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国立図書館2

 作業は日が沈んでも続いている。国を代表する大型図書館の臨時休業。さらにはアスタリカ警察の行き来があったとなれば、多くの野次馬や報道記者らがどんどん集まってきていた。

 僕はそんな騒がしさを柵の外に感じながら、図書館の中から本を外へ運ぶ作業を担っている。今日が雨天にならなくて良かった。少し風の強い晴れた夜だ。

「これが昼だったら本についた虫の除去にもなったんですけどね」

 一緒に作業をしている司書さんが気軽に話しかけてくれる。根気のいる作業は図書館員も僕も得意だったから、そうギスギスすることもなく笑顔で続けられているんだ。

「たくさんの人で動くとすぐに終わりそうですね」

「うーん。ページを見つけるのはそうですね。その後で並べる作業が辛そうだけど……」

「ああ……確かに」

 僕も患者さんのレポートを床に落としてばら撒いてしまったことがある。それからはページ数を書くようにした。

「ともかくこの作業は今晩で終わらせてしまいましょう!」

「はい! 僕も協力します!」

 僕が意気込んで図書館へ戻ろうとした時だった。何か慌てた様子で外に飛び出してくる人が見えた。図書館の案内スタッフをしている女性だろうと思った。

 何か用事を思い出したのかな、と眺めていたら、その彼女が引き止めたのは警察の人。手早く話をした後で警察官も慌てて周りに指示を出すという行動をしていた。

 オソードのことでもっと大事件が起こったのかと心配した直後。

「火事だ! 消防隊に連絡を!」

 警察官の声が届いたら、指示の内容は思ってもいないものだった。

「……火事?」

 煙も見えなく、匂いもしない。だけど建物からはその後、続々と人が外に出てきている。

 広場の方では本の整理や運搬仕事が続けられている。分担しているだけに図書館内の出来事には誰も関心を寄せてはいなかった。僕は気になって建物の方へ駆け出す。するとさっき会話をした司書さんが必死の形相で僕と再会した。

「何かあったんですか?」

「火事です! すぐに本を遠ざけてください!」

 僕に言ったら、広場にいる他の作業員にも伝えてに行ってしまった。どうやら大変なことは本当に起こっているみたい。

 館内の様子を見ようと垣根の間の小階段を駆け上がった。オブジェやベンチの横を通り過ぎたら、ようやく焦げ臭いような匂いが鼻につく。

 するとその瞬間だ。背を向けていた方角の壁が爆発した。大きな音と共に窓ガラスが外へと飛び散り、そこから炎が溢れるように噴射していた。僕はその時の衝撃だけで腰が抜け、青銅のオブジェに頭を打つ。

 広場にも聞こえる大きな物音だったようだ。何事かと探る動きが始まっていて「なんか変な匂いがしないか?」などと言う人も現れる。火事だという報告が舞い込むと一層慌てることになるだろう。

「いてて……」

 頭をさすって立ち上がる間にも立て続けに爆発音がした。どれも離れていたけど、この建物で起こっていることには間違いない。そして建物内には大事な本があるし、何よりアルゼレアがいる。

 逃げ行く人を避けながら僕は中央入り口へと向かった。途中で警察官に引き止められて逃げるようにと言われた。だけどそうはいかない。

「何が起こっているんですか」

「襲撃です。テロリストに入り込まれました」

「テロリスト!?」

 アスタリカ警察と図書館関係者の従業員しか居ないはずなのに。しかも警察官は僕に耳打ちして「エルサの民です」とまで言う。本当に? だったらオソードを見つけたというのにどうして爆撃する必要があるんだ。

「直ちに逃げてください!」

「ま、待って。司書や作業員は避難したんですか!?」

「人は全員避難しました」

 僕はその「人は」という言葉に不安を感じざるおえなかった。アルゼレアのことだ。彼女なら、おそらく人よりも本の命の方を最優先にしてしまうだろう。

 嫌な予感はずっとある。アルゼレアの両手の傷と同じことになるんじゃないかって。

 そのまま逆走を続ける僕は中央入り口へと辿り着ける。するとどうだ。いつも利用客を迎えていた扉から見える内部は真っ赤だ。炎の地獄だ。熱でとてもじゃないけど扉の真正面に立つことは難しい。

 消防隊が火を消す活動を始めている。「もう鎮火はむずかしいかもしれない」と図書館関係者と話しているのが聞こえた。本が燃えた灰が巻き上がり、鉄製の棚は焼けただれていた。

 火傷を負った負傷者だっている。手指を火傷して赤くしたのとは訳が違う。みんな本を守ろうとして必死に戦ったのだと分かった。

 ……アルゼレアは? 彼女は複数人の警察官に押さえ込まれていた。どれだけ叫んでいても、ぼうぼうと燃える音に掻き消されていた。悲痛な表情と大きく開ける口を見れば、まるで声が届くかのように僕は気持ちが分かるんだ。

 あのアルゼレアがあんなに気持ちを露出して行動することはない。あんなに泣いているのも見たことがない。

 残った本棚には真っ赤な中にまだ本はたくさん残っている。あれらが全て灰になった時、アルゼレアはアルゼレアのままでいられるんだろうか。僕はそれが一番怖かったんだ。

 そうは言っても僕が何かできることなんて、あるはずもなくて……。

「ん?」

 僕は火の中に何かを見つける。よく見るために少しずつ近付き、これ以上は無理だと思った場所からは目を凝らしてよくよく見る。

 赤く燃え盛る図書館の中だ。白い何かが動いている。

「人? ……動物?」

 白いものは人影のように見える。しかし大きさは小さいので動物なのかとも思った。そして……もしかしてと僕は思った。

「子供だ!!」

 どうしてこの中に子供が? もしかして白銀の妙獣なのか? 一瞬だけ過ぎる。その後は無我夢中で行動していたから分からない。バケツの水を上着に浸したらそれをかぶって火の中に飛び込んでいた。

 水を含んだコートは重い。入り口から入る前から肌が焦げたみたいに熱かった。

 僕は決死の思いで子供を救った。おそらく灰やチリをたくさん吸っただろうし、足も手も怪我をしたと思う。

 死にはしないだろう。入り口からとても近い距離だったから。ぼんやりと映る視界に救護班のマークだけを思い出せる。アルゼレアはその視界には居なかった。

 それだけ覚えていて、後のことはあんまりよく分からない。

(((次話は明日17時に投稿します


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