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あなたの方が好感的です。

 アスタリカ国立図書館はまだ平和とは言えないかな。一部では営業再開したみたいだけど、火災の復興工事が進められているから、あっちこっちから工事の音が止まないみたいだ。

 加えて、ニュースの内容から報道者関係の人が訪れてもいるらしかった。『アスタリカ政府とエルサ教会が友好協定を結んだ』と、めでたい雰囲気ではあるけど。疑り深い記者は、一体どんな裏があったのかと躍起になっているよね。

 僕はなるべく街頭インタビューに当たらないよう、避けながら図書館内へと踏み入れた。まだまだ焼け残りがある痛々しい内観だ。

 貸し出しカウンターで手続きをしてもらっている間、そっと視線を向けるのは図書館作業員の仕事スペース。大きな窓ガラスで内部が丸見えの作業員室だ。そこに赤髪の彼女が仕事をしている。

 アルゼレア。真剣な眼差しで何に取り組んでいるのかでは分からない。でも彼女が好きな本と向き合っているのは間違いない。僕のことなんて本当まったく気づいてくれないもの。

 ……気付いてくれたとしても、ちょっと今はぎこちないかもしれないか。「別れましょう」とアルゼレアから提案されて、僕はその答えを待ってもらっている。「ちょっと考えさせて」と言っておいて全然考えられていないんだけど。

「貸し出しカードをお願いします」

「あっ、すみません」

 出したつもりが出していなかった。

 再びアルゼレアを見ていると、この場所にふさわしくなさそうなキラキラをまとった青年がいるのに気付く。青年と言っても僕より年下、アルゼレアより年上だ。そんな彼がアルゼレアに何を楽しそうに話しかけているのか。

「では、また返却の方お願いしますね」

「……」

「お客様?」

「……はい。ありがとうございます」

 たまらない気持ちにはなるけど、僕からどうすればいいのかも分からない。とにかく見ないようにするしかないんだ。ジャッジが言う通り、アルゼレアはあの王子様の方が素敵だって思ったのかなぁ。なんて考えてしまうから。


 工事音と埃を運んでくる広場では立ち止まる気にはならない人が多いけど、僕はどうしてかいつもここで本を開く。ひとりでベンチに座って資格本を眺めるのが休日の日課ってやつ。単純に居候と顔を合わせたくないってのも理由。

 しかしいつもはひとりなんだけど、今日は僕に声を掛けてきた人がいた。

「こんな場所で資格勉強ですか。キャリアアップとは流石ですね」

 暑い日差しに目を細める必要もないサングラスだ。まさかマーカスさんともう一度出会うなんて思っていなくて驚いた。

「集中出来そうですか?」

 おそらく騒音のことを言っているんだ。僕が工事音に気を取られている間にマーカスさんは隣に腰を下ろしてしまった。一体ここへ何をしに来たんだと身構えてしまう。

「ジャッジに逃げられたんですか? ここには居ませんよ」

 何となく共通話題を振ったら、マーカスさんに鼻で笑われた。

「彼と話しても特に得られるものはありません」

「得られるものがないって」

 結構グサりと刺すようなことを言うんだな。僕も同感だけど、さすがにもうちょっと包んで物を言うよ。

 それから二人の会話が続かないのは不思議でもないことで。僕は資格本を開くに開けなくて、図書館の景観をずっと眺めている。すると入り口から知った姿が現れた。

 アルゼレアが中央入り口から出てきたんだ。しかし、ひとりじゃない。彼女に付きまとっているのがイビ王子。二人とも僕が広場にいるだなんて知らずにどこかへ行ってしまう。

「あれは何ですか?」

 マーカスさんが聞いた。あれというのはアルゼレアと居た男について僕にたずねたようだ。

「アスタリカの王子様だそうです。アルゼレアに最近ずっと付きまとっているんですよ」

「なるほど。お手伝いさんですか」

「いや、一般人です。アルゼレアに好意を寄せているんですよ」

 なんだって!? なんて荒げることはなく。リアクションもものすごく薄い。「へえー」と聞こえたか。空耳か。

 それ以上僕からも告げるものがなくて、じっと前だけを見ている。そうするとアルゼレアが戻ってきて図書館の中に入った。当然イビ王子も一緒にだ。

 どうやら仕事中のアルゼレアは、外から荷物を運び入れているみたい。しかしイビ王子はそれを代わりに持ってあげるなんてことはしない。僕には信じがたい光景でしかない。

 黙っていたマーカスさんがようやく溜め息のようなものをついた。

「あれでは良くないですね」

 僕から「仕事の邪魔をしてますよね」と言うと、短く「ええ」と返される。

「いくら王子様だとは言え、あんなに執着する男性は滑稽です。立場や状況を見て、一歩引いて接することができる男性こそ大人だと思いませんか?」

「はい。僕もそう思います」

 即答に近い。なにせ僕の方はそうしようと常々心がけている。マーカスさんがもう少し続けて話した。

「踏み込むことだけが男の誠意じゃないですよ。相手を大事にしているからこそ見守る優しさがあるのです」

 僕はうんうん頷いている。首が痛くなっても仕方がないほど同意していた。

 どうかそれをジャッジにも話してほしい。僕がアルゼレアに積極的になれないのは、好意が無いとか性的魅力を感じないとか、そういう事じゃないんだと語ってほしい。

「フォルクスさん、私はあなたの方が好感が持てます。お二人が一緒に歩いているだけでもアルゼレアさんを気にかけているのがよく分かりますからね。あの彼よりも、あなたの方がよっぽどジェントルマンで素敵です」

「あ、ありがとうございます」

 思いがけなく僕のことを褒められている? それに、心なしかマーカスさんが若干怒った様子にも感じた。いつものように口角をあげたり、眉を動かしたりしなかった。

 それにしても……マーカスさんがこんなにも恋愛について意見を言えるなんて。思ってもみなかったことだ。

「マーカスさんは、ご結婚されているんですか?」

 ふとよぎった疑問を僕は口にした。とっても失礼ではあるけど、こんな人が家でくつろいだり家族と過ごしている情景が浮かばなくて。サングラスを外した目はとっても怖いし。

 するとマーカスさんは「はい」と答える。

「妻と、四人の子がいますよ。……こう言ってもあまり誰も信じてくれないんですけどね。それにもう九年も家族には会っていません。長女は二十二歳になって、もう結婚もしているかもしれないですね」

 それを悠々と語るのがマーカスさんだ。奥さんと成人を過ぎたお子さんを放っているなんて、すごく冷たいじゃないかと僕は思う。

「それって愛してるんですか?」

「さあ」

 酷いですね、と僕から言う前に、鉄を切るような激しい金切り音が鳴りだす。建物から出てきた作業員が顔をしかめながら横切って行った。僕は人の事情に別に口を挟まなくてもいっか、となった。

 何となく工事の音が激しい間は黙っている。工事の音が止んだらマーカスさんが告げた。

「付き合っていても互いの気持ちの確認は大事ですよ。大丈夫だって思っていても、ズレは必ず生じてしまいますからね。一番怖いのは、通じ合っているはずだと思い込んでいることです。時間が経つほどに取り返しのつかない結果になってしまうかもしれませんから」

 話を飲み込もうとしていると、マーカスさんは立ち上がっていた。

「恋敵に負けないように。応援しています」

「あっ、あの!」

 声を掛けたけど立ち止まらずに去っていく。バス停の方へ向かったけど、バスには乗らずに歩いて坂道を降りていったみたいだ。別に追いかけてでも言うことでもないかと思って僕は居残った。

 それに彼は結局何をしに来たんだろう? 分からないままだけど。それより僕に残った妙な嬉しい気持ちが暖かい。

 マーカスさんを引き留めてまで何かお礼を言おうとした。理由は、思いがけずマーカスさんが僕のことを少し理解してくれた気がしたからだ。


(((次話は明日17時に投稿します


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