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怪我人として入院

 国立図書館テロ事件から数日が経った。以前として僕はよく通い慣れた病院にいる。しかし入院ベッドで寝たきりなのは稀にないことだった。

 季節感を感じることのできない入院室には、子供たちが描いたとされる風景の絵が貼ってある。それに点数を付けたがるお爺さんと同室だ。お爺さんには話したがり屋の性分も持っていて僕は暇にならなかった。

「先生。テロ事件の記事が載ってるぞ」

 ここでも僕は先生と呼ばれるけど先生じゃない。むしろ一回売店の店員をしただけ。周りに誤解を生むからやめて欲しいって言っているんだけど何も反映されていない……。まあ、先生と呼ばれるのは嫌ではないんだけど。

「国立図書館のですか?」

「もちろん。ほれ」

 お爺さんは新聞を手に持っている。

 僕が体験したテロ事件の記事をこっちに広げて見せてくれた。包帯に巻かれた僕の足の先にその記事は見えるけど、文字を読むのはちょっと無理。上体を動かすのは背中がビキビキと痛んですぐにギブアップとなった。

「おっ。これは先生の事じゃないか?」

 足元から嬉しそうな声だけが聞こえた。

「読み上げて聞かせてください」

 お爺さんは「恥ずかしいなぁ」などと言いながらも、少し声の調子を整えるよう咳払いをする。そして聞かせてくれた。

「三十代男性が業火の館内へ飛び込んだ救出劇。周りは誰も彼の無事を祈らなかったが、彼は意識朦朧で戻ってきた。救助隊は急いで男性を救急タンカーに乗せる。彼の両腕に抱えていたのは白い子犬のぬいぐるみだ。動物保護団体による寄付されたぬいぐるみの一つである。彼は命を懸けてもそのぬいぐるみを守ったのだ。ただしその熱い想いは多くの謎を残したままで、団体を含む一部にはヒーローのように言われている」

 ペラリと新聞をめくる音だ。お爺さんの語り口も閉じたみたい。

 それからしばらく僕もお爺さんも何も言わなかった。僕はじっと天井を見上げていて、背中の痺れが消えるのを待っていた。記事の内容は安易に聞くんじゃなかった。……少し恥ずかしい。

「読むかい?」

 お爺さんは新聞を軽く見終えたみたいだ。新聞をこっちに差し出す腕には点滴がされている。わざわざベッドから立ち上がっての移動は大変だろう。そう、医者の端くれである僕が配慮をしないわけがないだろうとお爺さんは考えたんだ。

 期待に添えるというよりはかなりの義務感で、僕はゆっくりと立ち上がってみようとした。だけど背中がやっぱり痺れるので難しい。するとそこに看護師が現れた。

「先生。怪我人なんですから、じっとしていてください?」

 看護師はお爺さんの手から新聞紙を取り上げて、僕の手元に落としてくれた。手際が良いのですぐに点滴の取り替えを行っている。

「記事読みましたよ? 先生、ヒーローにもなっているなんて格好良いですね〜」

 これは皮肉だよ。

「僕は子供を助けたつもりだったんだけど……」

「でも覚えていないんでしょう?」

「そう……だね」

 なんとも言えない気持ちのままで僕は新聞紙を広げた。

 エルサの民による暴動。そう訴えた記事が一面の見出しだった。この国立図書館襲撃事件が、彼らにとって最も計画的な犯行だったと書いてある。

 加えて、僕らが潜入したナヴェール神殿の感謝祭での事とも併せているみたいだ。『世界をゼロから始めよう』勘違いを起こしている過激派集団が、宗教施設も歴史的財産も全てを無きものにしようとしているとあった。

 ロウェルディ大臣率いるアスタリカ警察は、この国を守る揺るがない組織であるからして、現代の平和が危ぶまれるものでは決して無いとも。

「本当かなぁ……」

「何がです?」

「あ、いや。何でもないです」

 写真は燃え盛る図書館のもの。大半の本が消失したということは、オソードもおそらく一緒に消えてしまったんだろう。

 白銀の妙獣は盗んだものを返すというらしいけど未完全で戻ってくると言っていた。これが妙獣の仕業だったんだろうか。

 妙獣に会えたと嬉しそうに告げてきたアルゼレアのことが浮かんだ。オソードの場所が分かってからこんな事になるなんて、彼女は知らなかったんだろう。今頃どんな気持ちでいるんだろうか。

「あの。女の子が来ていませんでしたか? 赤髪で黒い手袋をした子なんですけど」

 看護師は部屋を出ていくところだった。知らないと告げて去っていくことはせずに「そうねー」と、思い出してくれている。

「先生が運ばれて来てから、二日間くらいは来てくれていたと思いますよ」

 それからは覚えていないと言うけれど、僕はその情報が知れただけで良かったと思えた。

 記事の端にこの事件での死者と負傷者の数がまとめてあった。そこにアルゼレアが含まれていないと分かったので嬉しい。おそらく姿を見せていないのは図書館の復興に忙しいからだと思うし。

「そのお見舞いの女の子と一緒に来ていた青年は、先生のお知り合いなんですか?」

 ほくほくとした気持ちは看護師の言葉によって鎮められてしまった。

「せ、青年!? 青年ってどんな?」

「それがすっごくハンサムなんです! 背がすらーっと高くて、紳士で、キラキラしているんです!!」

 キラキラ……?

 語りながら看護師は夢見る少女風に踊っていた。カルテと空の点滴袋を抱きしめてご機嫌のようだった。一方、僕の方はいち大事だ。青年って誰だ。ハンサムとは誰のことなんだよ。

 ジャッジ……いやいや。クオフさん……いやいや。ベンジャミンさんか……。ベンジャミンさんだな? あれから行方知れずの人の名前を出すしかなかったんだ。

「何をぶつぶつ言っているんですか?」

「……待てよ? それともマーカスさんか……」

 しかし青年という年齢でもないよなぁ……。

(((次話は明日17時に投稿します


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