに私のベッドはここですと、二段ベッドの下段を示されても困る。

「あの、嬉しいんだけどさ。同居人の許可なく知らない男の人を入れるのはマズくない?」

「知らなくないですが」

「君はそうだけどね? 同居人の人がだよ。知らずに帰ってきて僕が居たらビックリしちゃうだろう?」

「確かに。でも二人で話していたかったから……」

 そんなことをアルゼレアが言い出すものだから驚いた。ただし驚いたのはアルゼレアの方も同じ。彼女が自分で気付いてハッとしたら、ダイニングテーブルに座って顔を両手で覆っている。

「嘘です」

 いやいや何が嘘なんだか。いくら恥ずかしがっていても、それでこっちは「嘘だったのか!」とはならないよ。さすがに僕でも呆れてしまうし、それに少ーし困りものだし。

 座っても良いかと聞いたらアルゼレアが頷いた。

「まったく……。どうして君は照れ姿が爆発級に可愛いのか」

 意地悪でも鬱憤でもある本音を漏らしながら向き合う場所に座った。そこからしばらくは、両肘をついてその可愛らしい女の子を眺めていた。アルゼレアが顔を隠すのをやめて額の汗を拭っているところで会話は再開となった。

「私を連れ戻そうとしに来たんじゃないんですか?」

「あれっ? 知ってたの?」

「イビ王子から聞いたんです」

 なんだ、そうだったのか。だったら僕がサプライズで現れたのに驚かないわけだ。

「連れ戻したりしないよ。だって僕は、君の話を聞く前からアルゼレアがここに居たくて居るんだって思っていたから。僕が来たのは君の顔が見たかっただけ」

「そうなんですか? けど勝負だって言っていましたけど」

「勝負かぁ……」

 確かにマーカスさんも「賭け」っていう言葉で言っていたな。僕ははなからアルゼレアがアスタリカに戻らないと思っているわけで、自ら負けに行っていることになるのか。

「僕、勝負事ってあんまり好きじゃないんだよ。イビ王子に言ったら怒られちゃうかもしれないけどさ」

 そういう性分だから仕方がない。

「アルゼレアは好きなだけセルジオに居たら良いよ。僕はいつも君を応援してる」

 彼女の反応を聞く前に、扉の向こうで女性陣の笑い声が聞こえた。このまま時間を過ごしていると、部屋の中で同居人と鉢合わせになって気まずくなるかもしれない。

「じゃあ、そういうわけで。また手紙を書くから」

 椅子から立つとアルゼレアも一緒に立っている。出口まで連れて行ってくれなきゃ迷ってしまうから不可欠だ。

「ええっと、こっちが出口だよね?」

 小さなキッチンを通り過ぎる時、ドカッと背中にアルゼレアがぶつかってきた。転けたのかと思って振り返ろうとしたけど、そうじゃない。

「あ、ありがとうございます」

「…………どういたしまして」

 大胆なアプローチを受けた。後ろからハグをしてくれるなんて嬉しい。前までぐるっと腕を回すまでは勇気がなかったみたいだけど。それでも嬉しい。

「手紙、は……私も、書きます……」

「はい」

「電話も……可能なら……」

「はいはい」

 小さな勇気を背中に感じて、じんわりと心が暖かかった。

「会いに来てくれて嬉しい……です。大好き……です」

 まだまだぎこちない恋人同士。慣れない彼女の言葉と、取って付けたような「です」かぁ……。こっちは冷静という冷や水を心に吹き掛けているのに。アルゼレアは無意識で酷いことをするよ。それともわざとなのか?

 抱き締めるなら正面からさせてと思って振り返ろうにも、そこにはアルゼレアのすごい握力でせき止められているみたい。彼女がよっぽど恥ずかしいのは分かる。隠れたいのも分かる。でもさ、酷いよ。

「あの。そうやって焦らされると、結構辛いものがあるんだけど」

 人には理性があってね。一度、医学的に説明した方が僕のためかな。

 本来の勝負事は負け確定で。さらには僕はアルゼレアに屈するしかないなんてさ……。あーあ、酷い。



*  *  *



「ああ!? またかよ!! だから電車でピャーっと行けよ!!」

 ジャッジのお叱り。僕が恋人にだいぶお熱なのをだいぶ気味悪がっている上に、女々しくも嘆きっぱなしの僕がだいぶ嫌いであてがった一言だ。

「会いたくないよ。でも会いたいんだよ」

「何だそれ。気持ち悪いな」

「僕はどうしたら正解なのか教えてよ。そういうのはジャッジが得意だろ?」

 アルゼレアはセルジオにいる。本に囲まれて彼女がやりたいことに取り組んでいるんだ。

 会いに行ったことで元気で彼女らしいところが見れた。彼女らしくないところも知れてよかった。ただし副作用がある。

「どうしたら良いんだよー」

「知らねえよ。あっ、安くてサービスが良い店なら紹介するぜ?」

「いらない」

 僕の苦悩は無くならない。というか、ますます多くなっていくのかもしれない。高揚したり落ち込んだりするのは恋心っていうやつ。医院長にこの話を持ちかけたら「純愛だね」って答えてくれそうだ。

 僕はきっと純愛とやらを無事に見つけることができて、今からとても、もがき苦しんでいるんだ。



(((ここまで読んでいただきありがとうございます。

(((次話は8月17日の17時に投稿します。


8/10長編小説『閉架な君はアルゼレアという』二部終結

8/10〜短編小説『鋼と甘夏』毎日投稿

8/17〜長編小説『閉架な君はアルゼレアという』三部開始


 毎日投稿は続きます。

 詳しい予定については活動報告をご確認ください。


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