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アスタリカ渡航

 二度目の渡航。アスタリカ帝国。フェリーから降り立ったらすぐに「ようこそアスタリカへ」との観光客用大看板に出迎えられた。僕は少々憎む気持ちでそれを流し見していた。

 季節としては旅にうってつけの時期。僕らと一緒に交差点へ進出する人達は多くが地元民以外だった。だから港の大通りではキャッチが掛けられる。

「これからどこ行くか決まってる? 良いプラン用意してあるよ」とか。

「空き部屋残りわずか! 王族の暮らしたペンションで過ごしてみませんか?」というのも。プラカードを掲げていて、僕とアルゼレアのペアにも例外なく声がかけられた。

 歴史的建造物の見学ツアーはちょっと行ってみたいかもと密かに思ったりして。でも僕らにはやることがあるので今回はパス。

「良い天気だね。アルゼレア」

「はい。そうですね」

 景気の良いアスタリカ。流行り物のショーウィンドウが街並みに色を足して華やかにさせている。土産店やブティックの大看板も目を引いた。歩くだけで胸が躍る。青空の下で旋回する白ハトの群も祝福しているみたいだ。

 このままアルゼレアと買い物デートをする一日だったら楽しかっただろう。だから早くバス停を探して用事を終わらせよう。「国議館行き」と掲げた看板へ足早に向かった。

 バスを待っていると少々アスタリカの裏の顔も見えてしまう。それは駅前で行われている民衆演説。署名活動も併せて行なっているみたい。

「120年の無戦争を掲げるな!」

「停戦に条約なんて必要ありません!」

 平和に関する遺憾。120年も戦争をしていないことをやけに褒め讃えるという情勢がおかしいのだと訴えていた。彼らの声に足を止める人は少なくて、だいたいの人は電車のダイヤルを気にしていた。

「フォルクスさん」

「うん。あれだ。二番のバス。ちょっと道が混んでるのかもね」

 僕もまたダイヤルを気にする人間。少し遅れたバスに乗り込んだら、彼らの演説は聞こえなくなってしまう。出発して角を曲がったら姿も見えなくなってしまうし、すっかりと忘れてしまう。


「ロウェルディ大臣の許可は得ているが手短に話すように。何か悪事を働けば即刻逮捕だからな。分かったな?」

 監視員同伴のもと僕とアルゼレアは無機質な廊下を歩いた。まさか国議館が一般公開なんてされているわけがない。僕らはどういう訳なのか事情を話すとあっさり通されてしまったんだ。

 世話話をするのも気が引けるもので、ただひたすらに洋館の古臭い匂いだけを嗅いでいた。窓から見える外は高い針葉樹によって景色を隠していたし、反対側の扉は全部きちんと閉まっていたし。だから見るものもなかった。

「ここだ」

 廊下の中腹部。割と小さめの扉の前で僕らは止まった。会議室にしては扉の間隔が狭いし、こう言ってはなんだけどあまり綺麗な扉じゃない。

「ロウェルディ大臣がここに?」

 軽い疑いを口にすると監視員に睨まれた。委縮して「すみません」と謝っておく。

 ノックがされてから中の人が返事をするまで見守り、入って良いと言われたら初めて僕から扉を押し開けた。やっぱりよくある軽い押し心地だ。これなら医務室の古びた戸棚の方が重かっただろう。

 疑っていた通りに中は会議室じゃない。家具を詰め込んだような部屋で、その書斎机にひとりの男性が座っていた。

 銀縁のメガネを持ち上げて僕たちを一瞥すると、客人が目の前にいても手元の作業が大事らしい。待っての断りもなく続き作業を始めた。

 相手にされてないみたいだ……。思った頃、男性は声だけ僕らに掛けた。

「ベル・アルゼレア。それからフォルクス・ティナー。よく来てくれた。君たちを心待ちにしていたよ」

 低くだるそうな声でだけど。

 僕らの名前をフルネームで告げた人物こそロウェルディ大臣。このアスタリカ帝国の総司令官って言ったら良いのかな。とにかく国で一番偉い人。

 作業はすぐに終えて、そそくさと紙類をまとめている。気重そうに鼻を鳴らしていたのが彼の威厳みたいに感じた。ただ単に仕事の厄介ごとが済んでせいせいしたって感じとも取れる。

 机の上がスッキリすると大臣は「さて」と、僕らをじろりと見上げた。

「逃げ回ってくれた君らが私に何の用かね?」

 答えに迷える時間は少なく、大臣は次の言葉を投げた。

「セルジオに何を吹き込まれてのこのこやって来た?」

 ……だめだ。ロウェルディ大臣は喧嘩腰だ。

 僕らが到着するだろうという情報はマーカスさんより先に通達が行っていたみたい。それならスムーズに済ませられるなと僕はタカを括っていた。逆に大臣はそのことでかなりピリピリしてる。

 これだと謝罪うんぬんは避けるべきだろう。早いところ用事だけ済ませよう。僕はアルゼレアを突っついて本を渡すようにとすすめた。


(((次話は来週月曜17時に投稿します。


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