修羅場相手は王子様
ただの身体的疲労にリハビリなんて必要ありませんよと笑われる。対して僕は「そんなことはありません」と譲らない。
この病院の悪い部分を見てしまったな。入院日数を伸ばすことで儲けようとするなんて、意外と考えが古い病院だったみたい。
「回復に協力的な患者さんで助かりましたよ、先生」と、外科医の本物の主治医先生に言われるのは、ちょっとした嫌味だったみたいだけど。医者として就職する前に見学出来てよかった。僕の入院生活も無駄じゃなかったってこと。
……さあ。日を経てようやく病院の外に出られた僕は、これからが正念場だと気合を入れていた。船で元の場所に帰る前に、アルゼレアに近づく青年とやらを見極めなくちゃならない。
イケメンで、紳士で、キラキラのその男がアルゼレアにどんな風に接しているのか。そもそも誰なのか。アルゼレア本人に聞き出そうと思う。
両手を握って歩ける僕には入院荷物は何もなく、その足で国立図書館へ向かってやるぞと意気込んだ。生ぬるい風が顔に当たって湿気をまとう。雨が降り出しても僕は止まらないぞ! と、そんな気分。戦士のように旗を翳しているかも。
バス停に並ぶ人の具合を見たら、そろそろバスが来るんだと分かる。幸先が良い。不幸続きの僕のパワーを侮らないでほしい。もう落ちるところまで落ちたはずなんだから……。
「フォルクスさん!」
前ばかり見ていたら、ふと名前を呼ばれた。それは視界にも入っていない横からで、しかも見ればアルゼレアがいた。悠々とはためいていたはずの僕の勇士の旗がゆっくりと項垂れていたと思う。
彼女はトコトコと駆けつけてきて僕を心配そうに見上げる。
「大丈夫でしたか、もう平気なんですか」
「うん。全然。この通りだよ」
僕はぐるぐると腰や背中を回して、もうビキッとならないよと見せた。彼女は心底安心してくれたかのように息をついてくれた。心配させちゃったことは少し悪かったなと思った。
しかし両手で胸を抑えているアルゼレア。僕が元気になった事だけだと、まだ何か冴えないみたいだ。彼女が言い出そうか迷う時には、よく俯いて唇を震わせていることが多い。
「何かあった?」
図書館に何か。もしかしてオソードに何か。
すると「おーい!」と、呼ぶ声が聞こえた。人の出入りが多い病院付近だ。迎えに来た人だろうと思ったけど、次には「アルゼレアー!」と呼ぶから、そっちを見てしまう。
青年、ハンサム、キラキラ……三つが揃った人がこっちに走ってくる。
「いきなり車を飛び出して駆け出すから追いつけないよ。アルゼレアはとっても行動派なんだね」
爽やかな汗を畳んだハンカチで拭う青年だ。青年と言っても身長が僕より少し高いし、ガタイもまあまあ良いので十分大人の風格があるけども。
「だ……誰?」
青年はキラキラの瞳を僕に向けた。
「君が、噂のフォルクス君だね? 会えて嬉しいよ!」
片手を差し出されるけど僕は受け取れない。もう一度「あなたは誰ですか」と聞いた。それでも彼は快く握手の手を引ける人物のようだった。
「イビ王子です。アスタリカ帝国の王子様です」
「なっ!?」
彼ではなくてアルゼレアが答えるのか。
百歩譲ってこの彼が自分で名乗るなら信じてあげないかもしれないけど、アルゼレアが言うんじゃ仕方がない。で、でも。王子様がどうしてアルゼレアと一緒に……そうだ。車? 車で来ただって?
チラッと車道の方を見る。バスがちょうど人を乗せて出発していくところだ。そして人だかりが出来ているところを見たなら、立派な外車が一台止まっているじゃないか。
「あ、アルゼレア? これは一体……」
どんなドッキリなの? 僕の退院日にサプライズを送るような人じゃないじゃないか君は。アルゼレアが僕に対して躊躇っているのが、一体何故なのか全然見当もつかない。
イビ王子がアルゼレアの肩に手を置く。
「無理はしなくて良いよ」
優しい声で言った上、優しい目線を向けるんだな。だけどアルゼレアがそのイビ王子の手をサッと払い除けていて、僕は救われた思いがしたかもしれない。
「フォルクスさん。私、ロウェルディ大臣とゼノバ教皇に会おうと思うんです」
それを聞いた瞬間、まただ。と、僕の頭を過っている。
「オソードを返しに行きます。おそらく半分にも満たない枚数だとは思いますけど。これは必ずお二人に渡しに行かなくてはいけません」
「どうして? 彼に渡して貰えばいいじゃないか」
イビ王子が割り込んで「だろう?」と言う。アルゼレアの顔を覗き込んだ。
「王子のボクなら大臣の使用人にすぐに渡せるのに」
「ダメなんです。私がオソードを返さないと意味がないと……」
強気で突っぱねるアルゼレアだけど、続きには言葉を詰まらせるみたいだ。
「処罰されるかもしれません。投獄じゃなくて死刑になってしまう可能性もあります。危険が及ぶところへは一人で行きません。だからフォルクスさんも一緒に」
ああ、僕が以前にアルゼレアに言ったことだ。彼女は危なっかしい。すぐに一人で走り出してしまうから守ってあげたくて、そんなことを言ったんだった。でも残念ながら僕は自信をなくしている。アルゼレアのことは守れないかもしれない。
「僕にできることは無いかもしれないよ」
「側に居てくれるだけで良いです」
「けど……」
アルゼレアより上を見るとイビ王子と目が合っている。彼はひょいと肩を持ち上げてやれやれという感じだ。どうして王子様がアルゼレアと一緒にいるんだ? 自信をなくしているのとは別に、そっちはずっと謎のまま。
「彼氏が困っているよ。もうボクたちで行こう?」
スッとアルゼレアの腰に手を回している。僕はその手つきだけが妙に目についた。その一点だけが無ければ、少々悲しくてもアルゼレアと王子様の背中を見送ったのかもしれない。
アルゼレアはちょっと頷いて去って行きそうだった。さっき肩に触れられた時は嫌がって払い除けていたけど、なんだかもう優先事項から僕を外したのかな。
彼女の中で本に負けるのはまだ許せるけど。仮にあのキラキラ王子様の方が頼り甲斐があるって思われるんだったら、ちょっと心外。
もしもここで僕たちがお別れするとなると、まるで僕がこの男のために身を引いたみたいじゃないか。やっぱり心外だ。
「待って。分かったよ」
言うとアルゼレアがすぐに僕を振り返った。その隙に王子様には「手を退けてくれますか」と告げた。謝ってはくれなかったけど、人の恋人に腕を回すというのはやめてくれた。
彼を置いてバス停へと歩いていく。
「ちょっと君たち!? 車を出すから乗っていくといいよ!?」
聞かなくていい声だ。別にアルゼレアも王子様とはいえ好意的じゃないみたいだから、揺るがなく僕に付いてきてくれる。当然だよ。アルゼレアは本と僕が好きなんだから。
「知らない人の車に乗っちゃダメだよ。心配になるだろう?」
「はい。すみません」
バスはもう出てしまっている。だったらタクシーを拾おう。最近のニュースでロウェルディ大臣とゼノバ教皇の会談の話題が盛んだった。おそらくどこかの会館に二人でいるはずだ。
(((次話は明日17時に投稿します
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