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夜‐聞いても良いですか?‐

 濡れたベンチにそのまま座って溜め息をつく。ひとつ灯りの電灯といい、雨上がりの匂いといい、なんとも哀愁があって今の僕には落ち着けた。

 夜の公園なんて誰もいない。人が通ることも滅多にない。一度だけ通りを自転車が駆け抜けて行ったけど、こんな暗闇の公園で人を探すようなこともしないだろうしね。

「はぁあ……」

 せいせいした、ってほど実はスッキリもしていないんだけど。とにかく今は頭を冷やさないと。明日はアルゼレアとなんとか話して、必要ならお別れを告げてでも僕はフェリーに乗る。そうだ、意志は固い。

 僕は幸せになりたかったはずだった。大富豪とか有名医師になんてならなくても良いけど、平凡で問題のない生活こそ僕の描く幸せなんだよな。一年を無事に過ごせば僕は医者に戻れるわけで。精神医として成長していこう。

「……はぁ」

 ため息ばっかりつくなよ。と、心の中で自分自身に言った。だんだん座っているのもだるくなりベンチに横になった。雨でビチャビチャに濡れたところに背中をつけたわけだ。じんわり冷たい。でも今ならそれなりに悪くないかもしれない。

 このまま眠ってしまおうかな。風邪を引いてしまうかな。どうせ空を見上げたって曇天だ。それなら目を閉じても、腕でまぶたを覆っても一緒だろう。 

「あーあ。嫌になる」何もかもだ。

 こんな夜のベンチで横たわる僕に優しく声をかけてくれる人も現れた。ものすごい勇気だよなと思う。でも僕は酔っているふりをして遠ざけた。「友人が迎えに来てくれるので大丈夫です」と言った。

 人が去って静かになったら僕はまた落ち着ける。とはいえ、ひたすら溜め息をついているだけなんだけど。それがリラックスを生んでいるんだ。現実逃避で間違いないよ。僕は明日アルゼレアに言い出すのが何よりも億劫だから。

 アルゼレアは勇気があってすごい人なんだ。無謀な人だと最初は思っていたけど、きっとあんな風に熱意で動ける人が大物になっていくんだと、どこかで僕は感じた。吊り合うには僕が平凡過ぎたんだよ……。

「あーもう。やめよう、やめよう」

 アルゼレアのことは考えたくない。今の僕は、この不幸の連鎖を生んだのを彼女のせいにもしてしまいそうだ。


 少し風が出てきて寒くなってくる。背中が濡れているせいもあり底冷えみたいなものが起こっているのかもしれない。そろそろ宿を探すなり、職場で仮眠を取るなりしよう。そう決めてベンチに座り直した時だ。

「ご友人は来られましたか?」

 何人か追い返した善人の中に、ひとり飛び抜けて優しい人がいたらしい。その子は公園の入り口から僕の方へ近づくところだったみたい。寝ている酔っ払いが急に起き上がったからビックリしたのだと見える。

 でも実際ビックリしたのは僕の方だった。

「あ、あれ? 君……アルゼレアじゃない?」

 正直、街の方の逆光で顔はよくは見えていないんだけど。声の感じとシルエット。それと無意識の希望を持って僕はその名を言ったのかもしれない。

 女の子は答える前に僕の目の前にやってきた。片手を突き出して缶を渡してきたんだ。

「ジュース。飲みませんか?」

 その手が黒いレースで覆われていたから間違いなかった。

「あ、ありがとう……」

 冷えた缶ジュースを受け取ったけど、ラベルを眺めたらそのままストンと膝の上に置いた。せっかく出会ったアルゼレアには僕からこう言う。

「ごめんね、今ちょっとやさぐれてるんだよね」

 気を使って僕のために持って来てくれた缶ジュースだって分かっている。普段ならその優しさをありがたく受け取って栓を開けるけど、今は開けたい気分にはなれないんだ。

 そんな小さい男だなんて見損ないました。とでも言ってくれて良いし、なんなら無言で立ち去ってくれたって良いよ。そっぽ向いている僕はたいへん大人気ない。そんな時だって僕にもある。

 アルゼレアは苦言を言うでも去るでもなくて、そっと僕の隣に座った。ビチャビチャだったベンチの水気は全て僕の背中で吸収してあった。だからアルゼレアが座るには問題ない。

 ただし僕からも彼女からも会話が引き出されるということもなく。手元で転がしている缶ジュースもぬるくなりつつあるだけだ。


 日中との寒暖差が身にしみる。遮るものが少ない公園では、ひゅるるっと風が吹き抜けていた。すると濡れた僕の背中には特にスーッと冷気が通ってくる。

「帰らないとお兄さんが心配するよ」

 ようやく出てくる言葉がそれだなんて。もらった缶ジュースは開けずにまだ手元にある。

 僕がここに居る限りアルゼレアが帰れないということなら、僕から先に去ろうと思った。するとアルゼレアが「聞いても良いですか?」と言う。生活のちょっとした疑問を尋ねるよりもずっと重みがかかった声で。

「どうして私と付き合ってくれたんですか」

「……」

 雷がどんと落ちるような衝撃もない。とうとう僕が正直に打ち明けなくちゃならなくなったんだなと思うだけだ。

「君のことが好きだからだよ。でもちゃんとした気持ちは定まってない。歳の差なのか経験なのか理由がハッキリしないのもあるし、結構モヤモヤしてる」

 そう伝えた上で、やっぱり何かいたたまれなくなって「ごめんね」と付け加えた。アルゼレアは首を振っていたけど、それからも黙ってしまって何か考えているみたい。

 僕が前向きになれるアドバイスを見繕ってくれているのか。それとも二人の未来に終止符を付けるべきか考えているのか。いつも僕はアルゼレアの無表情から読み解こうとしていた。……こうして、やさぐれていなければ。

「ねえ、ずっと何を考えているの?」

 聞いたものの、ちょっと心が落ち着かなくて足を組む。口下手な少女が話してくれるだろうか。一言で片付くだろうか。

「それは……フォルクスさんが、その。本当に私が好きなのかなと……考えています」

「え。好きだよ? 好きじゃなかったら会いに行ったりしないし」

「でも」

 僕の言葉を遮ったアルゼレア。「でもですよ……」と、何度も「でも」を重ねていて言い出しにくそう。

 もしかしたらこれがアルゼレアとの最後の会話になるかもしれない。この後お別れをして翌朝には海を渡ってしまう可能性の方が高いわけで。だったら頑張って言ってみてほしいと彼女を応援した。そうしたら顔を両手で覆いながらで言った。

「お家に上がっても……何も無かったことが……わりとショック……で……」

「家? 僕の家?」

 コクリコクリとアルゼレアは頷いている。

 えっ、と思った僕だったけど。ハッとしたら頭を抱えた。足なんか悠長に組んでいる場合じゃなかった。待て待て待て待てと冷静になろうと頑張る。

「ええっと、それは。……何かあっても良かったってこと?」

 コクリコクリとアルゼレアはまた頷いているじゃないか。

 いやいやいやいや。まだ冷静になろう。だってあの時はそういう感じじゃなかった。ジャッジも居たし。寝てたけど。……いや、確かに。奴は寝てたけどさ、それをチャンスだなんて思わないじゃない!?

「あ、あれはだって仕方がないよ! ジャッジも居たし、そういう雰囲気じゃなかったのもあるし! それにだよ? 本当にそういう、あれの時は、ちゃんと準備とかするし! 僕だって色々考えてからするから!」

 顔を覆うアルゼレアと頭を抱える僕。しかし僕はますます頭を抱えて項垂れた。勢いで一部言葉選びを間違えたかもしれない。「するから!」って何だよ。破廉恥丸出しじゃん。

「あの……他にもあって」

「聞かせて!」

 この際だ。絶対色々勘違いしている。

(((次話は明日17時に投稿します


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