その後‐先生のこと見損ないました!‐
場所は変わって職場のオクトン病院だ。無理のないスケジュールで働く街外れの病院で、加えて精神科は患者が少ないのでスタッフが小話をしによく来る。
「ええっ!? 成り行きでオッケーしちゃったんですか!?」
この時も世間話をするため人が集まっていた。中でも常連の若手の看護師は、コンクリートビルも震わせるくらい大声をあげて騒いでいた。
僕はそれを止めたかった。
「成り行きって言われるとちょっと……」最低みたいじゃないか。と思ったからだ。
「最低です! 先生のこと見損ないました!」
若手看護師ははっきりと断言し、後にも僕に言葉の刃を突き刺しながら憤怒している。
そんなところへ、本当は僕が「側にいたい」なんて言って相手を勘違いさせたせいで……。とは、言わない方が良い。貴重な人材が一人僕のせいで辞めてしまったら医院長に迷惑がかかる。
同じ場にいたベテラン看護師と医院長はそんな彼女と違って落ち着いていた。
「それはあなたが若いからそう思うのよ。大人になってから恋をするのって、すっごく勇気がいるものなの。フォルクス先生の一歩は評価されるべきね」
既婚者である医院長にも「そうだね」と同感を得ていて、そこの二人だけはのんびりとコーヒーを味わっていた。
医院長は、僕が勧めた焙煎豆の味を褒めたあと、しみじみと窓を見やりながら言う。
「実家に帰ると言ってトンボ帰りだもの。その理由が女性のことなら何だか安心したなぁ~」
「アスタリカに行ってたならお土産くらい欲しかったわねぇ~」
後者はベテラン看護師だ。お土産は本当に買って帰るべきだった。
いわく付きで就職して二ヶ月で退職し、それから出戻りで再び雇ってもらえる。感謝してもしきれない。
お詫びを言えば「良いのよ」と気軽に微笑んでくれる。ベテラン看護師も良い人なんだ。
「納得いきません」
ただ一人はやっぱりこの流れに乗らないみたいだ。
「話を逸らさないで下さい」と若手看護師は目をつりあげたままで、大人チームのふたりでは無くて、あくまでも重罪人の僕に話を突きつけてきた。
「先生、お付き合いしたことはありますか?」
「え? あるけど……一応」
一応って何ですか! と一瞬で飛び掛かられたけど、特にこれといった意味は無いよ。
「じゃあ、ご経験人数は?」
「え、えぇ……」
すぐに医院長から「こらこらやめなさい」と間に入ってもらえた。
「医院長! 相手はひと回りも年下の女の子ですよ? リンゴちゃんの純愛をもて遊ぶなんて許せません!」
なかなか酷いことを本人の前で言う。
僕だってまさか酷い関係にしたくて返事をしたわけじゃない。でも、中には後ろめたいような気持ちもあるのは本当で。
正直、若手看護師の言っていることは客観的に的外れでも無いんじゃないかって思ったりもする。
嫌だけどね。
とりあえず付き合ってみようとか、合わなかったら別れたら良いとかは。
そんな事が出来る奴は最低だ。って軽蔑するのが当たり前だと僕は思う派だ。
「フォルクス先生?」
考え事に詰まっていたところへ医院長が呼んでいた。
顔を上げれば柔らかな微笑みを向けられている。
「純愛に年齢も経験も関係ないんだよ。フォルクス先生も気にしちゃダメだ」
「はい……ありがとうございます」
そうは言われてもなぁ。と、もう思ってしまっているんだけど。
バレないように溜め息をついていたら「でも」と、ベテラン看護師が頬杖をついていた。
「その子もやるわよね……。奥手で慎重派なフォルクス先生をモノにするには、きっとかなりの強引さが必要よ。若いのにテクニシャンなのかしら?」
……モノにするって。……テクニシャンって。
僕より先の人生を歩む人はいぶかしげに言い、医院長も唸りをあげた。
ここでは僕も若者チームに入っていて、若手看護師と一緒にどういう話なんだろうと置いていかれていた。
アルゼレアのところに行く前に、僕はヴィレッジサンド店へ行ってウェイトレスに会いに行った。
二股をかける気で行く訳じゃない。普段おとなしいアルゼレアが妙な積極性を出したのは、絶対にウェイトレスの仕業だろうと踏んでだ。
僕にイタズラをしたい為にアルゼレアをそそのかしたとあらば、それはいくらなんでも許したくはない。
いつもウキウキと空を飛ぶように歩いていた道を、今日だけは戦いに挑む戦士のつもりでアスファルトを踏みつけながら進んでいた。
「いらっしゃいませー!」
さあ戦うぞ。と、意気込んだものの店番は彼女と違う人だった。
外からガラス戸ごしに見たことはある。だけど実際カウンターを挟んで声を聞くのは初めてだった。
「あ。もしかしてお医者さんの人?」
「お医者さん?」
初対面にも関わらず、この人は僕の職業を知っているらしい。
もしかして職場からネームプレートを外し忘れたか。しかし首にかかっていない。ちゃんと外してある。
「あなたの分なら作り置きされてるわよ」
そう言ってそのウェイトレスは、後ろの棚から紙袋をひとつ持ってきた。カウンターの上に乗せて「どうぞ」と言った。それは、持って行ってとのことだ。
「だ、代金は?」
「もう貰ってあるって言ってたけど? 手紙に何か書いてない?」
手紙? 言われたら、紙袋を止めるシールに折り畳んだ紙が挟んであった。
いつもは混み合う時間だけど、今日はそうでもないみたいなので、この場で手紙を開かせてもらう。
名前を教え合っていないから、宛名は『先生へ』から始まった。
『君は鈍感すぎるからいけないの』以上だ。
「なんて書いてあったの? もしかしてあなた彼氏?」
詮索する声には答えないで、僕は作り置きの紙袋を持ち帰ることにする。
最初から冷めていた紙袋を開ける場所はいつもの公園だった。冷たいけど見た目はしっかり美味しそうなサンドイッチを前に、僕は大口でかぶりついた。
「か、辛いっ!」
最悪だと思いながらも、やっぱりかとも感じている。
でもセットのアップルティーはあの時みたいに熱々じゃないから、今回はただただ辛いだけだった。
吹きっ晒しで遠慮なく冷やしてくる寒風に何の抵抗力も与えてくれない。ホットサンドセットの名はもう語れないな。
「はぁ……」
哀愁ただよう溜め息を吐いていた。
話によると、僕が恋したウェイトレスはあの店をやめたらしい。
辞める理由が無いと言っていた矢先、また誘ってねと思わせる言葉を最後に、もう彼女には会えないらしい。
……そんな気持ちのままで、どうアルゼレアに顔を合わせれば良いって言うんだ!?
僕は図書館の入り口を何度も近づいたり離れたりして不審だった。
今まで何とも思わなかったけど、図書館の入り口には何故だか等身大の鏡が壁にかかっている。
神聖な場所に踏み入る前に己の穢れをよく見なさい。……これは今僕が勝手に作った教訓だけど。あながち当たっているのかもしれない。
どちらにせよ、僕は戸口を跨ぐ前に、その信頼が薄れている僕自身の顔を見ることになり、なかなか足を入れられなかった。
ようやく中に入れたのは、「失礼するよ」と僕を押し除けた男の後ろに続き、ピッタリ張り付いて鏡に映るのをカバーできたからだ。
しかしそこで安心するのは早い。
二階は本の貸し出しや返却をするカウンターがある。奥には従業員用の部屋がガラス張りで丸見えだ。
あの一件できっと全員僕の顔を知っている。
チラチラ見られるのは嫌だし、目配せしたり、むしろ話しかけられるのも最も嫌だ。
少々強引な手だけど、僕は鞄で顔を隠した状態でカニ歩きをした。
持ち手の隙間から少し覗けば、たぶんアルゼレアらしき赤髪がカウンターの奥に見えた気がする。
でも、ひとまず置いておいて、僕は最上階まで一気に階段を駆け上った。
(((次話は来週月曜17時に投稿します。
あの! あの!!
Twitterでアルゼレア、マーカスさんのイメージ画像を作ってみて公開しました!アルゼレアは可愛エエッ!!マーカスさんはめちょんめちょんにカッケエエです!!興味がありましたらチラ見しに来てください(*/□\*)私はもう毎時間見てまs
「……いや。俺(私)の中の彼らは確立してあるんで」という方はスルーして下さい。その気持ちもめちゃくちゃ分かるので!!
そして、いつも読んでくれて本当に本当にありがとうございます!!不慣れですが頑張ります!!これからもよろしくお願いします!!m(__)m
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