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麦畑‐僕は君と一緒にいる‐

 冬の外気でようやく僕のあつい熱も冷めた頃。くしゅんっ、と一つアルゼレアのくしゃみが届いた。

 風が吹きっさらしの状態でしばらく話し込んでしまっていた。僕から戻りながら話そうと提案し、僕たちはゆっくりと畑の小道を歩んでいく。

 歩きながら冷静になる僕は、僕がアルゼレアに改心させたいつもりで話しているんじゃないだろうと反省した。

「頼まれた以外で、君に理由があるんだったら止めないけど」

 隣を歩くアルゼレアに声をかける。

 レニーさんにも、アルゼレアにも思うことは言ってしまったわけだし、アルゼレアの考えも聞かなくちゃいけないよな。そう考えてだ。

 でも。ただの本好きとして興味本位で真相を知りたいとか言い出すんだったら、僕はアルゼレアに嫌われようと今すぐ本を奪って燃やしてしまおうと考えていた。

 以前、処分していい本なんて無いとアルゼレアは言っていたけど、まだ僕はあると思っている。

 この世に無かったら良かったと今だから言える事はあふれている。そう考える瞬間もあるだろう。僕らは色々なことを経験して生きているんだ。

 だからかアルゼレアのことは、帰り道の方が少しそっけなく眺めていたかもしれない。幻滅したとかじゃないけど、何となくだ。

「本は手紙なんです」

 一瞬アルゼレアから目を離していた時に、そう彼女が言い出した。

「手紙?」

「母がいつもそう言っていて」

 アルゼレアのお母さんは司書だったらしい。子供の頃にたくさん本を読んでもらったという話を聞いていた。

 アルゼレアは畑に目をやりながら話す。

「本は言葉を誰かに届けたいから人が書くものですよね。それって手紙と同じなんです。伝えたい言葉に宛名があるのが手紙で、本は宛名も住所も書かない。でも本にも必ず届く人がいる。何十年、何百年経ってから過去から未来へ人の言葉は届くんです」

 一度区切られてから「だから」と続く。

「読まれなくていい本、処分してしまっていい本なんてこの世にありません。たとえ、言葉が届いたことで取り返しのつかない結果になってしまったとしても、それは本のせいじゃありません」

 少し早まっていた彼女の足が止まって不意に僕を振り向いた。

 そして「ですよね?」と聞いた。首も傾げないで真っ直ぐに僕を見つめる目が、正義を訴えているかのようだった。

「取り返しのつかないことになったとしてもアルゼレアは後悔しないの?」

 彼女はほんの少し考えるためにまつ毛を伏せる。でもそれは答え方に悩んだだけに過ぎない。すぐに僕のことをしっかりと見据えた上で彼女は答えた。

「後悔しません」

 これがアルゼレアの考えで、覚悟なんだと僕は知った。

 それまで本なんて、勉強道具か娯楽としか捉えていなかった僕だ。誰が書いたとか、誰のために書いただなんて考えたこともない。

 人の言葉を届ける本。過去から未来へ送られる言葉。なんて聞けば大変な話になってしまったかのように思う。

 そして何よりアルゼレアがひとりでそんな強い意志を抱え続けていた。

 僕なんかよりも、ずっとしっかりしている事に驚かされるばかりだった。

「やっぱり僕は君と一緒にいるよ。僕がそうしたいんだ。良いかな?」

 冬の爽やかな晴空のもと、アルゼレアはひとつ頷いた。

「私も……。嬉しいです。ありがとうございます」

「いえいえ」

 顔の赤くなった彼女はハッとなるように僕から目線をそらしている。そしてまたくしゃみをした。

「ごめん、早く帰ろっか。熱が出たら大変だ」

 大事な妹さんに風邪を引かせてしまったら、僕がクオフさんに怒られてしまう。

 こんなに長話になるなら、ちゃんと椅子と壁のある場所にすれば良かった。今さらそんなことを考えている僕だった。


(((次話は明日17時に投稿します


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