その後1
「はぁ!? お前……学生の恋愛か!!」
ジャッジのお叱り。僕が恋人にお熱なのを気味悪がっている上に、女々しくも嘆きっぱなしの僕が嫌いであてがった一言だ。
アルゼレアに会えていない。一ヶ月と二十二日間も会えていない。あんなにほぼ毎日顔を合わせていたのに、僕は心配だし寂しくなるんだよ。
「気持ち悪いんだよ。会えない日数を数えるな。金があるなら電車でも乗ってすぐ行きゃあいいだろ」
「あっ、そっか」
そうして僕は即日購入した切符で電車に乗っていた。割高だけど特急電車だった。快適な旅になるはずが、残念ながら隣にはイビ王子が座っているんだ。
こうなる前にはいくつかの理由があってね……。
* * *
アスタリカ国立図書館の復興は続いていた。建物の修復はだいぶ終わったみたいだけど、やっぱり本を直すには人の手が必要なのと、膨大な数があるからどうしても時間がかかる。
アルゼレアはそこで修本作業を手伝いつつ、法律なんかの勉強もしている。その日は僕が汽車に乗るひと月前だ。いつものように僕が貸りていた本を返しに訪れた時だった。
静かな図書館内がひどく冷えていた。これは冷房の効きすぎだったのか、それとも僕がある人を見つけて寒気を起こしたからなのか。本棚の間に挟まって話し込んでいたのはアルゼレアとマーカスさんだった。
もちろん僕は、返却手続きを済ませたら本を探しに行くのではなく、二人のところへ突撃だ。アルゼレアは気づいていなかったみたいだけど、マーカスさんは早くから僕がやってくるのを見ていた。
「フォルクスさん。こんにちは。良い本は見つかりましたか?」
黒いサングラスで目は隠してあるけど口元ではシャープに笑っている。僕からは「こんにちは」と最低限の挨拶だけ済ませて本題へ行く。
「何の話をしていたんですか?」
アルゼレアとマーカスさんは二人で顔を見合わせていた。マーカスさんなんかは肩をすくめて「やっぱり怒られてしまいますね」なんて言ってアルゼレアへおどけている。秘密話でもしていたみたいでちょっと遺憾だ。
「アルゼレアさんが本について興味があると仰るので、是非ともセルジオ城に保管してある古書についても調べてみませんか。と、お誘いしていたのですよ」
「お誘い……?」
彼女はこくりと頷いていた。特に困った様子もないから、強引な勧誘じゃなかったと思う。それならまあいいかと僕は折れた。アルゼレアの答え次第なところはあったけど。
「それで。行くことにしたの?」
残念ながら彼女は旅立ってしまうことになる。
そうして月日は過ぎたわけ。
「はぁ!? お前……学生の恋愛か!!」
ジャッジとのやりとりになった。
「遠距離恋愛でピーピー言うなあ?」
成人として真っ当な生活を送っていないジャッジだけど、女性絡みの話になると妙に説得力を増す時があるんだ。彼の経験豊富さは知らないし知りたくも無いけど、この時も落ち込んだ僕に軽はずみでこう言った。
「もうあっちで良い男見つけてるかもな〜」
「えっ……」
清々しく。あっちでも元気でやってるだろうな〜。みたいな感じでさらっと言った。
酷いことを言わないでと僕が咎めても悪びれることもしない。気になるなら見に行って来いよ。と、それだけだった。新しく始めたアルバイトがあったけど、幸い僕はこの日から連休だった。
「金があるなら電車でも乗ってすぐ行きゃあいいだろ」
「あっ、そっか。そうだね。行ってくる」
僕にしては珍しく即決できた案件だった。しかしまだ、ここでは僕が特急電車に乗る理由は完全じゃない。
ジャッジと別れてから目指した場所は敷居の高そうな大きな建物。地図には堂々と『王宮』なんて書かれている場所だけど、僕が気軽に訪れて良いのかな。住人に住所を聞くことなく家を訪ねるのは妙な気分だった。
高い塀でぐるりと囲われている。あんまりグルグル周りを回るのも何だか嫌。ということで、僕とこの家の住人が知り合いであることを僕自身にも暗示をかけて、堂々と玄関へと出向いた。
「フォルクス・ティナーと言うものです。イビ王子とお会いしたいのですが」
「……少々お待ちください」
女性の声で応答がある。インターホンというやつだ。電話の要領で家の中から外の者と会話できるなんて新しい。さすが王家の自宅だ! と、少し感動する。
そのまま待っているとイビ王子は現れた。インターホン越しに会話をするのだと思っていたらそうじゃなかった。
バリケート並みに内部を隠す巨大な門があるんだけど、その一部の人がひとり通れる区画だけが開く。若干気落ちしたのと同時にイビ王子が出迎えた。
「珍しいじゃないか。君から尋ねてくるなんて」
整った顔立ちに髪をオイルで潤わせた若男。彼こそがこの国の王子様なんだそう。金の王冠を被ってるわけじゃないしマントも付けていないから、一見しただけじゃそんな風に見えないけど。
「僕に何か用かな。フォルクス君」
彼は僕より年下だけど、そう呼んでくる。王子様だから……。
「あの。最近、アルゼレアに会いました?」
「いや?」
門にもたれ掛かって悠長な王子様だ。
「そうですか」
なんだ、よかった。と思って僕は、用はそれだけだと告げた。しかしイビ王子は門から身を離して僕を引き止める。
「彼女に何かあったのか」
深刻な顔をされた。僕の方は笑顔でいて王子に告げた。
「別に何も無いですよ」
僕が一番懸念していることはアルゼレアとイビ王子の関係。何故ならイビ王子がアルゼレアに対して好意的であるのは見え見えだから。
セルジオでこっそり二人で会っていたらどうしよう。と、考えたくなかったんだ。一応確認だけしておけて良かった。これで安心してアルゼレアに会いに行ける。
なんて気持ちの僕は詰めが甘かったらしい。
国際列車というものを初めて乗った。普通の汽車より席が多い以外には特に変わるところがなく、パスポートをポケットに忍ばせている事だけが不思議な心地だ。
空いている席はどこだろう。後部車両の方へ歩いていると、何か間違った場所に入り込んでしまったのだと分かった。それはとある車両をつなぐ扉を開けた時、目の前に広がった景色が全く今までのものと違っていたからだ。
両サイドに設けられていたボックス席というものが無く、個室でもありそうな壁で仕切られて歩ける場所は細い通路になっている。壁紙の色も違った。匂いも乗客の汗の匂いじゃなく、花の香りだった。
凡人の僕にはお金持ちが乗っているところだと気付いた。引き返そうとしたところ、ちょうどその人物と対面したんだ。
「あれ。フォルクス君じゃないか」
「えっと……」
僕にお金持ちの知り合いはいない。いや、ひとり居たのか。偶然にもさっき会ったばかりの青年。偶然? 本当に?
「よかったら一緒に話でもしよう」
お得意様の車両の奥に一般車両が続いているとは考えにくい。先頭からずっと座るところが見つからずに終わっていたわけで。ラッキーだと思って個室へと入っていくことにする。
いつかにアスタリカ行きのフェリーで豪華客船をイメージした個室に入った。それと比べれば、この部屋は全てが本物だった。ソファーもテーブルも本棚も高級家具。浴室まで着いているとはどういうことなのか。
「奇遇だね。君もセルジオに行くのかい?」
シャンパン片手に王子は言う。
「そ、そちらこそ奇遇ですね。セルジオにお仕事ですか」
まさかアルゼレアに会いにいくなんて言わないよな。だとしたら僕って余計なことをしてしまったじゃないか。
「そうなんだよ。ちょっとこっちで会議があってさ」
「へえ、忙しいんですね……」
「ぼちぼちさ。でも楽しみもあるんだ。お城の社交界にお呼ばれしてしまってね。お城には大きな書庫があるって話だ。そこを案内してもらう約束も取り付けてあるんだよ」
「……へえ」
倒れそうになる。僕はシャンパンは一口も飲んでいないというのに。電車の揺れに酔ったのか。
王子っていう職業は何をしているのか、いまいち把握していないんだけど。なんだかすごいんだなってことは、本当に分かった気がしたよ。
(((次話は明日17時に投稿します
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