純愛を見つけた男の末路1
僕は初めてメイドさんにお願い事が出来た。アルゼレアの居る場所へ案内してくださいというものだ。僕からお願いしなくても、そうしてくれたみたいだったけど、まあ良い。
お城はかなり広い。大きな建物が三つ連なっていると説明を受けた。そしてアルゼレアはそのうちのひとつに居るのだとも。
「南塔のすべては書庫になっています」
「す、すべて!?」
部屋の間取りは……と、聞いたってピンと来ないだろう。
「何階建てなんですか?」
「地下も含めますと七層になります。お部屋の数は100を超えます」
「ええっ!?」
それってアスタリカ国立図書館よりもすごい数じゃないか。
「戦争での戦利品に本を押収した時代もあったようです。なので各国の貴重な文献も多く保管されています」
驚いてばかりだけど気落ちもする。だってそんなに膨大な数の貴重な本があるんだとしたら、アルゼレアはアスタリカに帰る選択を取らないだろうと思うから。
この勝負はイビ王子の勝利も無く、僕の勝利も無いだろう。ただただマーカスさんによる完全試合でしかないよ。アルゼレアは本が好きで……そういう子だ。
それに別に僕はアルゼレアを取り合うつもりもないし、ただ単に彼女は元気かなって会いに来ただけなんだ。うっかり泊めてもらったり食事を頂いたりするんじゃなかった。若干僕の行動にこそ後悔が残っているよ……。
「こちらです」
悶々とする中、目的地に到着した。足元ばかり見ていた僕は、まるで道を覚える気も途中でなくしており、行き止まりに現れた大きな扉を見上げることになった。それは幾つもの厳重な鍵が掛けられた扉だった。
ジャラジャラと大量の鍵を持つメイドさんが「お待ちください」と言う。凝視しては悪いと、その辺に目を向けていた僕だった。鍵を外すだけの作業で結構な時間がかかった。
「では、どうぞ。まだ時間が早いので管理の方は来ていませんが」
開け放たれた扉の向こうは目が回りそうなほどの本の塔だった。螺旋階段がぐるぐると上へ登って行く他、全てが本に見えた。いや、全てが本だった。
「ありがとうございます。ちょっと待ってみます」
案内をしてくれたメイドさんとはここまで。丁寧なお辞儀をしたら、自分の持ち場へと帰って行った。
僕はこの巨大な図書館の中にひとり残る。なかなか塔の中に足を踏み入れるのに躊躇ってしまう。そっと内部を覗き込んで、このぼんやりとした明るさは電気じゃなくて天窓なのかぁ……とだけ感想を持って、また扉の前でウロウロした。
しばらく待つと人が来た。
「あっ」
「え……」
お互いにあんまり嬉しい反応を示さない。それもそうだ。僕が出会ったのはアルゼレアじゃなく、知らない管理者でもなく、イビ王子だったから。
「アルゼレアならまだ来ていないですよ」
扉のところで僕が言うと、イビ王子は少し足踏みをして誤魔化しを図る。
「別に彼女に会いに来たわけじゃない。国務として調べ物をしにきただけだ」と、王子は言うけど書庫には入らないみたいだ。
「でしたら中で読書でもどうぞ?」
「ま、まあもう少し人が来てからでも良い」
しかしいくら経とうと人ひとりも現れない。イビ王子は絶えず「おかしいな、おかしいな」と言いながらウロウロしていた。僕はそれを眺めながら、落ち着きという点では僕の方が優っているなと少し思う。
窓の向こうにはオレンジ色の夕日が眩しく光っている。セルジオの気候は乾燥気味。雨が少なそうで良いなぁ。そんなことを考えながら僕はとぼとぼ廊下を歩いていた。
「お城って、兵士の人はあんまり居ないんですね」
僕はメイドさんに聞いた。
「建物が違いますので」
「あっ、なるほど」
どこかでマーカスさんと出会うんじゃないか。こっそり見られているんじゃないか。なんて思ったこともあったんだけど、妙に見かけないと思ったらそういうこと……。
しかしそれだったら、ちょっだけ気が軽くなる。実はアルゼレアと会えなかったんだ。昨日も今日もね。その上、説得期限は今夜。もうこれは文通で元気を訪ねるしかないな、と僕なら諦めてしまっている。
美しい庭には夏の花が咲いていた。真っ赤で大きな花は、アスタリカだけじゃなくどこの場所でも咲いているものだ。植物がこんなに生き生きと育つ場所なら、アルゼレアだって困らずに過ごせるだろう。と、なぜか勝手に重ねて思ったりした。
するとその時、僕は偶然にもアルゼレアを見つける。草木の茂みが窓の景色を隠し、そのまま前を向いていたなら気付かないところだった。
「メイドさん、あの女の子です」
すぐさま窓の外を見てもらって、その場所へと案内してもらった。
塀で囲われた庭の一角。乾燥して風の少ない夕方に、数人の人たちで本を運んだりしているらしい。今日は一日中晴れていたから、きっと古本を外で乾燥させていたんだろう。紫外線を避けるタープも隅の方で片付け作業が行われている。
「アルゼレア」
芝生をさくさくと歩いて近付きながら名前を呼ぶ。彼女は自然に顔を上げた。そこに僕がいて嬉しさのあまりに抱きついてくる……とは、いかないんだよ。
「フォルクスさん。お仕事ですか?」
「ええっ」
ずっこけてしまいそうになる。
「君に会いに来たんだって。もうちょっと喜んでよ」
「すみません」
真横に到着しても平然そうな顔で見上げるだけだ。本当にサプライズの甲斐がない人だな。
「会いに来てくれて嬉しいって言ってごらんよ」
「えっ、はい。……ありがとうございました」
「じゃなくてさ」
真剣に小首を傾げてくるから、僕は「もういいや」とした。そんなことよりもアルゼレアが元気で、いつも通りでいてくれて嬉しかったんだ。それを確認したかっただけだからね。
セルジオでの生活を聞いた。やっぱり彼女から語られるのは本の数とか質の話ばかり。日常生活はどうなの? って聞いたら「普通です」と言う。本のことになると止めなくちゃ止まらないのに格差がすごい。
アルゼレアはここにある本に大変興味を持っていて、やっぱりどこまでも調べ尽くしたいらしかった。実際に彼女が管理メンバーに加わったことで、色々動いている案件もあるみたい。本当にすごいなぁと思う。
「僕は明日の早朝にアスタリカに戻るんだ。君が生き生きしていて嬉しかったよ」
「そうですか……」
僕はその一瞬だけは見過ごさなかった。アルゼレアが初めて寂しそうに声を小さくしたんだ。ムフフとなる心は抑えておいて、冷静に告げる。
「また手紙を書くよ。可能だったら電話もするし」
「あ、あの。話はそれだけなんですか?」
「え?」と、声が出た時、外廊下の暗がりから赤い花が駆けてくるのが見えた。「アルゼレアー!」と、嬉しそうな声も叫べる赤い花だった。もちろんイビ王子だ。大きすぎる花束のせいで顔は見えないけど。
彼もまたアルゼレアを説得するためにチャンスを逃したくはないんだろう。
「たぶん君に話があるんだよ。じゃあ僕はこれでね」
去ろうとすると腕をがっと掴まれる。
「走りましょう」
「……走る?」
僕はアルゼレアに腕を引かれて走っていた。イビ王子は花束が重くてアルゼレアが居なくなっていることに気付くのが遅れたみたい。
「こっちです。フォルクスさん」
イビ王子が困っているところを見届けたいところだけど、急かされてから建物の中に引き込まれてしまった。
(((次話は明日17時に投稿します
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