港での別れ
セルジオ国土の港。風は穏やかで船の出航にも何の支障も無いだろう。
観光地の港と違って、人より物の動きの方が盛んみたいだ。桟橋に停泊しているフェリーは三日に一度しか出ないらしい。
電子看板からアルゼレアの乗る船を確認した。
忘れ物は無いかと、チケットはちゃんと持っているかと、本当に保護者みたいに僕は心配している。
「じゃあ。色々あったけど、元気でね」
搭乗ゲートの前で僕は最後にアルゼレアに告げた。
彼女はコクリと頷いて「さよなら」と短い言葉だけでゲートを越えていく。
スタッフにチケットを見せて、ちゃんと桟橋を歩いて行けると確認できるまで心配で僕は見守っていた。
「泣いてんのか?」
不意に声と一緒に肩を叩かれる。何の気配もなかったから僕はすこぶる飛び上がった。
「ジャッジ! 生きてたのか!」
「勝手に死んだことにすんなよ」
拗ねる友人はあの夜、置いて行ってから会っていない。コイツは強運だから必ず何の気なしに現れるとは思っていた。だから、やっぱりと言ったところだ。
「よくもあの時置いて行ってくれたな。こっちは大変だったんだぞ。車のガソリンが底ついて止まるし、逃げ込んだ店がアスタリカ警察の隠れ宿だっだし、おまけに野宿で猫がションベン掛けていきやがった。それにだな……」
桟橋の先ではアルゼレアが振り返ってこっちに手を振っている。
こっちからも振り返したら、アルゼレアはフェリーの中に乗り込んで消えていった。別れはあっけないものだな。
一年後くらい経てば同じ国に僕も帰る。その時偶然彼女にまた会えるかは分からない。
偶然なんてそうそう起こるものじゃ無いんだ。しかも一年も経ってしまえばお互いのことなんて覚えているわけないか。
「おい聞いてんのかよ!」
「うん。猫ね。良いよね」
湿った冷たい風が吹き抜けていく。
同じ冬でもあっちの国の方が乾燥しているだろうね。
「……っじゃ。俺も行くっかな」
「え? そうなの?」
何か話していたらしいジャッジに再び向くと、悠々と貰い物の搭乗チケットを見せつけていた。
得意顔だけど、動機は彼らしくあんまり大したものじゃない。
「結局報酬金は半分以下だしよ。こっちは物価が高ぇだろ? 姉ちゃん達と一晩も遊べねえし。あっちで楽しくやるわ」
じゃあな。と、チケットをピラピラなびかせながらゲートに向かう。その背中を行かせるわけにはいかない。かかとを踏んでつまづかせた。
「痛ってぇな」
相手が地面に手を付いている隙に僕はチケットを奪い取る。
「二枚もらってあるだろ? 一枚は僕の分だ」
「はぁ?」と反感を買うけど正当な事を言っている。
隠し持っている方は高く売ろうとか思っていたみたいだけど、ジャッジもさすがに自分用に使うことにしたようだ。
そして、それは僕も同じだ。
ゲートに向かって受け付けの人にチケットを見せる。
「出港まで時間がありませんので走ってください」
どうやらギリギリだった。
ゲートを抜けて桟橋に立った僕は見えているフェリーに急いだ。
ジャッジがいつまでも来ないなと思い振り返るけどアイツは何をしているんだ。靴や靴下まで脱いでいてチケットが見つからないのか。
フェリーの乗組員から「お急ぎくださーい!」と叫ばれる。
駆け足で滑り込んだらフェリーは間も無く桟橋から離れ始めた。ジャッジはゲートの向こうに見えていたけど僕のことを見送る暇は無いみたい。
出港から揺れる船内を進み、赤髪で無表情で黒い手袋をつけた少女を探す。
「アルゼレア!」
名前を呼んだら彼女は振り返った。
いつも無表情で時々ほんの少し微笑む彼女が、とても驚いた顔でいたのが新鮮だ。
「フォルクスさん!? 一年契約のお家は……?」
どんなことを言うかと思ったらそれか。
「えーっと。それは別荘ってことにしようかな。やっぱり住み慣れた場所の方が良いかなって思って。ほら、アスタリカって物価が高いじゃない?」
船が進むのは早くて、色んな言い訳を重ねているうちにセルジオ国土は見えなくなった。
そういうわけで僕は元いた国に帰る。
どうせ僕は職無しだし、免停であることも変わらない。
ただ一つ変わったことと言えば、僕はもう不運に見舞われない男になったってことかな。
かけがえのない出会いも、こうして繋いでいけたらなって思う。
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(((次話は5/1 17:00 に投稿します。
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