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その後‐愛を模索、またもや本‐

「正しい愛のあり方……」

 普段なら踏み込むことのなさそうな本棚の前。僕は背表紙のタイトルを見つつ、ぽつりと呟いて眺めている。

「愛に答える覚悟」「大人の恋愛」「恋と愛の違い」そんな言葉ばかりを目にして何も考えられなくなる僕だ。今なら、恋愛というジャンル全ての文言が僕のために用意されているような気になる。

 純愛に年齢は関係ないとアドバイスを頂きながら、実は純愛の具体的なところが分からない。僕の並大抵の恋愛経験じゃ得られないものなのかもしれない。医院長は何か訳ありのようだから……。

 純愛とは何か。まさに、そのタイトルが付けられた分厚い本を見つけた。僕は周りに誰も居ないことを何故か気にして、それをサッと抜き取った。

 ポツポツと先客のいる学習テーブルは避けておき、ひとりだけで座れるところで本を開いた。内容は……うーん。だろうね、って思える名言が書いてある。つまり凡庸的な模範解答。とにかく相手を大事にしろと。

「調べ物ですか?」

「あ、うん」

 だけどハッとなり顔を上げる。そばにアルゼレアが立っていた。仕事中のエプロンを身につけているけど今は手ぶらみたい。

 アルゼレアの目線は僕の読んでいる本へと移動した。またしてもハッとする僕だけどもう遅かった。

「恋愛の……」

「う、うん。恋愛するのが久しぶりで」

 高速で本を閉じるも、背中の後ろやお尻の下に隠すのも変だろう。だから観念してテーブルの隅にそっと角度を揃えて置いておいた。ただし余計に恥ずかしい。

 恋人が恋愛の勉強をしだしているのをアルゼレアはどう受け取ったのか。表情から読み取ることが出来れば簡単だけど、彼女に関してはそうはいかなく。

 でも。この時のアルゼレアは何を思ってなのか、純愛を語る本をじっと見つめたままぼんやりしていた。

「アルゼレア?」

 あと二回ほど読んでから「はい」と、いつもの調子で堅く返事をした。相変わらずだなと思うのと、大丈夫かなと少し心配で……。

「もしかして。というか、たぶん。あのウェイトレスさんに何か言われたんだよね?」

「何か?」

「くたびれた町医者をからかうのに付き合ってくれ、とか。何か分からないけど僕への当てつけが多いんだ彼女。君があのウェイトレスさんのイタズラに巻き込まれているんだったら、僕から彼女に話すよ」

 ……だからこの前の公開告白は無かったことに。なんて最低なことを言いそうになった。

「違いますよ」

 しかし寸前でアルゼレアが言葉を遮ってくれる。首を左右に振って赤くした顔で瞳を潤ませていた。でも一体何が違うんだ。考える僕に彼女は告げた。

「あの方は私の背中を押してくれただけで。イタズラじゃないです」

「イタズラじゃない? それってどういうこと?」

 迷宮を探ろうとする僕が混乱するのも当然だ。だって答えはもうすっかり頭に浮かんでいる。ただし信じられないから言葉にするのは躊躇った。

 そして目の前には耳まで全部真っ赤なアルゼレアだ。頑なに僕と視線を合わせようとしないで、さっきから何か言い出すのを何度も仕舞って唇を小さく震わせている。

 それが恋する乙女だということは、純愛を知らない僕でも見て分かるんだ。

「ええっと。本当に……? 本当に君は僕のことが好きなの……?」

 あまりの信じられなさに僕だけ平常心だった。

 アルゼレアは声では言わずに一回縦に頷いた。

 僕は往生際が悪く「本当に?」と、最後に聞く。アルゼレアは二度縦に頷いた。

 本当なんだ……。と、僕が感心しているのは変なことだ。


「お取り込み中すみません、少しお尋ねしたいのですが図書館の方でしょうか?」

 絶妙なタイミングでジェントルマンが声をかけてくる。僕は利用者としてテーブルの本を手に取るし、アルゼレアは司書として接客にあたった。秘密の恋愛関係が暴かれるのを隠すように二人ともぎこちなかった。

「あっ、こんにちは」

 接客相手は知り合いだったみたい。アルゼレアが気軽に挨拶出来る人ってどんな人なんだろう。少し気になって覗き見してみる。

「あっ」

 僕も声を出した。相手のジェントルマンはサングラスがよく似合う爽やかな男性だ。眉を下げて口角を上げて笑っていた。ただし軍服じゃなくスーツ姿だったから、まだ人違いの可能性があるんじゃないかと心では抗ってみる。

「お二人とも、お久しぶりです。フォルクスさんは『見たくない顔だった』とでも言いたそうですね?」

 ふふふと不気味な笑い声。シャープな口角。やっぱりマーカスさんだ。僕が偶然の出会いを喜んでいたくはないのは無意識に表情に出ていたのか。

 時にマーカスさんは「ん?」と、僕の読み途中の本を気にしてくる。これだけは察知されるわけにいかないと思って僕は机の下に隠した。

 マーカスさんは僕に微笑を掛けるけど、彼の視線がどこにまで及んでいるのかなんて真っ黒なサングラスで分かりようがない。

「ご用は何でしょうか?」

 アルゼレアが問いかける。アルゼレアは、僕がトリスさんの件で色々あった事を知らない。だからマーカスさんと話す時も普通だ。ここでは僕だけが身構えていた。

「そう怖い顔をしないでくださいよ」

 だからこれは、マーカスさんが僕にだけ言った言葉。

 アルゼレアに向けては要件を話した。

「実は。アルゼレアさんを帰してしまったことで我々はアスタリカ王国に怒られているんですよ。なのでお手数なんですが、アスタリカの総務大臣殿に代わりに謝ってきてもらえませんか? ついでに本のことやトリスの事情も伝えてくれると助かります」

「な、なんで僕たちが謝るんですか」

「だってその方が早いじゃありませんか。あなたたちはトリスとも本とも無関係。なのでもう警察に追われることも無いと思いますし。当事者同士で済ませてもらえると私の余計な手間が省けます」

 勝手な話だった。

 そんなの、僕らが受け入れる義理なんてなんにも無い。

「僕も彼女もそちらの部下じゃない。国同士の問題なら当事者はそちらです。もう巻き込まないでください」

 アルゼレアを誘って下に降りようとする。待ってとマーカスさんが引き止めれば、アルゼレアは足を止めてしまうのだった。それでも僕は彼女の腕を引いてでも階段へと連れ去った。

「まだ頼みたいことがあったんですが」

 階層を変えるところでわずかに声が聞こえている。やっぱりマーカスさんは何かもっと危険なことに巻き込むつもりだったんだ。

 特に追いかけて来ることもないけど、出口はひとつだし後でアルゼレアとは話し合う可能性がある。だから僕は、貸し出しカウンターで彼女と別れる際に言い聞かせた。

「もう関わっちゃダメだ」と。

 しかしそれだと押しが弱すぎたみたい。


 数日後になり、マーカスさんの記憶はまだまだ全然新しかった。図書館でアルゼレアと出会うなり彼女が僕を呼び止めた。僕はもうこの時点で嫌な予感はしていた。

「それがマーカスさんから預かった品?」

 言いつけを守っていないことを咎めるのはしなかった。だけどアルゼレアが持っていたものは紛れもなくマーカスさんからの依頼品。

「アスタリカの総務大臣の人に渡して欲しいって言われました。それと謝罪も」

「謝罪なんかこっちからしに行く必要ないよ。むしろあっちから謝って欲しいくらいなのに」

 愚痴をこぼしながら彼女が預かったものを睨む。いやらしくもそれは革表紙の小さな本だ。アルゼレアが受け取らないはずないって考えたんだろう。

「本を渡すだけで大臣には通じると……」

「僕らのお詫びの心が通じるって?」

 アルゼレアは口を閉じる。僕はまだまだ言ってやりたい気持ちだけど大人しくしておく。それでも知らずにため息は出てしまう。

「フォルクスさん……怒ってますか?」

「怒ってないよ。どうしようか考えてる」

 マーカスさんからの頼み事なんて嫌で、アスタリカになんか渡りたくない僕だけど。でもこのままアルゼレアを放っておくと彼女ひとりで行ってしまいそうだ。

 そうなるとどうなるかの想像はぼんやり。でも僕にとっても彼女にとっても、良い出来事にはならなさそうだよね。

「……アルゼレア。僕も一緒に行くから。いいね?」

「はい」

 この時はすこぶる物分かりがいいね。……で、アスタリカまでのチケットだ。もういったいどれだけ僕に金銭的な負担を掛けてくれるんだよと、次はそれが理由で内心嘆いている。

「フォルクスさん」

 アルゼレアから一枚のチケットが差し出された。「マーカスさんが」と言った。彼女もまた同じものを持っている。当然だけどアスタリカ行きの客船チケットだよね。

 まるで僕らの進むレールが最初から引いてあるみたいだ。僕はそれに抗うことが出来ないのか。


(((次話は来週月曜17時に投稿します。


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