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その後2

 日暮れ時。特に楽しくもなかった電車旅が終わった。

「じゃあまたね」

 そう言ってイビ王子は僕から離れていった。駅に付随した乗車エリアではリムジンが控えている。イビ王子が近付くと、スーツを着た人が扉を開けていた。専用の車両に、お迎えの車まであって、僕との格の差を見せつけられるみたいだった。

「やあ、そこのお兄さん。新聞買わないかい?」

 対して僕は手渡し販売の餌食になりがちだ。言葉は通じるけど、硬貨を見せたら軽く舌打ちをされて販売者は去っていった。セルジオではアスタリカの通貨は使えないみたいだ。

「両替……」

 たぶん駅の中にあるよな。無いと困る。なんの下調べもしないで来るなんて、僕としたことが一体何をやっているんだろう。背中を押してくれた友人のことをまた恨みそうなので考えないようにする。

 改札を出ると大きな歓楽街の中だ。五車線の大きな通りは間違いなくメインストリート。ロータリーの向かいはもうそこに面している。

 タクシーを捕まえるみたいに身を乗り出すと、道の先にもうお城は堂々と建っていた。夕刻の空に向かってレーザーライトが伸びていて、夜の大看板みたいにライトアップされていた。

「あんなに目立つ場所にあるなんて偉そうだよ……」

 皮肉を言ったけど、真横をセルジオの住民がすり抜けていくから、あまりこんな事を言うのは良くないな。

 あのお城にもインターホンがあって、アルゼレアとすぐに話せたらいいんだけど……って、僕は大昔からの歴史のある建造物に何を求めているのやら。ひとりで力無く笑っていると後ろから肩を叩かれた。

 また手渡し販売か。無視はしないけど、しかしそれが知り合いだとは思わない。そこにはマーカスさんがどうしてか立っていた。

「お迎えに上がりましたよ。フォルクスさん」

 謎なことを言われた。

「……え?」

「さあ、いきましょうか」

 僕がセルジオに行くことは誰にも言っていない。知っているのはジャッジ、イビ王子。だけど二人がマーカスさんと連絡を取り合うなんて考えられないだろう。それに……。

「サングラスはかけないんですか?」

 ここでのマーカスさんはトレードマークのサングラスをかけていなかった。その素顔はすこぶるイケメンなんだけど、冷えた目線が冷酷そのもので恐ろしくもある。

「かえって目立ちますから」

 鋭い目つきを露わにした時のマーカスさんは笑わない。そばに付けてある車は白い一般車。その助手席の扉をマーカスさん自らが開けており「どうぞ」と言う。

 言い方は柔らかだけど、やっぱり視線が怖い。このまま監獄に入れられる気持ちしかしなくて逃げ出したくなるんだけど。

「大丈夫。酷い目には合わせませんよ」

「いや、そういうのが怖いんですよ!」

 本当にこの人はサングラスというアイテムを身につけることになって良かったと思う。お洒落には疎そうでは無いけど、マーカスさんは自分の目つきが気になるからサングラスをかけているのかな……?

 気になるから、車内では運転席のマーカスさんにそのことを聞いてみた。

「マーカスさんはいつからサングラスをかけるようにしたんですか?」

 答えは非常にシンプルだった。

「必要になった時からです」

 それ以上のことは話さない。お城が近くなるとマーカスさんはスッとサングラスをかけ始めている。

「到着したら少しお話があるのですが、よろしいですか?」

「えっ、ああ。はい」

「お部屋も用意しておりますので。明日の朝は、ゆっくりとアルゼレアさんに会ってください」

 僕がアルゼレアに会いに来たことをやっぱり知っていた。とりあえずは「助かります。ありがとうございます」と返すけど、やっぱり僕はこのマーカスさんがなんか怖い。

「あの、話って。アルゼレアのことですか?」

「ええ。そうです」

 マーカスさんの口元はいつものように上向きだ。


 千年大国のセルジオ王国。その王族の部屋を見た。正直なところ落ち着くかって言ったら落ち着かない。ベッドはふかふかで素晴らしいんだけど、僕の寝相でシワクチャにしてはいけないような気になる。

 トイレもシャワールームも備わっているけど金ピカだ。うっかりシャワーヘッドを当てでもして傷をつけたら、僕の首が飛ばされるんじゃないかとヒヤヒヤする。

 絨毯ですら高価だよね。僕なんかが踏みつけて大丈夫なのかなって気が気じゃない。……これなら料金を出してビジネスホテルに泊まった方がちゃんと寝られるかもしれないと思った。

「お気に召しましたか?」

「は、はい。すごく、素晴らしいです……」

 専属のメイドさんまでいるんだって。いつの時代なんだよって思いながらも……。お手伝いさんって少し憧れだった気がしながらも……。全てが慣れていなくて僕は項垂れる。

 続いて、鉄壁の国セルジオ王国。その王族の食事を食べた。戦争が強かったと聞いている。だからモリモリお肉を食べるのかと思ったら、バランスの良い食事でコース料理になっていた。

 夕食はマーカスさんも一緒だった。しかし彼はテーブルに付いているわけじゃなく、テーブルを挟んだ僕の目の前に立ち尽くしていた。つまり僕だけが食事を食べていて、その様子をじっくりと見られているという状況。

「お味はいかがですか?」

「美味しいです。すごく……」

「よかったです」

 こんな耐え難い食事は初めてだ。王族の人たちってみんなこんな暮らしをしているのかな。大変だ。緊張のせいであまり食べられない。

「もう大丈夫です。お腹いっぱいです」

 ストップをかけたところでマーカスさんが一歩前に出る。

「ではお話ししてもよろしいでしょうか」

一度も姿勢を崩さずに直立を保ったマーカスさんは、ここでもそのままの姿勢で話を始めた。

「アルゼレアさんのことなのですが。結論から言いますと。このままセルジオ城にしばらくいて欲しいと思うのです」

「……このまま、ですか?」

 僕は出来るだけ平然を装い、どれくらいの期間なのかを問うた。マーカスさんは「アルゼレアの気が済むまで」と言う。アルゼレアがここで相当本に夢中になっているんだとは、僕にだって楽々想像がついている。

「あの。アルゼレアに聞いてください。彼女の好きなようにさせてあげるのが良いと思います」

 するとマーカスさんは肩を落として息をつく。

「大人な意見ですね。さすがフォルクスさん」

 そんなに賞賛もしてくれていない。ちょっと呆れたって感じのニュアンスも含んでいたように見えるけど。

 僕の意見に「分かりました」とはならなくて「でも」と続いた。

「あなたより先に到着した彼は反対のようですけどね」

「彼……」

 まさかイビ王子か!?

「彼とはちょっとした賭けをしているのです。ある期日までにアルゼレアさんをお国に連れ戻すことが出来なければうちで預かる。という内容です。フォルクスさんも彼の手助けとして参加しますか?」

「手助け? なんで僕がイビ王子を手伝う形なんですか」

 不服さは隠しきれない。それにマーカスさんは、王子様よりも僕の方がアルゼレアに相応しいみたいなことを言ってくれていたのに。だから余計に、何故? となる。

「……不満ですか。でしたら、こうはどうでしょう。フォルクスさん、あなたもどうぞアルゼレアさんを自分のところに戻るよう説得してください。それで彼女があなたと一緒にアスタリカに帰ると決めたなら、私はもう彼女には一切も関わらないとお約束します」

 期日は明後日の夜。三日後の早朝に出発するアスタリカ行きの特急電車チケットを見せられた。それはマーカスさんの手に三枚あった。僕とイビ王子は自動的に帰されて、アルゼレアはどうかな。ということだ。

「僕はそういう取り引きはしたくないんですけど」

「そうですか? でも私が今後関わらなくなるなら、あなたはずいぶん安心出来るのではありませんか?」

 言われていることはその通りだけど……。

「ならば、恋敵に恋人を取られてしまっても平常心で見送れると。さすが大人の恋愛は違いますね」

「そ、そんなことは無いですけど」

「二日間です。頑張ってくださいね」

 この夜はうまく寝付けないまま、次の朝日を迎えることになってしまう。


(((次話は明日17時に投稿します


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