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三度目の偶然‐少女の本は‐

 とりあえず雪の上に僕の足はある。無我夢中で逃げ出した僕は無事だった。転んで打った肩もようやく今頃からまた痛くなりだしているくらいだ。

 ただし、ジャッジは僕の隣で別の人に話しかけていた。

「お前。スティラン・メーベルの亡霊か?」

 初めましての代わりに言ったのがそれだったから、僕は息切れしていても「やめろよ」とだけ口を挟んでいる。

 そしてその別の人……アルゼレアもまた僕と同じで息を切らしていた。

「違います」

 そうジャッジに返事をし、頭を両手で抱えて痛そうにうずくまっている。

 これが一体どういう事なのか。聞かないわけにはいかない。

 僕とジャッジとアルゼレアとで、とにかく明るくて、できれば暖かくて、話が出来る場所に向かった。

 けれども恐怖体験を払拭するためにも、僕らは寒空の公園で落ち着くことになった。広くて明るくて誰にも話は聞かれない。かなり寒いけど。

「あの。まず、その。ごめんなさい」

 ベンチから頭を下げるのはアルゼレアだ。

 赤毛で吊り目で、やっぱり黒いレースの手袋が一冊の本を抱いている。

 僕は彼女の前に立っていて、高い位置からだけど彼女に頭を下げた。

「こっちもごめん。なんていうか、びっくりしてしまって」

 叫びながら逃げていく様を見られてしまうなんて情けない。あの直後、僕の驚き様に連られて、アルゼレアも一緒に家を飛び出して来たんだそうだ。

「頭打ったんだっけ。もう痛くなってない?」

「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」

「そっか。とりあえず良かった」

 ニコリと微笑む僕だ。もちろんアルゼレアからは微笑みは返されない。

「おいおい。いつまでイチャついてんだよ」

 僕の横で一緒に立つジャッジが痺れを切らせていた。

「コイツがアルゼレアで間違いねぇの?」

「うん。そうだよ。僕が探してた人」

「ふーん……」

 ジャッジは寒さで頬を赤くするアルゼレアに顔を近付けた。アルゼレアは極端に嫌がったりはしないけど、やりづらそうに右下の方へ視線を避けていた。

 パッと顔を離すと今度は僕のところへ身を寄せてくる。

「ほんとに本人なのか? どう見たって罪人に見えねぇよ」

 僕は咄嗟にジャッジの足を踏んで黙らせる。

 アルゼレアにこの会話が聞こえないように気を使った。

「彼女はそんなんじゃないよ」

 そうだ。やっぱり直接会うことで僕は、アルゼレアが悪めいた事とかけ離れていることにもう一度気付かされている。

 アルゼレアはただ、その本を理解したいだけだ。ちょっとクールなところがあるけれど、謝ったり感謝したり出来る良い子じゃないか。

 それに比べてこの場で最も悪なのはお前だ。そう僕は言いたげにジャッジを睨んだ。

「……何だよ」

「別に?」

 関わりを絶った方が良いのは最初からジャッジの方だったんだ。

 友人への嫌味はこれくらいにして。僕はアルゼレアに再び向き合う。

「あの家にひとりで居たのはどうして?」

 アルゼレアがギュッと本を抱き寄せる仕草を確認して「言いたくなかったら無理しないで」と付け足しておく。

 そんな僕のやり方に「甘やかすなよ」と口を挟んでくる男のことは今は無視だ。

「国立図書館で君の行方を聞いたけど、みんな君のことを見ていないって言っていた。本のことなら司書に見てもらうのが一番だと僕は思うんだ。まさか廃屋で三度目の再会を果たすなんてビックリだったよ」

 アルゼレアの結んでいた口が開いた。

「この本の著者に会えたらと思ってあの家に居たんです。著者の名前はあまり公共の場では言えません。お二人が話し合っていた、あの方です」

 スティラン・トリス。いや、メーベルの方か?

 その答えは本のページの中に書いてあった。アルゼレアが広げて見せてくれたページの一角に、著者のサインがあったんだ。

 僕にも読める手書きの文字。「トリス」の方だった。

「僕らの話、聞いていたんだね」

 アルゼレアは控えめに頷く。

「君はその、彼と接点があるの?」

「いいえ。お会いしたことはありません」

「危険性は知っていた?」

「いいえ」

 僕がため息として白い息を出していると「でも」とアルゼレアは続ける。

「図書館業務のひとつで。書物を寄付していただけるお家へ取りに行くことがあります。この本も、とあるお屋敷から取り出したもので、もしかしたらすごく重要な事をまとめてあるのかもしれないとは思っていました」

「……ちょっと危険な内容かもしれないって薄々感じていたわけだね」

 アルゼレアが頷く。

「そっか。話してくれてありがとう」

 どうしたものだろう。

 アスタリカ警察はその犯罪者トリスを捜索する手掛かりにアルゼレアを追いかけていたってことで良いんだろうか。

 それともアレぜレア本人では無くて、彼女が持っている本が目当てだったとか。

 でも聞き込みでは本のことについて何も言ってこなかった。

 わざわざ所有者の写真と名前を挙げてくるくらいだ。やっぱりアルゼレアに何かあるのか。

 僕は彼女に隣に座って良いか聞き、了承を得てから浅く座った。

 やや向き合うようにして僕から話す。

「実はね。僕以外にも君のことを探している人がいるみたいなんだ」

 大きく切り出したつもりだったけどアルゼレアの不意を突いてはいないみたいだ。

 僕は様子を伺いながらできるだけ慎重になった。

「その、君を探している人がご家族だったり友人だったらすぐにでも会わせてあげたいんだけど。どうやらそうじゃ無くて。もしかしたらアスタリカの警察の人なんじゃないかって僕らは考えている」

「僕らぁ!?」とジャッジが反応してくるのはシカトだ。

「でね。君に心当たりが無いんだったら、その本」

 アルゼレアが大切に抱きしめている本だ。ちゃんと分かるように指をさしたらアルゼレアも俯くみたいにして眺める。

「どんな内容が書いてあるのかは僕にもジャッジにも分からない。でも警察が追うくらいだ。その本は君が持っていない方が良いんじゃないかって思うんだ。どうかな?」

 本が脅威になるかもしれないと分かっても彼女は落ち着いていた。

 すごく真剣に悩んでいるみたいで、僕からはもうこれ以上何も言わない。ただ彼女の思いを聞きたいと考えている。


「うああもう! なんっつーぬるいやり取りなんだよっ!」

 散歩中の犬がこちらを振り向くぐらいの熱量でジャッジが叫んだ。

 僕が止めるのも聞かないで「おいお前!」とアルゼレアにガンを飛ばす。

「お前何か隠してんだろ? サツが追いかけてんのはお前だろ? 自分で分かってんだろう? なあ?」

「ちょ、ちょっとやめなよ」

「やめねぇよ! イッライラする……!」

 白髪の頭をガシガシ掻いて相当怒っていた。

「自分の口から言えよ! てめぇの事だろうが!」

「だから今彼女がしっかり考えていたじゃないか」

「考えて物言わせてんじゃねえ! 本音が聞きてぇんだこっちは!」

 ……だめだ。怒りで沸き立っていて手に負えない。なだめる側にも被害が及ぶ。

 ジャッジと離れてから話を聞けば良かった。一瞬頭をよぎっていたんだ。こんなことになりかねないって。

「あ、あの……」

 アルゼレアが少し震えた声を出した。

「警察の方が追っているのはこの本です。それを私が持っているのを知っているから、私のことを探しているんだと思います」

 本を持っているのを知ってる……。

「何でお前んとこにあるって分かるんだよ警察は」

 僕の疑問はジャッジによって問われた。やり方はめちゃくちゃだけど、こういうところで彼が月並みだと安心する。

 間は開かずにアルゼレアが答えた。

「図書館から私が持ち出したところを警察の方に見られていたからです。ちょうどその日、図書館への放火と、本の著者の証拠取り調べとが重なっていて」

「証拠取り調べ?」

「寄付して下さったお屋敷が……著者の研究所だったみたいで……」

 それを聞くと、僕とジャッジはおのずと顔を見合わせた。

 違法な研究をしているというトリス。その研究所が身近にあったという事実がまずは驚きだった。

「君はお屋敷が研究所だって知らされていなかったの?」

「はい。図書館員全員知りません。寄付の依頼は匿名でも受けていたので」

 今回は偶然そんな厄介な場所で作業をさせられてしまったということか。

 それで警察がトリスの居場所を突き止めて、彼女が働く図書館に捜査がいったというわけなんだな。

 でもそれなら僕はホッとした。

「じゃあお前、無関係じゃねえかよ」

 またまた僕が思っていたことを先にジャッジが言った。

 でも本当にそうだよ。だったら彼女が持っている本を警察に渡しさえすれば、何も疑われることは無い。忘れていたけど僕の容疑もなんにも無いことが証明される。

 立ちっぱなしで足の疲れたジャッジは、屈伸をしつつ「なんだよ怒り損だ」と当て付けのように言っている。

 ささやかに僕のことを見上げてくるアルゼレアには、良かったねの気持ちを込めて見返した。あんなジャッジでも僕と同じでホッとしているんだ。

「そしたら早いとこ行こうぜ。日が暮れちまう」

 言われて僕は公園の時計を見た。

 確かにそろそろ急いだ方が良さそうな時間帯だ。電車に間に合わなくなってしまうし、警察署も閉まってしまう。

「君も一緒に行くよ」

 僕は立ち上がって片手を差し出す。

 アルゼレアは僕の顔を見つめながらこの手をそっと取ってくれた。

 ベンチからその身を引き上げ、急ぐよと三人で雪の溶けた散歩道を掛けて行く。


(((次話は明日17時に投稿します


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