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気になる女の子2

「まだ会えていないんですか!?」

 張り切った声で看護師が叫んだ。周りに患者が居ればこの騒動で不安になってしまうだろう。今日の診察室はかなり暇でよかった……。

「最後に会えたのっていつでしたっけ?」

「もう丸二ヶ月前ね」

「うっそ!! そんなに!?」

 遠慮を知らない声が飛ばされていた。僕の話題に当事者は参加しないで、二名の看護師によって盛り上がっている。

 人のお節介を語ると女性が底抜けに明るくなるのは本当だ。さっきまで当直の割り当てが酷いだとか、担当先生の器量の悪さだとかをぼやいていたのに。

 僕は窓際でカーテンを握っている。話題から距離を置くのもそうだけど空模様が気掛かりで。真昼の時間帯なのに夜のように真っ暗。横殴りの雨風に混じって、雷による地響きと時々氷の粒が窓を打った。

 こんな日にわざわざ薬を貰いに来ようとする患者なんていない。仮にずぶ濡れでやって来たとしても、家でゆっくりしておいてくださいと僕は告げるだろう。

「やっぱりしっかり探した方が良いと思います。もしかしたら先生のことを待っているかもしれませんし。……先生?」

「え、ああ。はい」

 看護師が二人で話しているようで、僕が余所見していると度々引き戻されている。

 僕が否定する前に先輩看護師が言ってくれた。

「二ヶ月も待っているわけないでしょう。チャンスは一度きりだったのよ」

「そんなぁ。先生が可哀想……」

「仕方がないわ、こればっかりは。運命の相手じゃなかったのね」

「うーん。でも諦めたくないですよね……」

 そんな会話の中で僕は黙っていた。

 言わずもがな話題の人物は、あの一度だけ出会った赤毛の女性のことだ。

僕からちょっとした出来事のつもりで軽く話したら、どうしてかこんなことになってしまった。

 僕からは「会いたい」とか「チャンス」とか「運命の相手」とか「諦める」なんかは一言も発していないけど、どうしてかこんなことになってしまった。

 静かな間を取り持つように二人はそれぞれの手にあるホットコーヒーを飲む。

 ふぅ、と一息付けば先輩看護師が「どうしたものかな」と呟いた。

 二つのホットコーヒーが丸机に着地すると、また僕の恋路についてあれこれ言いたい放題になった。

 さすがに止めた方が良いかなと思って僕は声を出す。

「あのー。僕は別にもう吹っ切れているので……」

 正直もう一ヶ月も経ってしまえばあの女性については何とも思っていない。

 薄情だって思われるかもしれないし、実際看護師たちにもそう言われたけど仕方がないことだ。

 いま僕の記憶に停留し続けているのも、周りが定期的に進展を聞きに来るからであって、普段の生活では知らない人の行方など念頭から消えている。

「あのー。勝手にそういう話題にしないで下さい。病院内で噂になったら僕が困るんで」

 ……ああ、でも。確かに「会いたい」とは数回言ったかもしれない。けどそれは、あの女性に傘を返したいだけのことで、本当にそれ以外の気持ちなんか無い。

「あのー。聞いてます?」

 僕に届いたのは看護師からの返事じゃなくて外の雷鳴だった。

 この話の席に僕が居ないことはどうでもよくて、ただ二人の妄想話はとても長く語っていられるようだった。

 きっと患者が来てくれれば解散してくれるだろう。

 そう思って荒れ空を見守るけど、これは望み薄だ。

 窓を見やってすぐに「おーい」と背後から男性の声がした。まさかこんな嵐の中病院にやってくる人が居たのかと思い振り返ると、お爺さんの顔がそこにあった。

 扉からひょっこり顔を覗かせているのは、もうすっかり知り合いになった患者だった。

「なになに。まだリンゴちゃんには会えないんですか」

 その一言目によって僕の頭頂部にハテナが浮かぶ。

「もう。外科病棟から出るなって先生から言われているでしょう?」

 若手看護師の方が外科担当だ。お爺さんは看護師に叱られると顔を赤くして嬉しくしていた。

 看護師のお尻を拝むために度々やって来ていたお爺さんが、つい先日正真正銘の患者として入院している。

 なんでも工場の作業中で転倒したのだとか。この様子では松葉杖をついていても元気そうだ。

 それに、どこかのタイミングで、僕には「長年の夢が叶いました」なんて鼻を伸ばして言いに来てくれていた。

 世話焼きの看護師と夢を叶えたお爺さん。需要供給の上手くいった関係を打破した方が良いんじゃないかと思うけど。そうだ大事なことを聞かなくちゃならない。

「リンゴちゃんって?」

 僕の声で二人の看護師もお爺さんも僕を見た。

 ようやくこの声が届いた。

 訪ねておきながら、まるで例の女性のことをそう呼んでいるようだと、話の流れから思っている。

 真相はその通りだった。

「小さくて赤毛の可愛い女の子だったんでしょう? だから内々でそう呼ぶことにしてたの」

 先輩看護師が言う。しかしそのことを知らなかった僕だ。つまりは「内々」には僕は入っていないことになる。

 有りもしない恋路話を病院内で広まったら困ると僕は懸念していた。しかしそれはもう水面下で広がっていたということだ。

 悪い予感に頬がピクリと痙攣した。

「……なんか、僕に隠れて余計なことを言い触らしてませんか?」

「うん? 余計なこと?」

 先輩看護師のニッコリ笑顔が怪しさだけを演出していた。

 その間に、お叱りを受け終わったお爺さんが看護師の間に座る。満面の笑みで僕の方を見るとムフフ声を出した。

「あの真面目なフォルクス先生から色のあるお話が出てきたってものなら……ねえ?」

 それに合わせて二人の看護師も「ねえ?」と声を揃えた。

「絶対恋の予感ですよね?」

 若手看護師が鼻息を荒げても僕は違うと断固否定する。

「じゃあニヶ月も経ちましたけど、そろそろ私たちの名前覚えてくれました!?」

 二人の看護師は僕のことをじーっと睨んでくる。

 間に挟まったお爺さんも、悪者を見るような細い目で僕を見た。

「……ええっと」

 僕の負けだった。


(((次話は明日17時に投稿します


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