エルシーズの感謝祭2
スピーチと讃美歌とその他のプログラムが終わると解散となる。でもここに集まる人たちは家族のようなものだ。
知り合い仲間も出来上がっていて、終わったからといってすぐに帰ろうとする人は極少人だったと思う。特別な日だから後の用事も入れていないんだと思う。そんな時間を歓迎して飲み物を配る人まで現れていた。
「どうしようか」
人混みでアルゼレアを見失うわけにはいかない。手を繋ぐというのも何か違う。僕らは彼らに紛れていないといけなかった。それがロウェルディ大臣から課された事で、今日はこの行事へ潜入中なんだ。
「人をお探しですか?」
「あ、いや。待ち合わせで……もうすぐ来るかと」
僕があまりにも不審だから声をかけてくれた人がいた。
アスタリカの警察官には、不必要な接触はいらないと言われている。他にも、この作戦について身内で話し合わないことなども。その上、人探しをしなくちゃならない。そんなの無理だ。
何気なく周りを見ていた時。まさに人を待っている風を装っていた時。どこかで見たことのあるような人を見つけた。シルクハットを手に持っているけど、たぶん彼はそれを遊び心無しで被る紳士じゃないかと思った。
咄嗟にアルゼレアの手を引いてから、彼に近づくと僕から声をかける。
「すみません。一度会ったことがありませんか? 銀行で」
振り向いた彼は整った顔立ちで、優しく眉尻を下げている。僕がその顔をまじまじと見つめても、あの日僕の就職活動にペンで丸を付けてくれた人かどうかは正直記憶が曖昧だ。
「えーっと、そうだったかな。銀行へはよく行くけどね」
「じゃ、じゃあ。このカードを僕に渡しませんでした?」
エルサの民のカード。トレードマークにトマトのワンポイントがある。彼はそのカードを見ると「あー」と、少し高い音で声を出していた。だけどその反応だときっと人違いだろうなって思う。
「君たち、新規の人だね? ちょうど話し相手が居なくて困っていたんじゃないかい? よかったら私が話し相手になるよ。ラファエルだ。よろしく」
思いがけずその人は良い人だった。握手を交わすとにこりと笑う。確かにその時の笑顔は大人の爽やかさというより、あどけない少年味がほんの少しあった。やっぱり僕が以前に出会った人とは違う人だ。
「このカードはもらっても良いかな。カード入れを忘れて来てしまって、他に渡せるような物がなかったんだ」
「そうなんですか。でしたら、どうぞ」
ラファエルさんは僕からカードを受け取る。そのついでの動きで僕の裾を強めに引いた。油断していた僕は前のめりに転けそうになった。
「君たち、アスタリカの潜入員だろう?」
耳元で静かに囁く声だ。その瞬間に僕の脳内がぐわんと揺れた。
「イビ王子の居場所を知っているんだ。早くしないと手遅れになる。先導するから少し離れながらついて来て」
傾いた僕の体をラファエルさんが元に戻してくれる。「危ないじゃないか」なんておどけながら笑っていて「また会おう」と言いながら去った。
「フォルクスさん、行きましょう」
アルゼレアにも話は聞こえていたみたい。
「あっ、うん。そうだね」
僕はてっきり終わったものだとぼーっとしてしまっていた。潜入捜索に失敗した僕はこれからどうなってしまうんだってそればかりに囚われて。
アルゼレアに肩を叩かれながらラファエルさんの後を追う。くねくねと迂回しながら進んだり、途中で友人と会って会話を挟んだりしているのはわざとなんだろうか。潜入員を見張っている人がいるんだろうか。
周りをキョロキョロしないで歩くというのは難しいし慣れていない……。いやいや、そりゃそうだよ。僕はただの医者なんだから。
「……部屋に入って行きましたね」
「僕らも入って良いのかな」
不安がよぎった時、僕は名演技を思いついた。「ううっ」と苦しそうな声を出してお腹を抱えておく。
「アルゼレア、お腹痛い……」
「だ、大丈夫ですか!」
アルゼレアをうまく騙せても違うんだけど。
僕は彼女に支えられながら、ラファエルさんの入った部屋に踏み入れた。扉を閉めたら人の声は小さくなった。一安心だと思ったけど、僕の胃痛は仮病どころか本当に痛くなっている。
舞台裏らしい場所に入るとラファエルさんが待っていた。「こっちだ」と言って僕たちと一緒に行動した。感謝祭の関係者が現れると物陰に隠れてやり過ごした。潜入そのものという感じがしている。
「毎年感謝祭は物騒なんだけども、特に今回はピリついている。オソードが盗まれたからね。教皇は白銀の妙獣の仕業だと伝えているけど、本当はアスタリカ軍の差し金なんじゃないかって踏んでいるんだ」
ラファエルさんの言葉を聞き、足早に場所を変えてから僕はその背中に問いかけた。
「じゃあどうして僕たちに居場所を教えるんですか?」
「君たちを救いたいからだよ」
ちらりと振り返って柔らかな笑顔を見せられる。
「君たちは被害者の顔をしている。どういう経緯があるのかは知らないけど、おそらく今の状況は望んだものじゃないんだろう。助けたいんだ。エルサ神の方針の前に、私のわがままだ」
人の目をすり抜けながら僕らは下へ行く道に向かっていた。最初は仮設的な舞台裏だったものが、下へ降りるごとに遺跡の中のような景色に変わっていった。
ラファエルさんはもちろんナヴェール遺跡に詳しい。ここの土壁は太古の昔からあって破壊されなかったんだと教えてくれた。しかし彼は遺憾だと言う。
「こんな見事な遺跡を隠しておくだなんて酷いと思うだろう? もっと色んな人に公開するべきじゃないか。建て替えたものを観光地化するよりも」
それは「確かに」と答えざるおえない。僕もまるっきり同感だ。建て替えたものも遺跡風ではあるけど、やっぱり本物の深みにしか味わえないものがある。
「ゼノバ教皇の意向だよ。あの人はなんでも隠したがる。周りに見せているものは全部きれい事だ……」
僕は驚いた。同じ宗派の人間だと心は全員ひとつなんだと思っていた。教皇のことはとても尊敬しているものだと信じていた。でも違うのかな。色んな人がいるみたい。
「教皇が掲げている『世界をゼロから始めよう』というフレーズ。良いものも悪いものも取っ払って、今度は良いものだけで世界を作り始めようという理念。やり直したって繰り返すだけだと思わないかい? それに神様なんてとっくに人間を見放していると私は思うけどね」
話しているうちに僕は驚きの連続過ぎて何も言えなくなっている。信者が神様を否定していいものなんだ、というのが一番の驚きポイントだった。ラファエルさんが「話し過ぎた」と言ったけど色々遅いと思うよ。
「あれ。アルゼレア?」
彼女が静かなのはいつものこと。だけどここには僕とラファエルさんしかいなかった。
「一緒にいた女の子だよね。はぐれてしまった!?」
「大変だ!」
名前を叫ぶわけにはいかず、だけど小声でアルゼレアの名前を呼ぶ。直線の通路だから迷うはずはないと思う。それ以前にはぐれていたらどうだか分からない。だけどラファエルさんと一緒に来た道を戻るとすぐに彼女を発見した。
基本閉じている扉に混じってひとつだけ開いている扉があった。そしてその部屋の中にはアルゼレアが愛して止まない本が無数に収容されていた。赤毛の髪の女の子は不思議とそこに馴染んでいた。
「アルゼレア、勝手に入っちゃダメだよ!」
僕が扉口で手招く横を、ラファエルさんがふらっとすり抜けて中へ入っていく。
「書庫の鍵が空いているなんてレアだよ。宝物でもありそうだよね」
二人は好奇心に勝てないタチのようだ。僕だけ扉口で通行人に見つかるのはまずいので中に入るのは入るけど……。早く行こうよ、とげんなりしてしまう。
(((次話は明日17時に投稿します
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