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デート3

 バスを降りた場所はリンネルという街。アスタリカの最西端にある、最近発見された集落らしい。

 森の中から見つかったという情報が旅行誌にも載っていた。そもそも森になる以前の土は、どこか別の場所から運ばれてきたんだって研究の結果で言われているみたい。

 つまりリンネルという街は、まるまる土で埋めて隠されたものだって現在では定説されている。それが何のためで、誰がやったのかなどはまだ分かっていない。凄まじいロマンを感じて僕は絶対に行きたかった。

「す、すごいや。これは」

 到着した瞬間から見事な景色が広がっていた。まるで絵本の中に入ったような芸術的な街。そこへバスごと入っていくから更なる感動を煽られる。

「すごい……。初めて来ました。これは感動ですね」

 よかった。アルゼレアも同じみたい。

 リンネルで最も特徴的な建物を幾つか通過した。石壁と瓦屋根の可愛らしい家だ。その色味はここで採れる青系の顔料で統一されていた。それだけでなく、芸術的と呼ばれるのにはもっと手が込んでいる。

 バスのエンジンが止まって乗客が降りていくのも時間がかかった。ようやく僕らの番がやってくると理由がわかる。足元はひとつひとつ絵柄を入れたガラスタイルだったからだ。

「先へ進んでくださいー。後ろが詰まりますのでー」

 運転手がさっきから繰り返していたと思ったらこういうことだったのか。たしかに靴底を乗せるのに躊躇ってしまうな……。

 何百年も土の中で眠っていた街は劣化していない。建物に使う石と瓦とタイルには全て模様が施されているんだ。集落の小道の石にも全て余すことなく模様だらけ。街中がパッチワークみたいな芸術になっていた。

「魔法の都とも言われていますね。古代の言葉読みで『リンエル』という名前の魔法使いがここに住んでいたらしいです。そのあと芸術家として活動してからは、この村に多くの芸術家が住むようになって村起こしをしたみたいです」

 アルゼレアが話してくれた。僕はそれをアルゼレアに語りたくて調べてあったんだけど、詰まらずに話せる彼女の言葉を聞いている方が心地が良い。

「そうなんだ。知らなかったよ。ありがとう」

 そう言うとアルゼレアも少し嬉しそうにする。体調も良くなったみたいだった。

「あっちに壁画もありますよ。見に行きますか?」

「い、行きたい!」

 僕は街の景色も楽しみだったけど、実は壁画の方が一番興味があったんだ。

 そんな僕の反応にアルゼレアが少し笑ったのかもと思う。また手を繋ごうよと言う隙がなくって、僕はアルゼレアの道案内について行く形で歩き出した。


 エルシーズの歴史はトマトの木から始まっている。創造神エルサが人々にその木を与えたことから、人間は自我に目覚めて繁栄していったのだという。

 トマトなんて夏場になれば色んな種類が出回る珍しくもない野菜だけど。彼らにとっては特別なものらしい。だからそれを示した壁画があるらしいんだ。

 他の観光客も流れ込むようにしてその洞窟に向かっていた。僕らも波に乗って同じ道を歩く。ここでもカラフルな小石で道筋を作っていた。芸術家リンネルも、この壁画を見てセンスに火をつけたのかな。

「足元にご注意くださーい」

 注意喚起するガイドのお姉さんの声がよく通る。どうやら観光ツアーも来ているみたい。列は結構混み合っていた。

 整理券も行列も整備されていない中、人の動きに合わせて足踏みしているとだんだん前に行く。そしてついに浅い洞窟の内部にやってきた時、僕は生まれて初めて壁画を目にした。

 スポットライトが一部を照らしていた。そこには、確かに赤いインクで何かの絵が描かれていた。

「……トマトか」

 そう。トマトだった。赤色はトマトの実の色で描いたと言う訳だから、トマトでトマトが描かれている。思ったよりも上手なんだな。だからこそ感想はひとつだけ。

「トマトじゃん」

 それに尽きた。

 もっと古代の生活模様が伺えるような絵だと思っていた。観光誌には確かにトマトの絵だけ載ってはいたけど、それだってほんの一部だって思うじゃないか。

 しかし洞窟はもう少し長く続いている。どこか隅の方にメッセージでも隠れているんじゃないか。もしくは遠目で見れば薄くなったインクで背景があるんじゃないか。

 あらゆる可能性を派生させて、出来るだけ多くの時間を使って眺めてみた。それでも人の流れによって僕の観覧時間は終了。結局見れたものが、一個の丸くて熟れたトマトの絵だけだったなんて……。


 そろそろ夕日になろうかとする砂地の野外でぼんやり佇んだ。そうだ、アルゼレアが居ないと思って近くを探すと、ベンチで休む人たちの中に彼女はいた。

「どうでしたか?」

 アルゼレアに駆け寄った僕に彼女が聞いてきた。僕は横に座って息を吐いてから「トマトだった」としか答えられなかった。

「君は見て来たの?」

「少しだけ見ました」

 彼女は読んでいた本をパタンと閉じる。デート中に読書なんて寂しいじゃないか、とは言えない。僕が人の流れになかなか逆らって時間を使ったせいでもある。

「待たせちゃってごめんね」

「いえ。平気です」

 ずっと近くに居たと思っていたけど、いつのまにかはぐれていたし。僕がアルゼレアを置いてけぼりにしていたということだよね。

「フォルクさん、楽しそうでしたね」

 日没が近付くに連れて寒くなる野外。持って来ていた羽織り物もしっかり着込んだ上で、アルゼレアの言葉のひとつひとつがまるで氷の針みたいに僕を刺してくる。なんだかそんな風に思うんだ。

「……ごめん」

「どうして謝るんですか?」

「えっと、それは。……ごめん」

 こうして僕らのデートは終わりを迎えてしまった。

(((次話は明日17時に投稿します


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