トリスを探せ2
電話ボックスに男二人で入るのはごめんだと。二人の意見は珍しくバッチリ合った。
だからジャッジは、僕のあとに電話を待つ風を装って見張り役だ。
「寒いんだから早く済ませろよ」
「はいよ」
そこは鬼になりきれない僕だった。
いくら恨みがあろうが、風邪を引かれて慰謝料をせびられるのは僕だからな。手早くカードの番号を打って受話器に耳を当てた。
七回目のコールの途中で音が途切れる。
「あ、もしもし?」
「コード、ゼロ・ゼロ・ロクだ」
受話器の向こうから相手の声が返った。言っていることは謎だけど。
「ええっと。もしもし……」
「コード、ゼロ・ゼロ・ロク」
「……」
悪いんだけど謎解きをしている時間は無いんだ。
だったら僕から捲し立てるしかない。
「すみません。フォルクス・ティナーというものです。ナヴェール神殿で丸い眼鏡を掛けていらっしゃる女性の方にカードを頂きました。今、アスタリカ警察に追われている最中でして、取り急ぎお話しさせていただけませんか?」
息継ぎの間も作らずに告げた。いわばゴリ押しってやつだ。
コードがなんとかは、秘密の部屋に入るためのパスワードのようなものだったと思う。それを無視したから怒ったのか相手は黙ってしまう。
「勝手で申し訳ないんですけど急いでまして。丸い眼鏡の女性に代わってください」
「……」
たとえ向こうが変わり者集団であっても、特徴だけで注文をつけてくる僕のことは相当厄介な人だと思われていそうだ。
電話相手からは一向に言葉が返ってこないけど、電話が切られることも何故だか無かった。
僕からもう四回くらい「もしもし?」を告げた後、ようやくあちらから反応が返ってくる。
「あー。もしもし。フォルクス・ティナーさんでしたっけ?」
でもさっきコードを聞いてきた声とは違っていた。
低い声だけど、たぶん女性のような気がする。
「はい。そうです」
「死相のお兄さん?」
そう問われて僕は相手を確信した。
「そうです、そうです! お久しぶりです!」
「どうもです! 生きてたんですね!」
僕も女性も再会を喜び合うように挨拶言葉を交わした。といっても、僕のことはもう死んだものだと思われていたらしい。
その理由は現在のアスタリカにあるという。
「お兄さんのことは新聞、ニュースで大騒ぎだったんですよ。トリスによる研究の後継者が居たって。まあ、盛り上がったのはせいぜい二日間ぐらいだったんですけどね」
世間がそれほど大事に捉えなかったことに救われた。
しかし街には僕の顔の張り紙がたまに貼ってあると言う。そのおかげで僕の顔はすぐに思い出せたと、彼女は明るく話して笑っている。
「僕のこと犯罪者だって思わないの?」
率直な疑問を投げかけたら、爆風みたいな大笑いで跳ね除けられた。
「だってお兄さん犯罪顔じゃないですもん」
「そ、そう……?」
彼女の手元にはちょうど僕の指名手配書があるみたいで、たぶんそれを見ながら一人で「無い無い」とか言って大笑いしていた。
それに対して僕は喜んで良いのかどうか分からない。
……ていうか。話し始めてから彼女のどの言葉も、僕が喜べるものなのかよく分からない。
困っている僕の元へは、電話ボックスの外側からジャッジのノックが鳴らされた。
そうだ。近況を伝え合うのも最小限にして本題へ。
「メーベルの屋敷について教えて欲しいんだけど」
そう言った途端、彼女の鼻息が荒くなるのが電話越しだとよく分かった。
しかも僕がそれに興味があるというだけで入所希望なのかとも飛び付かれた。入所については一瞬で断っても別に彼女は気にしなかった。
「スティラン・メーベルって殺人鬼なんでしょう? そういうのも君らの専門になるの?」
食い気味に「なりますよ。おおなりです」と言われる。
「あれは甦りの儀式ですから……」
彼女はウヒャヒャヒャヒャと常識離れした笑い声を轟かせた。
おそらく正体は魔女で、怪しげな雰囲気をまとったまま詳細が話された。
* * *
街の一角にある「忘れられた庭」だと。そうマニア研究所の女性は呼んでいた。
だけど進むごとに庭というよりもただの森林で、人の憩いの場だった残骸も何もなく雑草地帯が続いている。それにすっかり夜だし不気味だ。
暗闇の中をライトで照らしながら、僕とジャッジはかろうじてまだ小道と言える茂みの中を歩いていた。
進行方向を見れば数メートル先から暗闇で遭難必須だけど、真後ろを振り返れば街の電気が空をも明るくさせていてまだ安心できる。
しかしこんなに暗いのは、僕らが入っていく茂み一帯が大きなビジネスビルの陰になっているからだ。
興味本位でビルの窓ガラスを見てみれば真っ暗。もちろん人なんかとっくに退社しているだろう。
あんまり執拗にじろじろ見ていたら、おっかない妄想も浮かんでくるからやめておいた方がいい。
「おっ、良いもん、みーっけ!」
一方ジャッジはそういう感情は無いらしかった。拾った木の枝をブンブン振り回して攻撃的だ。
茂みの中は先導する人の方がはるかに仕事量が多い。ジャッジは草木に阻まれ罵倒を投げつけながら、献身的に僕の行く道を作ってくれているんだ。
……そう、僕は良いように受け取っている。
後ろで楽する僕は、さっき電話で聞いたことをジャッジの後頭部に伝える役目だ。
ジャッジが蜘蛛の巣を絡ませて苛立っているのを見届けて、落ち着いたなら話しかけた。
「甦りの儀式っていうのが二種類あるんだって。ひとつは亡くなった誰かを生き返らせる行為で、もうひとつは死んだ自分が生き返るってやつらしい。聞いたことある?」
だけど返事はくれない。
一応耳には入っているだろうと信じて僕は続けた。
「儀式をするには複数の命が必要なんだ。しかも命には指定があってさ、蘇らせる人物の名前を一度でも口にした全員の死体を用意しないといけないんだって」
例えば僕が自分の甦り儀式をしようとするならば、ジャッジが僕の事を言いふらした相手まで探さなくっちゃならない。
さらにそこから噂が広がったなら収集はつかないだろうな。
現在の僕に至っては指名手配中だ。アスタリカ国土の全員に手を掛けなくちゃいけないことになる。
「そんなの普通に考えたら無茶な話だよ。連続殺人犯の勝手な言い訳にしか聞こえない」
医療をかじる一人として、命をぞんざいに扱われるのは良い気持ちはしないな。
電話越しに聞いていた時は高ぶってくるものを抑えていたけど、だんだんまた沸々と憤りを感じてきた。
個人的な不満で頭を満たしていたら、ふと前方への注意を怠ってジャッジの背中にぶつかってしまった。
ジャッジは僕を恨むように睨んだあと「ま、そうだな」と気楽に言って先へ進む。
珍しく同意してくれるのかと思ったけど「お前はそう思うだろうな」と吐き捨てるから違ったみたいだ。
「大事な人が死んだ時に真っ先に諦めるのが医者だ。その次に家族や親戚とか友達とかな。奪われた者にとってみりゃ医者やその周りの方が殺人者に見えるもんだろ。だったら殺すのに躊躇しない。そういうストーリーだ」
夜の微風と安物コートの薄汚れが相まって哀愁がある。
初めてジャッジが年相応な大人びたことを言ったのに僕は驚いた。
「……また前の客って人から聞いたの?」
疑いを掛けたら、いつもの不機嫌な顔に合わせて唖然としたジャッジが振り返った。
「カナリアの血指輪。リーバー・ツヴァインの代表作。ホラーサスペンスの名作だぞ」
ジャッジは、三言をドン、ドン、ドンと僕に持たせるようにして告げた。タイトルも監督も知らない僕は、それらを受け止めきれなくてよろめいた。
遅れをとっている者を置いてジャッジはどんどん進んでいく。
見放されたと思ったけど、後で「おーい、あったぞー」と呼ぶ声が聞こえた。
(((次話は明日17時に投稿します
(((お知らせ。明日から作品のタイトルを少し変更します。
(((内容は何も変わりませんので、ご安心くださいませ
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