大概男に理由がある
一人で夜道を歩いて帰宅する。我が家の中にはすでに灯りが付いていた。ドアを開けたら「おかえり」の一言も飛んでは来ないけど。それでもいつものことだよな、と言い聞かせて中に入る。
コートを掛けて、手と顔を洗って、靴下を履き替えたら、ようやくリビングで居候と目が合った。
「振られたな」
そいつは僕の顔を見るなり言った。
居候が今日一日何をしていたのかは知らないけど、昨日の晩に見た服と同じものを着ていて、だるそうにあくびをしている。夕飯だよと買って来たものを僕が渡せば、そいつは遠慮なくガッカリした。
「まーたマカロニ弁当かよ」
「気に入らないなら自分で食べてきてよ。あと寝るところも自分でなんとかして」
居候とは当然ジャッジのこと。彼に注文できる権利なんか無いんだ。僕はお腹が空いたから食べるよ。
特別美味しいとは言いにくいマカロニ弁当を開けた。ぬるくて薄味のものをフォークで刺してただひたすら噛んでいる。そんな僕がデートでイマイチだったことなんて、経験豊富なジャッジには見え見えだったんだろう。
「で? どこが嫌だって?」
「振られてないよ」
「まじかよ!?」
突然失礼な決めつけをしてきた上に、ジャッジの予想を外れたことを大袈裟に驚かれてしまう。それを僕なら多少叱ったりするだろうけど、今の調子じゃあんまり感情を荒げたくない気分……。
「アルゼレアって僕といて楽しいのかなぁ」
「そりゃ楽しいわけねえだろう。お前のどこに楽しさがあるんだよ」
浮き心しかない男に言われると何か嫌だな。でも残念ながらジャッジの言う通りだったりする。実際ジャッジの方が何倍もモテてるわけだから。
「それに娘っ子の性格分かってただろ? 付き合った途端、ニコニコ笑ってくれる愛想の良い彼女に豹変してくれると思ってたのか? そんな訳ねえだろ」
ジャッジはにゃむにゃむとマカロニを噛んでいた。僕ももぐもぐと噛んでしばらく無言だった。本来なら恋人と素敵なディナーでも食べていても良い時間帯なのに。男同士の食事なんて華がない。
アルゼレアとのデートは、壁画を見た後こっちに戻ってきて解散したんだ。クオフさんの丁寧な手紙を尊重したという理由を付けて。アルゼレアもすんなり聞いてしまったし……。
あっ、と思い出して僕は手帳を取り出した。きちんと挟んであった神託のお札は何の傷も付いていない。
「はい。あげるよ」
「金? なんだ紙切れかよ」
物の価値にうといジャッジだけど、貰えるものを突き返すことはしない。彼ならただの小石でも一食分の食事代に変えてしまえる特技があったりする。「宗教のやつじゃん」と、嫌そうな声を出していたけどやっぱりポケットに仕舞っていた。
「神様はお前の要望を叶えてくれたの?」
「……あんまり?」
「だろうな」
ジャッジはあれだけ嫌がっていたマカロニ弁当は速攻で食べ終えた。不味かったと感想を撒き散らしながらソファーの上でごろ寝になった。
「とっとと別れちまえよ。互いのためだぜ?」
アルゼレアと付き合ったことを話した時から、話題が上がる度にずっとこう言われ続けている。
「お前はそればっかり言うよな」
「女と付き合うタイミングは抱きたいと思った時」
「それもずっと言ってるよね」
誰の受け売りなのか知らないけど大学時代から彼の教訓になっているっぽい。
「恋愛は遺伝子でするもんだ」なんて、ジャッジが医学的なことを語るのに一目置いていたのは入学してまもなくまで。後はただの不埒な人間として定着した。それが本性だったので最初は騙されていたってことになるかな。
長年の知り合いは置いておいて。アルゼレアについて考える。彼女に魅力は感じているんだ。性的な感情に直結はしないけど、一応僕でも少しくらいは思う……。
「僕は触れたりしたいけどな」
残った弁当に語りかけるみたいに呟いた。それをしっかりとジャッジは聞き逃さなく「馬鹿かよ」と怒ってくる。
「なにが『触れたりしたいんだけどな』だ。仕掛けんのが男の役目だろうが。何のためにデートしてんだよ。甘ったれんな」
「世の中お前みたいな下心だけで動く男ばっかりじゃないと思うけど」
「アホか。ばっかりに決まってんだろ。お前もそのうちのひとりだ。自覚しろ」
厄災から言われることで僕はムッとした。
お前に言われるまでもなく自覚はしてるんだよ! と、心の中だけで言い返した。
お前みたいに下心剥き出しで接したくはないの! と、これも心の中だけで言った。
確かに僕は昔から積極的じゃない。だから色々と悩んでしまうわけ。アルゼレアの気持ちとか、タイミングとかが気がかりで上手くいかない時だってあるだろう。
人の心も場も考えずに自分の欲望だけに素直なジャッジには、僕の悩みなんて全く理解できないだろうね!
残った弁当を平らげて、さっさと片付けまで済ませた。不本意だけどジャッジの分の空の容器も片付けた。ありがとうのひとつも無いのもどうだと思うよ。
苛つきが冷めてぼんやりとしていると、思い出すのはアルゼレアの頭を撫でた瞬間だったかな。今日一日の絶頂期……なんて言ったら悲しくなるけど、一番幸せを感じた時だったかもしれない。
やっぱり僕はアルゼレアに触れたいなと思う。それが多分、素直な好きという気持ちの延長線にあるものだと思うんだよね。
……だけど困ったことにアルゼレアは時々僕を避ける時があるんだ。僕と一緒にいても嬉しそうじゃないというか、若干不服そうな場面もぼちぼちあったような。
「告白して来たのに冷たくされるってこと、ある?」
寝息を立てているジャッジの背中に問う。
「ある。でも大概男に理由がある」
「寝てなかったのか」
びっくりした。すーすーと言っているうちは眠っていないんだな。
「どんな理由なんだろう?」
ジャッジは答えずに寝息のフリだけで過ごしていた。どうせ何も言ってくれないとは思っていたから自分で考える。
「……」
難航した結果、ひとつだけ思うことがあった。それはあんまり良くないかもしれないけど、もしもデートの相手がリサやウェイトレスだったらどうかな、と考えた時に思ったことだった。
きっと同じようにエスコートするし、同じように大事にしていると思う。でも彼女たちの場合だと、もっと僕は自分から積極的にアプローチが出来るような気がするんだ。
ジャッジみたいにじゃないけど、しっかりと機会を伺っていると思う。逆に今日の僕は、アルゼレアと触れ合える機会をあまり考えていなかったかもと気付いた。
理由は歳の差のせいかと思った。共通話題が少ないのも離れた年齢だから仕方がないのかもしれないと思った。
僕はアルゼレアの顔色ばかりを伺っている。彼女がピュアで神聖で、どこか踏み込んじゃいけないような気がして……。
「アルゼレアって、なんだか妹みたいに思う気がするんだよね」
守ってあげたくなる。可愛いけど、あんまり踏み込めない。好きなんだけど、意欲的になれないっていうか。難しいな。
「それ。娘っ子に言うなよ」
ジャッジが突然言ってきた。
「なんで?」
「傷付けるから」
「え?」
どうしてアルゼレアが傷付くのかと聞いてもまた寝たフリだ。そのうちイビキが聞こえてきて本当に寝てしまった。
せっかく腑に落ちた感情だったのに。ジャッジのせいで、このモヤモヤはそれからもずっと僕の心に居残ることになってしまった。
(((次話は明日17時に投稿します
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