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失われたオソード2 〜虚しさ

「真相を確かめねばならん。部外者は牢屋行きだ」

 ロウェルディ大臣の顎の動きも手伝って兵士に合図が出された。それで僕の腕が後ろ方向に引かれた。やや引きずられながら退室を強いられる。

「アルゼレアを! 彼女を放して! アルゼレアはオソードを盗むなんてことはしていない!」

 僕の抵抗は誰の耳にも届かない。聞こえてはいるだろうけど無いものとして扱われている。

 扉のところでは足を開いてでも僕は抗った。彼女を守りたいから一緒に行動したっていうのに、ひとり残して僕だけが連れて行かれるなんて絶対にダメだ。

「彼女は司書です! 本のことなら誰よりも愛している! 人のものを盗むこともするわけがない! 仮にやるとしたら僕の方だ!」

 後ろから引かれる力に踏ん張ると、人手は増えてきて前から押される力も与えられる。どんなに滑稽でも絶対に退出はしないと争い続けている。

 僕には無視を決め込むロウェルディ大臣だけど、アルゼレアには白状させる脅しとして「友人が大変そうだ」と告げた。それによって心配そうにチラッと振り返ったアルゼレアだった。

「そうだ。トリスをセルジオに渡したのも君の仕業だったのだな?」

「アルゼレアじゃない! 僕がやったことだ!!」

 声を張ってアルゼレアの弁論を出す。どうしても。どうしてもアルゼレアを処刑させたりなんかしない。何から何まで本当にアルゼレアは悪いことなんてひとつもしていないから。

「なんて見苦しい男なんだ。見るに耐えんな……。早く連れて行け。弱者の戯言に構うな」

 総勢による兵士の圧力が強くなる。さすがに部屋の外へ流し出されてしまうと思ったその時、アルゼレアが声を出した。

「私ではありません……」

 声の主にギロリと大臣の目が行った。

「白銀の妙獣は私ではありません」

 掴まれたままの喉でも懸命に告げた。

「本に火を着けるなんて許せない……本は故人の想いと言葉なのに……人を殺すのと何も変わらない……」

「ほう。故人の遺言書とでも言うのか」

 面白い考えだとロウェルディ大臣はアルゼレアから手を離した。彼女は咳き込んでいて、その場に少し倒れるような形で解放された。「静かにしろ。この娘の話を聞いてやる」そう心変わりをしたようだ。僕を連行する兵士もおとなしくなる。

「で? それは君がオソードを盗んでいない事の理由になるかね」

「……なりません。私が妙獣でない理由もありません」

 ロウェルディ大臣は眉を曲げたけど、アルゼレアは「でも」と続きがある。しっかりと立ち上がってから突きつけた。

「焼かれたページはもう二度と戻っては来ない。著者より未来に生きている私たちに、彼の話す言葉はもう聞くことが叶わないんです。偉大な教授の口を封じたことがどんなに罪深い事か。分かりませんか」

 そうしてしばらく彼女と大臣は睨み合っただろう。大臣はたった一言「怒っているな」とだけ口にしただけだ。僕からはアルゼレアのしゃんと伸びた背筋が見えて、彼女の頼もしさだけが感じ取れている。

 アルゼレアの言葉の重みが大臣に伝わるか。それとも擦り傷も作らないか。二人でしか解決しようのない空気が流れていた。だけどここではゼノバ教皇が割って入った。

「ここまでにしよう、ロウェルディ。この二人に罪は無い。どうか彼女の熱意に免じて信じてやってほしい」

 椅子に座ったままで言葉だけを飛ばす教皇を、ロウェルディ大臣が振り返ることはしないようだ。まだ一点にアルゼレアを見つめていて何かを探っているのはそのまま。教皇の指図は受けないという行動なのか。

「扉で留まる君も落ち着きなさい」

 これは僕への言葉だ。

「申し訳なかった。確かに国立図書館に指示を出したのは私です。君の言った通り、事件はアスタリカ政府の責任に変えようと図ったものでした。これまでの報復という意味もありますが、実はそれだけではないのです……」

 ゼノバ教皇は机から出てきてロウェルディ大臣の肩を少し叩く。ようやく大臣の睨む目はどこかへ向いたようだ。あとは教皇の優しさのある微笑みがアルゼレアを救うみたいに見ている。

「オソードには私たちの基盤となる秩序が書かれています。それは教科書になり得る物語であり、この世を作った設計図でもあるのです。改正版とは違って、悪の手に渡れば非常に大きな危険を伴うでしょう。しかし私は妙獣を誤解していたみたいですね。誰かの手に渡らぬように施した措置が、まさか己の身を焼いてしまうことになるとは。間違った行動をしてしまった。本当に申し訳ない」

 白髪の頭が僕らに向けられた。深々と謝罪をするゼノバ教皇は、向きを変えてロウェルディ大臣にも頭を下げていた。

「申し訳ない、ロウェルディ。私の意地があらゆるものを混乱させてしまった」

 大臣はさっと身を翻して机の方へと向かう。

「部外者は外へ出て行け。その若者二人ともだ」

 機嫌は最悪だけど席に着くと、ゼノバ教皇にも同じように座れと命令を出している。これから協定を作り直さなくてはならないと苛ついているみたいだった。



 * * *



 アルゼレアの手を引いて足早に歩く。どこに行けば良いのか考える間も無くて、転びそうになるアルゼレアに気遣ってあげることも出来なくて、僕はとても不機嫌だった。

 雨が降りだす街の中で、とにかく人目につかない裏道の店先で彼女を待たせた。店は閉まってあったから、屋根の下で軽く雨宿りをしていてと言ったんだ。

 一番近くで開いている店はたぶんパン屋だったと思う。僕はそこから出て、真っ先にアルゼレアの元へと戻る。

「どうしたんですか?」

「……」

 僕の手は冷たい。心みたいに。片手に握ってきたハンカチをギュッと絞って水気を切り、アルゼレアの赤く腫れた頬にそっと当てた。

「しばらくの間、当てておいて」

「あ、ありがとうございます」

 冷たいハンカチに添える手はアルゼレアに任せる。僕の両手が空いたら、たまらずにアルゼレアを抱きしめていた。彼女が僕の名前を呼ぶ度にギュッと腕に力が入ってしまう。

「ごめんね」

 酷いことをした。僕がアルゼレアを守ってあげようとしたはずなのに、彼女の頬は痛々しい。どこかで涙を拭ったかもしれないけど、まつ毛が少し濡れていたのを僕は見た。

「ごめん……」

 頼もしく見えていた彼女の背中だったけど、初めて抱きしめてみると小さくて華奢だ。僕の弱っちい力でも壊れてしまいそうなほど脆くて愛おしい。

「フォルクスさん、泣いていませんか?」

「泣いてるよ。悲しいから」

 滑稽で弱者の男だ。そんな奴を引きはがそうとする彼女の手を遮ってでも、僕は彼女を抱きしめていたいし、かける言葉はたったのひとつしか見つからない。

「もう帰ろう。一緒にアスタリカを出よう」

 ずっとずっと考えていたはずなのに。どうしてここまで来てからじゃないと言えなかったのか。本当に僕はひどい男すぎる。

「フォルクスさん」

「……」

「私は帰れません」

 大事にしたかったものが一気に手のひらから溢れていく感覚だった。自然に腕に力が入らなかったのか、抱きしめていた肩も離れていた。僕に涙を見せない彼女と目が合う。

「私、やりたいことを見つけました」

 僕の決意は遅かった。

「アスタリカで?」

「はい。アスタリカで」

 いつも通りの気持ちを表さない顔で言うんだね。もっと寂しそうにしたりしてくれても良いのに。

 降り出したものの強くならない雨だった。しとしと降り注ぐ水が僕らの上の屋根に落ちても、そんなに音は立てないらしい。足元で水が跳ねるということも無いらしい。

 日常に近いムードで助かったかも。じゃあ、これから遠距離恋愛だね。って笑って言うのも平気かなと僕は思った……。

「お別れした方が良いですよね」

 アルゼレアの方から言われたんだ。途端に僕は何も言えなくなった。目を合わせるのもぎこちなくて、こっちから逸していた。

「お別れしましょう。フォルクスさん」

 まだ雨はしとしと降っている。いっそのこと土砂降りになって、僕とアルゼレアの今を塗りつぶして欲しいのに。そうはならなくて。

(((次話は明日17時に投稿します


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