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失われたオソード1

 大きな扉を一気に開け放した。すると中に居た人物はそれぞれ顔を上げた。「君たち!」と、言うのはほとんど同時。会議室の大机に座ったロウェルディ大臣とゼノバ教皇だ。僕もアルゼレアも御二方と顔見知りだからそうなった。

「ここで何をしている」

 驚いていてもロウェルディ大臣は冷静にものを言った。

「すぐに外へ出せ」

 アスタリカ警察が僕らを抑えに動き出した。それだとすぐに捕まってしまうというのは分かりきっていて、早々にアルゼレアから要件を伝えることにしている。

「ゼノバ教皇。オソードを見つけました。白銀の妙獣に会って、オソードのあるところを聞いたんです」

 アルゼレアはカバンから紙を束ねただけの冊子を取り出している。オソードに関してはそれほど関心のないロウェルディ大臣だったかもしれない。しかし彼は「妙獣と会った……?」と、呟いて固まっていた。

「え、衛兵……待ちたまえ」

 アスタリカの衛兵は指示に忠実で、僕やアルゼレアを捕まえる手を離してくれた。一歩引いた場所から視線だけは離してくれないみたいだけど、それでもこの場に居させてくれるだけありがたい。

 そっと近づいてきたのはゼノバ教皇だ。白髪の頭より顔色が少し悪いように僕からは見えた。大臣と何の話をしていたのかは分からない。だけどアルゼレアからオソードの冊子を大事そうに受け取っている。

「オソードがあったのか」

「確認してください。でも、全部じゃありません」

 それを聞くとゼノバ教皇は受け取った冊子の厚さを確認したんだろう。

「白銀の妙獣は未完全の状態で物を返してくる」

「はい。ですが、オソードの損失の理由は図書館の火事です」

 ゼノバ教皇の眉間。それからロウェルディ大臣の口元が少し動いたのを僕は見ている。「一旦確認してみよう」と、仕切り直すのはゼノバ教皇。彼は椅子に座ってからメガネをかけ始めた。

 ペラペラと紙が擦れる音。それ以外は無音だった。壁掛け時計も音がならないタイプで、僕らと一緒に教皇の一言を待っているみたいに静かだ。

「……本物です」

 求めていた答えだ。だけど誰が喜べただろう。

「私も確認してみよう」

「ああ。是非そうしてくれ」

 大臣の手でも二枚ほどめくられた。特に異論はないみたいだ。そっと深刻な顔が上げられると、真っ直ぐにアルゼレアを捉えている。

「妙獣は、何か言っていたかね?」

「はい。御二方に伝言を」

 白銀の妙獣から伝えられた言葉。

『どちらかが奪えば身を滅ぼすのはどちらもだ。破滅への道は作られた。もう過去はあなた方を支援しない。これは未来よりの警告である』

 それを僕はここへ来るまでの道中で聞いた。ずいぶん強い口調だな、と僕はアルゼレアに言ったけど。白銀の妙獣は白髪の少女だったらしい。夜間に現れて、軽々と飛んでいくかのように、二階のベランダから姿を消したんだと。

 神業の少女を信じていないわけじゃないけど。その話を聞いた時は特別何かを思うこともなかった。

 しかし今は違った。アスタリカ帝国の指導者として立つロウェルディ大臣。それからエルサ教徒の父にもなるゼノバ教皇。この二人に突きつける言葉の意味が僕には分かった。だから僕からも言及させてもらう。

「図書館に火を放ったのはどちらなんですか?」

 新聞やニュースでは連日エルサ教による暴動事件が報じられている。それは確かにエルサの民などの過激派集団によるものが多数かもしれない。だけど、そうとも限らないらしいじゃないか。

「ロウェルディ大臣。あなたが起こした事件でさえも、メディアの書き方次第ではエルサ教の不祥事に仕立て上げることが出来てしまいます。各地に根付いているエルサ教の団結力を抑えるためには、あなたの威厳が十分に力を持つものだと思います」

 それからもう一方。

「ゼノバ教皇。国立図書館に火の手が上がらなければ、あなたを疑うことはありませんでした。オソードへの襲撃がアスタリカの仕業となれば良かったでしょうが、メディアはこの時でも大臣の味方でしたね」

 名探偵をかぶって言い当てたつもりだった。さすがにただの一般人の言葉だけだと大臣には影響を与えられないみたいだ。ただしゼノバ教皇の方はそれより分かりやすかった。教皇は汗が止まらず、ひたすらに足をゆすっていたからだ。


 そんな中で大笑いが響くことになる。辛い顔をしたゼノバ教皇ではなく、ロウェルディ大臣の方だった。あまりにおかしいとお腹を抱えて喘息気味に笑っていた。

「名演技だな、君たち。ずいぶん練習をしてきたんだろう。我々の会談に余興をありがとう」

 大きな両手をゼノバ教皇の肩に置く。

「精度の高い脚本だった。教皇がすっかり信じ込んでしまったよ」

 悠々とした態度にアルゼレアが言おうとしたけど、大臣の片手によって遮られてしまう。

「もう結構だ。私はこの滑稽劇は好かないな。おい、さっさと外へ出せ」

 待機していたアスタリカ兵士が僕やアルゼレアを取り押さえようとする。アルゼレアには一人、僕には二人で大男が対応し、両手首や肩を掴もうと腕を伸ばしてきた。

 アルゼレアよりも僕の方が扉に近い。連れて行かれる前にアルゼレアの話だけは聞いてもらわなくちゃならない。

「待ってください! アルゼレアの話を聞いてください!」

「ああ、聞いたとも。我々を侮辱する言葉を並べていたな。ベル・アルゼレアは罪人だ。牢屋へ連行しろ」

 決死の抵抗で僕は戸口で踏ん張る。

「白銀の妙獣の言葉を伝えただけなのに、どうしてアルゼレアが罪人になるんですか!」

 そこでまたロウェルディ大臣は笑っている。「教えてやろう」と告げれば、兵士も腕を引くのを一旦は止めてくれた。大臣はいつかと同じ不適な笑みを浮かべながらに言う。

「白銀の妙獣など存在しない。オソードを盗んだのはお前たちの自作自演だ」

「違います!! 僕たちは何もしていない!!」

「ならば言い方を別のものにしようか……」

 こっちに足を運ぶ大臣。そのまま僕の目の前にまでやって来るのかと思った。しかし大臣が足を止めたのはアルゼレアの前だ。突き刺すような眼光でアルゼレアを睨んでいる。

 彼女を守らなくちゃともがいても、男兵士二人の握力から逃れられない。あまりに大臣が近づくと、アルゼレアは恐怖で固まっているんじゃないかとその背中が心配でたまらない。

「セルジオだな?」

 僕からはニヤリと笑う大臣の悪い顔が見えている。

「セルジオだろう」

 静かにアルゼレアが首を振った。その途端にひどく乾いた音が部屋に鳴り響く。僕は息が止まった。アルゼレアの小首がやや左側に向いて、ひとつだけすんと鼻をすする音が僕に届いた。

「アルゼレア!!」

「黙たまえ、若造よ。私はベル・アルゼレアと話がしたいのだ」

 ずれた視線は大臣と真っ直ぐ合うように。アルゼレアは顎を持ち上げられて位置を正されている。僕には彼女の荒い息と、時々鼻を啜っている音しか感じられない。胸が張り裂ける。

「やはりセルジオの回し者だったわけか」

「……ち、違います」

「マーカスの差し金でオソードを盗んだのか」

「……違う」

 か細い彼女の声が痛々しい。

 いつまでも否定を続けるアルゼレアに、ロウェルディ大臣はそこまで苛つかなかった。何故なら別のパターンも用意していたからだと後で分かる。

 ある程度まで詰問した大臣は、ふと「そうか……」と漏らす。僕らがセルジオと無関係であることを悟ったんだとは、ほんの一瞬だけ希望としてよぎった。だけど違った。

「……なるほど。君が白銀の妙獣か」

 細められた目で見られたアルゼレアは「えっ」と小さく声を出した。

「良い赤毛のようだな。カツラでも被っていたか。それとも染めたか。人の物を盗んで楽しむ怪盗め。オソードにまで手を出すとは、これは神への冒涜以外何でもない」

「違います、大臣」

「黙れ!!」

 窓をも震わす叱責をかけた。それだけでなくロウェルディ大臣はアルゼレアの喉を掴んで持ち上げている。

「やめろ!!」

 叫ぶ僕には大臣が緩やかな微笑みを見せるばかりだ。ならば後ろの席で黙ったままのゼノバ教皇を仰ぐ。

「アルゼレアは白銀の妙獣じゃない!! ゼノバ教皇ならお分かりでしょう!!」

 しかし言葉が届いても何かを返事するということは無かった。しきりにアルゼレアが集めたオソードを見つめて何を考えているのか。

「敵が誰だかハッキリしたな」

 大臣が呟いたものはゼノバ教皇の返事を呼んだ。僕にではなく、眼鏡を置きながら独り言のように言った。

「私たちの協定を書き換えなくては……」

(((次話は明日17時に投稿します


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