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脱出

 手をこまねいていて、別の話題から連れ出す糸口を探ろうと思いつく。しかしそんなタイミングで外が何か騒がしくなっていることに気付いた。

 静かな場所だったけどエンジン音がやけに近くで鳴った気がする。

 僕もトリスさんも何事だと耳を澄ませていると、後ろの窓を外から誰かがしきりに叩いていた。

「おい! フォルクス! やばいぞ! おい!」

 僕の名前をジャッジだ。カーテンを開けて窓を開けば、慌てた様子で告げる。

「車が来た。アスタリカの奴らだ」

「なんだって!?」

 けれども僕らを追った足は早い。

 急いでトリスさんを連れ出そうとリビングを振り返ると、もうアスタリカの銃口が僕に向いていた。

 トレンチコートの襟を立てた男。僕に聞き取りをした本人かどうかは不明だけど、アスタリカ警察だというのは間違いない。

「……逃亡犯フォルクス・ティナーだ」

 銃口を突きつけながら通信機で誰かと会話をしている。

 話し相手の声は聞こえない。しかし男は「了解」と通信を切った。

「ベル・アルゼレアと共に身柄を確保する。両手を上げてその場に膝をつけ」

 さらには「お前もだ」と、トリスさんにも同じ指示を出した。

 僕とトリスさんはゆっくりと両手を上げた。そこへ何か別の話し声が聞こえてくる。

 緊迫したこの場とは違って、玄関で少し騒ぎ立てている人がいるらしい。

 ジャッジかと思ったけど、彼は窓枠に潜んでいて時々恐ろしそうに顔を出していた。だとしたら誰だろうと会話を聞いてみる。

「アスタリカの警察が我が家になんの用だ。これは違法侵入だぞ。警察を呼ぶ。セルジオのな」

 男性の声だったけど、付き添いらしい女性が訴えている時もある。子供の話し声に、赤ん坊の鳴き声まで大騒ぎしていた。

 僕らに立ちはだかる男のところに玄関での報告をしに一人が駆けつけてきた。

「この屋敷の住民が帰宅したようです」

「な、なんだと? どういう事だ!?」

 切羽詰まった声は、落ち着いて銃口を向けていた手にも動揺を与える。

 僕らにはその隙しかチャンスはなかった。

 すぐにトリスさんを呼び寄せて、ジャッジが隠れる窓から外へ抜け出た。アスタリカ警察は家の周りにも待機していた。そこへジャッジが突進をかけてくれる。

「君たち、こんなことをしたら殺されてしまう!」

 トリスさんの忠告も聞かないで、僕とジャッジはエンジンがついたままの車を目指す。殺されないためには、もうあれに乗って逃げるほか無い。

 老人の手を引かないジャッジは軽々走って先に車に飛び乗った。

「早くしろ!」

 そう言いはするけど、別に手を差し出してトリスさんを引っ張ってくれるようなことは無い。

 ひとりだけ先に運転席に座って、なんならもうジリジリとタイヤを動かしている。

 車が動くのに気付いたアスタリカ警察は、すでに玄関からワラワラと複数人が出てきていた。そこで僕は何かがピンと来て助手席のドアを力任せに閉める。

 ジャッジの「おい!?」というひん曲がった声だけ聞いた。

 後部座席のドアも閉めた。中には大量の旅行カバンやスキー道具などが積まれていた。僕らが乗ろうとしたって、きっと間に合わなかっただろう。

 あとはエンジン音に紛れてトリスさんを別方向へ導く。そこは僕らが最初ここへ来るのに通った道だ。車が去ってからそっと僕らは歩き出した。

 こちらを追いかける人は現れなかった。みんなジャッジが運んだ車の方へ行ったんだと思う。

 帰りの道は街の明かりで足元が少し照らされている。それにジャッジがしっかりと道を作ってくれていたから、かなり楽だった。

 茂みを抜けてレンガタイルの歩道に降りると、僕らを待っていたかのように一台の車が止まっていた。

「……マーカスさん」

 夜にも関わらずサングラスをかけた軍人が爽やかに口角を上げている。

 後部座席のドアを開けて「どうぞ」と首を傾けていた。

「ひとり足りませんね」

 マーカスさんの運転で出発してから彼は残念そうに言った。でもそれほど心配している感じでもなかった。

「まあ、彼のことは彼の運勢に任せましょう」

 その言い方だってずいぶんと軽い。

 空いた助手席にはそもそもひとり分のダンボールが置いてある。まるで最初からここには誰も座らないだろうと見積もられていたようにだ。

「トリスさんがあそこに居たこと。最初から知っていたんですか」

「いいえ? ただの偶然通りかかっただけですよ」

 やけに落ち着いて返された。

 さすがに僕は鵜呑みにしないけど、真相はサングラスの奥に隠されているんだろう。あんまり関わりたくないし深く追求はしない。

 僕から何も言わないと車内はひたすらに静かだ。

 しかし到着間際、マーカスさんは一言だけ後部座席に言葉をかけた。

「下層に落ちる砂は上層へ持ち上げられる。最後に自分を信じなくて良かったですね」

 それはエシュの砂時計の話だ。

 不運が付き纏っていた僕は、ついに運の悪さが底について上へ跳ね上がったのだと想像する。

 あの時、思っていた通りに車に乗ろうとしていたら、また追われる身だったわけだ。何かがピンと来たのは運の切り替えしだったのか。

 結果として僕の命は助かり、トリスさんも無事にセルジオのお城に連れて来られた。これでアルゼレアも助けられる。

 ジャッジは……アイツは運が良い。なんとかなるだろう。

 ここ数日間の不運を脱ぎ捨てた僕は心がまるで羽のように軽くなった。

 お城に着いてアルゼレアとラルフエッド王が待つ大部屋までは、自分が貴族になったつもりで胸を張って歩いている。


(((次話は明日17時に投稿します


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