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本はあるべき場所へ

 扉の開いた部屋を覗くと、そこでは赤髪の彼女が見つかる。アルゼレアだ。

 僕はその途端、息を吸うのも忘れてアルゼレアのもとへ向かっていた。頭で考えるよりも先に、彼女の肩を抱きしめていた。

「大丈夫だった? 怖くなかった?」

 早まる鼓動は僕のものだ。彼女の方は落ち着いている。

「はい。大丈夫です」

 返事も至っていつもと同じもので安心した。

 それに、一番心配していて怖かったのは僕の方か。「ごめん、つい」と苦笑し、アルゼレアから僕は身を離した。彼女はここ一番の驚き顔で僕を見ていた。

「えっと……本当にごめん」

 軽はずみな行動は周りの大人にもしっかり見られてしまう。

 トリスさんしかり、扉のところにいたマーカスさんしかり、あともう一人知らない老人しかり……。

 トリスさんと同じ歳くらいのお爺さんを見て「誰?」と、心の中で聞く。

「この方がレニーさんです。トリスさんのご友人の」

 アルゼレアから紹介される。

「ああ。レニーさんですか。お話は少しだけ伺っています。フォルクスです」

「やあやあ。初めまして。フォルクスさん。アルゼレアさんのお友達……で、今はよろしいですかね?」

 気さくで初対面にも冗談を投げかけられるチャーミングな方だ。

 アルゼレアとも楽しそうに話せるみたいだ。

 明るい雰囲気に包まれる部屋の中で、ふとアルゼレアが手ぶらでいるのが珍しかった。

「アルゼレア。本はどうしたの?」

 肩身離さずに持っていた大事な本。しかし彼女の表情は明るさを帯びていた。

 その横にひょいとトリスさんが現れる。

「本は私のもとに戻ったよ」

 片手で革表紙を掲げた。

「これにはマスピスタに効果的な成分が調べてある。私が死ぬ前の悪あがきだ。病原体を殲滅してやるとも……」

 ニヤリと笑う顔はもはや医者のものではなかった。

 それを咎めるのがレニーさんで、仲が良いんだなと僕は微笑ましく眺めている。

「フォルクスさん。アルゼレアさん」

 並んで立つ僕らを呼ぶのはマーカスさんだった。

 この人に関しては、穏やかな空気感でも何を考えているか分からない。

 今も近付きながら上着の内ポケットに片手を入れている。そこから銃が出されるかもしれないと、僕はアルゼレアの前に立ちはだかった。

「これを。アルゼレアさんに渡していただけますか?」

 マーカスさんは僕に退くように言わないで一枚の小さな紙を差し出す。

 危害が及ぶものでもなく、最近僕も見たものだったから受け取ってアルゼレアに渡した。

 マーカスさんは満足そうに口角を上げた。

「帰りのチケットが必要でしょう。あなたにはもう渡りましたよね?」

 アルゼレアはその紙がフェリーのチケットだと確認した。

 そして僕は、そういえばと思い出した。でも、ジャッジから受け取ったはずのチケットは服のポケットのどこを探しても見つからない。

「ああ、はい。受け取りました。僕にまですみません」と言うのは口だけだ。

 表向きではズボンのポケットに入ってあったことにして、あんな高価な頂き物を失くしたなんてとても言えそうにない。

 ……あと、失くしたことを弱みにされてまた利用されそうな気配もした。きっともうこの人とは関わらない方が良い。悪質な訪問販売みたいなものだ。

 疑う念を表情に出さないよう心がけて、僕からマーカスさんにはラルフエッド王の奥様が早く元気になるよう声を添えておいた。

「あなたのおかげですよ」

「いえいえ、偶然ですから」

 また恩人と言われないように僕は言葉を遮っている。

 かくまっていたはずが、いつのまにかアルゼレアが僕の横に出ていた。するとマーカスさんは僕ら二人に言葉をかける。

「あなた方には危険と迷惑を掛けてしまいましたね。ですがお二人のおかげでこの国で大事な命を救うことが出来ます。本当にありがとうございました」

 トレードマークのサングラスを外して深く礼をした。次に顔を上げると、冷徹そのものの表情とシャープなパーツがあらわになる。

 ここにいる全員が、幸せを凍てつかせるようなその瞳に驚いただろう。

「……軍人さん。男前じゃないの」

 しかし年寄り組は感心した。

 喜んで集まってきたトリスさんとレニーさんは彼を囃し立てている。

 サングラスを掛けるのと掛けないので、こんなにも印象が変わるものかと口々に意見を交わしていた。マーカスさんも瞳が覆われた時だけ笑えるみたいだし。

 それだけ見ていれば普通に、よかったな。と、僕も頬を緩ませていた。


(((次話は明日17時に投稿します


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